第87話 悪魔アビス

『アビス。君たちが恐れている悪魔だよ』


 目の前の美青年は自らを悪魔だと名乗った。その悪魔は俺を指差しながら言った。


「あんただろ? 人間の味方をことごとく始末してるの」


「いや……」


 始末はしていない。巻き込まれたから戦いはしたが。その後のことは全てアレンが後処理をしたのでどうなったのかは知らない。ヴィリーは使用人に、アリスとクリステルは正気に戻っただけだ。


「これ以上減ると困るんだよ。それに、こいつは一番使える。手出しはさせないから」


 アビスはジャンを見ながらそう言った。少し誤解があるようなので、俺はアビスに言った。


「手出しはしませんよ。ちょっと知識を拝借しようかと」


「それなら良いが」


 それなら良いのか。ひとまず誤解が解けたようで何よりだ。このまま退散しようとじわじわと扉の方へ向かうが案の定アビスに止められた。


「どこへ行く気だ?」


「いえ、夜も遅いので帰ろうかと……」


「このオレから逃げられるとでも思っているのか? 魔界の連中は既に引っ越しの準備を進めているんだ」


「お引越しなさるのですね。荷造り頑張って下さい。では、私はこれで……」


「だから、あんたは馬鹿なのか」


 何故かアレンと話しているような気分になる。ムッとしていると、アビスは言った。


「引っ越すのはここ、人間界だ。だから、これ以上邪魔するなら容赦はしない」


 容赦しないって言ったって、今殺されるか二ヶ月後に殺されるかの違いだ。だったら俺はことごとく邪魔をするつもりだ。


「それより、あんたオレを見ても怖がらないのか? 普通『キャー、悪魔よ』『殺さないで』とか言うだろ」


 確かに。どうしてだろうか。驚きはしたが、それ以上の恐怖は出てこない。それよりも……。


「顔が良いなと思って」


「は?」


「悪魔って聞いていたので、もっと角とか尻尾が生えておどろおどろしいモノかと」


 そう、見た目は人間にしか見えない。しかも攻略対象並に超絶イケメンだ。そして何より、何百年も前から人間界を侵略しようとしていた奴が、実年齢はさて置き外見がこんなに若いとは思ってもいなかった。


「ほぅ、ではどうすれば恐怖に慄くのか試してみるか」


 アビスの言葉に、俺は咄嗟に身構えた。


 アビスがゆっくりと近づいてくるので、その歩幅に合わせて後退りするが、壁にぶつかってしまい後がない。


 待てよ、もしここでアビスを倒したら侵略中止でハッピーエンド? そう上手くはいかないだろうが、やれるだけのことはやりたい。


 こんな狭い所で魔法を使えば大惨事になるが武器もないので致し方ない。魔法を発動しようとしたその瞬間、アビスがくるりと背を向けて言った。


「やっぱりやーめた。今日は警告しに来ただけだから」


「え……?」


 急に臨戦態勢を崩されたので、腰が抜けてしまった。俺は床にへたり込んでアビスを見上げた。


 アビスが再び振り返り、俺の目線の高さに合わせてしゃがみ込んで言った。


「それよりあんた、おもしろいな」


 出た。敵からの『おもしろい』発言。この後のセリフは大体決まっている――。


「「俺(オレ)の仲間にならないか」」


 心の声が漏れてしまって、ついついハモってしまった。恥ずかしい。そんな事を考えているなど露程も知らないアビスは、俺が承諾したと思ったらしい。


「じゃあ決まりな」


「は……?」


「また遊びに行くから待ってろよ」


 アビスはそう言って、ニカッと白い歯を見せながら笑って消えた。


「え? これはどういう状況?」


 まさか俺は悪魔側についてしまったのだろうか。なんたる失態……。ひとまずアレンを呼ぼう。怒られそうだが最近のアレンは優しい。きっと相談に乗ってくれるはずだ。


「アレン様!」


◇◇◇◇


 時は流れて翌朝。


「アレン様、出して下さい! フィオナもそんな目で見ないで出してくれよ」


「ここが一番安全だ。すぐに出してやりたいが、術が完成するまでもう暫くかかりそうだ……」


「術ってなんですか? 俺も手伝いますから」


「お義兄様……」


 アレンに懇願するが、聞いてくれない。フィオナも憐れむような目で俺を見つめるばかり。


 俺はとうとう監禁されてしまった。アレンとフィオナによって。


――俺はアビスの件をすぐにアレンに相談した。話を聞いてくれるどころか、すぐに転移でアレンの自室に連れて行かれた。そして説教が始まった。


『魔法陣の消し方を聞きに行ったんじゃないのか? 馬鹿なのか? クララの姿で怒りたくはないが致し方ない。あれ程注意しろと言ったのに書斎にまで入って……相手は男だ。寝てくれたから良いものの襲われていたかもしれん。しかも、悪魔の仲間になったかもしれないだと? どういう要件だ。おまけに悪魔の顔が良い等と……それなら俺で良いじゃないか。俺を拒んでおきながら――――』


 それからも長々と説教が続き、やっと解放された時には真夜中だった。


『無事に消し方を聞き出せたら褒めてくれるって言ったのに……』


 俺がそうぼやけば、キッとアレンに睨まれた。


『ごめんなさい』


 それでも俺は、ジャンのメモを持って帰ってきてしまっていたので、魔法陣を消す手順はしっかり手に入れたのだ。褒めてくれたって良いのに。そんな俺をよそにアレンは言った。


『俺は準備をしてくるから、今日はここで寝ろ。朝になったらフィオナにも報告しておく』


『準備って?』


『お前を守るための準備だ。安心しろ、快適にしてやる』


 怒った表情から優しげな表情へ一変し、優しく頭をポンポンと撫でられ、アレンは転移でどこかへ行った――。


 そして、朝目を覚ますと知らない場所にいた。


「どこなんですか、ここは」


「クライヴは知らなくて良い事だ」


「お義兄様、これはお義兄様の為に致し方ないことなのです」


 フィオナまでアレンと一緒になって俺を閉じ込めて、何が俺の為だ。俺の為ならここから早く出してくれ。


 部屋には内鍵どころかドアノブすらなく、外からしか開けられない仕様になっている。更に窓もなく、あるのは面会者が来た時に話が出来る程度の小さな小窓だけだ。おまけに魔法まで使えなくしてある。


「クライヴ様、案外住めば都ですよ」


「ルイ! いたのか!」


 内側にルイがいたので驚いた。まさかルイまで監禁されたのか。


「私はクライヴ様の専属執事兼護衛ですから。常に一緒ですよ」


「ルイー!」


 俺はルイに抱きついた。そして感極まった俺は余計な事を口走ってしまった。


「俺はルイを信じていた。ルイにならこの身を捧げても良い!」


「クライヴ様!」


 抱き合っていたら、急にルイが消えた。


「あれ? ルイ? ルイは?」


「クライヴ様……」


 ルイはいつの間にか外におり、小窓から哀れみの目で見られた。落胆した俺にアレンが言った。


「せっかく話し相手にと思ったが、ルイに身を捧げられたら困るからな。必要な物があれば俺が届けるから安心しろ」


「あの優しかったアレン様は何処へ……」


「お義兄様、人類滅亡はわたくし達でどうにか致しますので、お義兄様はこちらで安心してお過ごし下さいませ」


「フィオナまで……」


 こうして俺の監禁生活が始まった。

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