第91話 魔界
俺はアビスと共に魔界にやってきた。
魔素が多くて息苦しいが、山頂の空気が薄いのと似ている気がする。慣れるだろう。
「クライヴ、そんな顔するなよ。あいつもアリスとか言うやつの所に連れてっただろ」
「……」
アビスは俺に何度も話しかけてくるが、アビスとは口を聞いていない。だって、余興と言って魔物を送り込んで生徒を傷付けるし、何よりアレンをあんなにボロボロに傷つけて、殺そうとまでしたのだ。許せない。
ちなみに、俺はアレンをアリスの元へ連れていくという条件込みでアビスに付いてきた。敢えてフィオナにしなかったのは、話がややこしくなるからだ。
アレンも治ったら即アビスに攻撃してきそうなので、治癒する前にお別れをした。アレンは最後まで『お前と一緒なら死んでも良い』とまで言ってくれていたが、俺の失態だ。アレンは巻き込みたくない。
そして、俺は決めた。
アビスに付いて魔界に行くことで、どうにかして人間界への侵略を阻止すると――。
「着いた。ここがオレの家だ」
「ここって……」
アビスに連れて行かれた先は、とてつもなく大きなお城だった。人間界の王城はキラキラ輝いているのに対し、こちらは闇って感じだ。
そして、言わずもがな、ここにはきっと魔王が住んでいる。
「アビスって何者?」
「クライヴが喋った! 良かったー。もう一生喋ってくれないかと思った」
アビスは安堵した表情を見せた。
「オレはここの第二魔王子だ。親父がちょっと怖いんだけど、あんまり会わないから大丈夫。クライヴの部屋も用意してあるから」
「え、俺もここに住むの?」
「当たり前だろ。もしかして、一人じゃ寂しい? オレの部屋で一緒に寝る?」
「いや、一人で良いけど」
俺はもっと狭くて暗い部屋に一人、再び監禁生活を送るのかと思っていた。そして、ふと疑問を口にした。
「ジャンとかも仲間だろ? みんなここに招待されてるのか?」
「いや、クライヴが初めてだ。仲間と言ってもあいつらは駒みたいなものだから」
「俺は違うのか?」
「うーん……分かんないけど、オレにとっては特別な存在。とにかく入ろ」
アビスは、俺の背中を押しながら中へ入るよう促した。
◇◇◇◇
そして、中はとてもアットホームだった。
「あらアビス。お友達連れて来たの? 初めてじゃない? キャー、可愛い。名前は? 人間なの? ちょっと触っても良いかしら」
「母さんやめてよ。恥ずかしい」
アビスに母さんと呼ばれたこの女性は王妃様。外見はそれはもう美しく、濃い紫の髪に淡い紫の瞳をしていた。そしてその隣には同じ髪色と瞳をした青年が立ってニコニコしている。
「兄さんまで、そんな顔して」
「だって、嬉しいだろ。可愛い弟に友達ができたんだ。三百年お前の兄をやっているが、一度も連れて来ないじゃないか」
三百年!? アビスは三百歳なのか。ではこの美しいお母様はそれを遥かに越えているというわけか。魔界とは恐ろしいところだ。
「そうそう、お父さんにも報告したらすぐに帰ってくるって言っていたわよ」
アビス母がそう言うと、アビスが険しい顔をした。
アビスが父は怖いと言っていたので、それはもう厳格な方なのだろう。気を引き締めなければ。相手は魔王だ、一瞬で殺されるに違いない。
「あ、噂をすれば……」
アビス兄が窓の方を見ると、何かがこちらに飛んできているのが見えた。近付くにつれて誰かすぐに分かった。アビスそっくりの男性だ。
「アビス! 本当なのか? お友達を連れて来たとは。おお、こちらが。初めましてアビスの父です。魔王やってます」
この軽いノリはなんだ。威厳さの欠片もない。だが、一応魔王だ、最上級の挨拶をしなければ。
「初めまして、クライヴ・アークライトと申します。この度は……」
「クライヴ君と言うのか、どのくらいうちに泊まるんだい? 三百年? 四百年? いくらでも泊まってくれ」
「いや、そんなには流石に……」
生きられないと言おうとすれば、皆が落胆した表情を見せて、アビス母が言った。
「そうよね。せいぜい百年か二百年よね」
「そうか。寂しいな」
「まぁまぁ、母さんも父さんもそんな落ち込んでないで。長旅で疲れてるんだから、クライヴ君を部屋で休ませてあげよう」
アビス兄によって一旦解放された。
◇◇◇◇
通された部屋はとても広かった。家具も全て揃っており、不自由しなさそうだ。
「思ってたのと違うんだけど……」
「私はご主人様が良ければ何でも良いです」
「うわっ! フィン、いたのか」
一人かと思ったらフィンがいたので驚いた。
「私はご主人様の使い魔。ご主人様の魔力がないと人間界では生きていけませんから」
「そうだったな」
フィンがいてくれるなら心強い。思ってた魔界とは違ったが、脅威なのは間違いない。残り一ヶ月もないが、アビスをどうにかしないと。そう思っていたら、アビスが現れたのでこれまた驚いた。
「アビス。扉から入って来てくれよ。びっくりするだろ」
「ああ、そんなもんもあるな。クライヴ、不審者が潜んでいるかも。この部屋に魔力が一人分増えたんだ」
扉を使ったことがないような言い草……これからも扉は扉としての役目を果たすことはないのだろう。
それより絶対不審者ってフィンだよな。魔物の姿に戻って俺の足元にいるけど、言ったら殺されたりしないだろうか。でもすぐにバレるだろう。
俺はペットを拾って来て、母親に飼っても良いか訊ねるかの如くアビスに聞いた。
「アビス」
「なに?」
「この子、フィンって言うんだ。ダメ……かな?」
アビスはフィンと俺を数秒じーっと見てから言った。
「ダメも何も、そいつ使い魔でしょ? 追い出してもすぐ戻ってくる」
「てことは……?」
「良いに決まってる」
「やったー!」
お母さ……アビスのお許しが出たので、この調子でもう一つ無理なお願いをしてみた。
「ついでに、人間界の侵略をやめたり?」
「良いよ」
「やっぱ駄目かー。駄目だって知ってたけどさ。ん……? 今なんて?」
「クライヴが嫌ならやめても良いよ」
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