第86話 諜報活動
俺は今、アレンの手によってクララになった。初めて自分の意思でこの姿になった。
「アレン様、行って参ります」
「クララ……本当に行くのか? やめても良いんだぞ」
アレンのこのセリフは何度目だろうか。二桁は優に超えている。
「ふふ、アレン様、心配しすぎですわ」
「心配に決まっているだろう」
そう言って、切なそうな顔をするアレンを見るのも本日何度目だろうか。
「アレン様」
「どうした? やっぱりやめるか?」
名前を呼んだだけなのにこの返し方。よっぽど心配なのだろう。申し訳無さでいっぱいになりながらアレンに言った。
「いえ、無事に魔法陣の消し方を聞き出せたら沢山褒めて下さいね」
「もちろんだ。だから、必ず俺のところに戻って来いよ」
「はい」
◇◇◇◇
そして今、目の前にはジャンがいる。
「クララ、ずっと会いたかった」
「私もですわ。連絡をするのが遅くなって申し訳ありませんでした」
魔法省で会った時、連絡先を聞かれたが教えられる連絡先がない為、こちらから連絡すると言って放置していたのだ。待ち焦がれていた相手からの連絡はさぞ嬉しいことだろう。ジャンはめかし込んでいる。
「今日は以前と雰囲気が違いますわね」
「似合わないかな?」
「いいえ、とっても素敵です」
そう言ってにっこり微笑むと、ジャンが照れたようにワインを飲んだ。
ちなみに今は夜だ。未婚の女性を誘う時には、昼間の明るい時間帯を選択するのが一般的だが、なんせ今日は諜報活動。夜の方が人間、真実を話しやすい。ついでにお酒が入れば確率はあがる。
「お酒お強いんですね。大人の男性って感じで素敵ですわ」
うっとりとした目でジャンを見ていると、更にお酒を飲むスピードが早くなった。そのまま他愛無い会話を続け、食事を済ませる。お店を出ると、ジャンが言った。
「今日はありがとう。屋敷まで送ろう」
ジャンは案外誠実な奴なのかもしれない。しかし、こいつは敵だ。俺は伏し目がちに儚さを演じて言った。
「私、まだ帰りたくありませんわ」
「でも、ご家族も心配するだろう」
「今日は両親も兄も領地へ視察に行って、帰っても一人なのです。このまま一人は寂しいですわ」
そのまま俯き加減でいると、ジャンは少し悩んだ末に俺の肩をポンと叩いて言った。
「分かった。もう少しだけなら」
「ありがとうございます! 嬉しいですわ」
ガバッと顔を上げてにっこり笑顔でそう言うと、お酒で赤くなったジャンの顔が更に真っ赤になった。やはりジャンはちょろいな。ここからが勝負だ。
「では、もう少しお酒を飲んでいる姿が見たいですわ。あちらのお店なんてどうでしょう」
目についたバーを指差してそう言うと、承諾したので一緒に入る。中は思った以上に雰囲気が良く、ハニートラップをかけるにはもってこいの場所だった。
「ジャン様は魔法はお得意なんですの?」
「まぁ、それなりにな」
「では、魔法陣なんてどうですか? 私、授業に全然ついていけませんの」
「あれは一度覚えてしまえば簡単なんだ。実は――――」
得意げにジャンが魔法陣について熱弁した。
「さすがですわね! では……魔法陣を消す時の手順なんてあったりしますか?」
ジャンがビクッと固まった。その腕を取り、絡みつく。
「授業の課題なんですよ。人それぞれ癖などあるのでしょう?」
「そ、そうだな」
「ジャン様はどのような手順で?」
「それは教えられないんだ……」
ジャンが渋るので、耳元で囁いてみる。
「どうしても?」
「……すまん、クララにもそれは教えられない」
「そうですか……」
思った以上に口が硬いな。これ以上飲ませたらいよいよ酔い潰れて寝てしまいそうな勢いだ。どうしたものかと考えていると、ジャンが言った。
「それは教えられないが、今度うちの書斎に来るか?」
「書斎ですか?」
「魔法の事なら色んな文献を取り揃えている。今研究しているものもクララになら見せても良い」
書斎か……何か手掛かりがあるかもしれない。それに親密度を上げていけば口を滑らす可能性は高い。
「是非! では、今からお伺いしても?」
「今から!?」
驚くのも無理はない。こんな夜遅くに令嬢が男性の家に行くなんて非常識すぎる。だが、今日を逃すとアレンがクララにしてくれないかもしれない。
「善は急げですわ。普段は兄が厳しくてあまり出られないんです。今日がチャンスですわ」
「ああ、あのお兄さんはとても君を可愛がっている様子だったからな。バレたら怒られそうだな」
「言わなければバレませんわ。さぁさ、行きましょう」
半ば強制的にジャンを店の外に連れ出し、辻馬車に乗せた。
◇◇◇◇
数十分後、ジャンの自宅に着いた俺は、早速書斎に案内された。
「わぁ、本が沢山ありますわね。これ全部ジャン様が?」
「ああ、何か気になるものがあれば持って帰っても良いぞ」
「ありがとうございます」
魔法陣について書いてある文献を手に取ってめくっていると、ジャンがソファに座って船を漕ぎ出した。
「ジャン様? 寝ちゃいましたか?」
小声でそう呟き、体をツンツンしてみるが起きる気配はない。これはチャンスかもしれない。文献は後で借りればいつでも見られる。俺は机の引き出しやら棚の中のジャンが書き留めたメモ等を漁った。
そして見覚えのある魔法陣を書き記したメモを見つけた。
「これか……消す手順は……」
魔法陣を消す手順が書いてあることを願いながら、手早く、かつ見逃さないように読み進めて行く。すると背後から声がした。
「これ以上は困るんだよねー」
……!? ジャンが起きたのか!?
「ごめんなさい」
そう言って振り返ると、アレンに負けず劣らずの黒髪赤目の美青年が立っていた。
「誰?」
「失敬だなぁ。名前を聞きたいなら自分から名乗るのが礼儀だろ。まぁ良いや、教えてやる」
そうやって上から目線で話す美青年が発した次の言葉に俺は絶句した。
「アビス。君たちが恐れている悪魔だよ」
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