第79話 転生者集結②

 エリクの話を全て聞き終えたアリスの顔は青ざめていた。


「ごめんなさい。私のせいで……。私が攻略対象を勝手にクライヴに変えたから」


 アリスに呼び捨てにされたが気にしない。転生者なんて心の中は皆呼び捨てにしているに違いない。そんなどうでも良い事を考えながら、俺はアリスに言った。


「アリスのせいじゃない。俺が勘違いさせるようなことをしたせいだ。ごめん」


「いいえ、私が……」


 二人して謝罪し合っていると、エリクが口を開いた。


「そんなんもうどっちでもええやんか。そんな事よりこれからや」


「そうだな」


「で、アリス、どうなんや。聖女の力は使えそうか」


 そう、一番の問題はそこだ。一部始終説明したところで、聖女の力が使えないと意味がない。


「多分大丈夫だと思う。この力が害悪だなんて思わない。ただ……」


 アリスが黙ってしまった。ただ、なんだ? 気になって次の言葉を促した。


「ただ……?」


「ただ……知っての通り、私は入学の三ヶ月前に前世の記憶を思い出したの。だから、治癒魔法はなんとか使えるようになったけど、その他の聖魔法で魔物を浄化みたいな戦闘向きな魔法って使い方がそもそも分からないの」


 なんてこった。アリスは精神干渉云々以前に俺と一緒で魔法の才能がなかったのか。残り三ヶ月で悪魔が侵略を諦めてくれる程の力が引き出せるだろうか。


 そんな俺の考えとは反対に、エリクは安堵の表情を浮かべてアリスに言った。


「せやけど、正気に戻れたなら良かったわ」


「大丈夫なのか? 残り三ヶ月しかないのに」


「既にヒロインはフィオナに切り替わっとんねん。それにアリス一人に背負わせるもんちゃうやろ。マインドコントロールが解けただけでも治癒魔法が使える。儲けもんやな」


「エリク惚れ直したぞ」


 そう言ってエリクに抱きつこうとしたら、物凄く嫌な顔をされた。普通にショックだ。


「何、ショック受けとんねん。気色悪い」


「でも、私はこれからどうすれば良いのかしら。クリステルのところに行ったらいつも記憶が曖昧になるのよ。また同じことの繰り返しにならないかしら」


 アリスが不安そうな顔で話すので、そんなアリスに星が散りばめられたブレスレットを渡した。


「これ、レナが作ってくれたんだ。術を防いでくれるらしい。催眠をかけられる前しか効果がないから、肌身離さず持つようにって」


「ありがとう」


「一応、術にかかった振りしとけよ」


「そうね。後、フィオナに謝りたいんだけど……まだ怒ってるかな?」


 アリスは不安そうに俺に聞いてきたので、安心させるように優しく言った。


「いや、フィオナはアリスの事を心配している。むしろフィオナがアリスに謝りたいんじゃないかな」


「まぁ、急に動き過ぎると怪しまれる。そういうのは追々やな」


 話がまとまったところで、タイミングよくアレンが現れた。


「どうだ。上手く話はできたか?」


「はい、やはりアリスもそうでした」


「お騒がせしてしまってすみません」


 アリスがアレンに頭を下げると、アレンは笑顔で言った。


「弟が悪かったな。力を貸してもらう日があったらよろしく頼む」


「いえ……こちらこそよろしくお願いします」


 この二人は正ルートのヒロインと攻略対象。非常に絵になる。背景に薔薇まで咲き乱れている。


「エリク、なんか良い感じだ。俺達は帰ろう」


「僕は良いが、お前が帰れるわけないだろ」


◇◇◇◇


 エリクの言った通り俺だけアレンの部屋に残らされた。


「えっと、俺もそろそろ帰りたいなぁ……なんて」


「忘れたのか? お仕置きが必要だって言っただろ?」


 ビクッと体が強張った。だって、今から例の拷問が始まるのだから。防音や人払いの魔法が付与されているのはこの為だったのかと泣きたくなった。


「そんなに怯えなくて良い。少し目を瞑っていろ」


「はい」


 目を瞑って覚悟を決めていると、何やら懐かしい感じがする。


「目を開けてごらん」


「あ、久々ですね。クララ」


 鏡の向こうにはクララがいた。媚薬の件依頼、ステファンがしつこくてなんだかんだクララになることは無かった。


 そうか、アレンはクララみたいな女の子が理想と言っていた。お仕置きとかこつけて自分の好みの女性を演じて欲しいのだろう。言わばアレンは推しの握手会に並ぶファンのようなものか。そうと分かればしっかりと演じよう。


「アレン様、お久しぶりですわ」


「そうだな。男の姿でも良いのだが、たまには良いだろ?」


「そうですね。今日は二人きり誰にも邪魔されませんわね」


 アレンが見つめてくるので、そのまま見つめ返していると、不意に抱きしめられた。ふわっと石鹸と甘い良い匂いがしてくる。


「アレン様?」


「お前はずるいな。今日はクララになって少しお茶でもして帰そうと思っていたが、帰せそうにない」


「えっと……それは……」


 俺はアレンの抱っこでベッドまで運ばれた。今日は体調万全なのだが、体調が悪いように見えたのだろうか。しっかり伝えなければ余計な心配をかけてしまう。


「アレン様、私は万全ですよ」


「クララ……そんなに俺のことを」


 ん? 俺のこととは? まぁ良いか。元気なのでいつでも帰してくれて構わない。


「はい。いつでも良いですよ」


「クララ……あの時は応急処置と言って俺が勝手にしたことだ。だが、今回は同意のもとということで良いんだな?」


 帰るのに同意もなにもないと思うのだが。アレンの肩にゴミがついていたので、それを取るために手を伸ばしながら返事をした。


「はい」


 次の瞬間、俺が伸ばした手をアレンによって引き寄せられ、チュッとキスされた。そのまま押し倒され、首筋に吸い付くようなキスをされた。


「ひゃ……アレン様、なっ……ダメ」


「ダメじゃない。同意のもとだ」


 この瞬間やっと気が付いた。アレンルートに入っていることに。


 果たして俺はアレンから逃げられるのだろうか。

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