第77話 外出許可

 俺は今、エリクと王都のカフェでお茶をしている。


「どうして外出するのにアレンの許可がいるんだ。おかしいだろ」


「自業自得だな」


 ――今回の誘拐事件以降、俺は自由に外出できなくなった。アレンとフィオナに許可を貰わないと出られない。フィオナは分かる。恋人兼義妹だから心配なのだろう。そんな束縛は嬉しい。


 だが、アレンは何故だ。以前に比べて男の俺にも優しくなった。優しくなったのは良いが外出許可を貰わずに外に出ようものならアレンが転移で現れ、ニッコリ笑って言うのだ。


『クライヴ、どこに行くのかな?』


『いや……ちょっとそこまで』


 何故俺が外に出たのが分かるんだ。誘拐事件で助けてくれた手前、文句の一つも言えない。きっと冬休みが終われば元の生活に戻るはず。多分。


 そうは言っても人間慣れるもので、外出することを事前に伝えていれば自由に出られる事に気が付いた――。


 と言うわけで、本日もしっかりアレンとフィオナに許可をもらってからエリクと会っている。


「エリクのモブ顔が癒される」


「本人目の前にして軽く失礼だぞ。自分だってモブのくせに」


 だって、最近アレンの美し過ぎる顔が近過ぎるのだ。以前から距離感バグってたが、更に悪化している。たまにはエリクの顔が見たくなるというものだ。そんなエリクが聞いてきた。


「ヴィリーとか言う奴、本当に信用して良いのか?」


「妹思いのやつに悪い奴はいない」


 ヴィリーがうちの使用人になった。しかし、ルイを含めた使用人達が皆それを認めない。無理もない。初めヴィリーは誘拐犯達の仲間だった。しかし、俺から誘ったのだ。脱出に協力してくれたら使用人として雇うと。


 それに、ヴィリーは平民なだけあって、身の回りのことは全て自分でやっており、使用人としての仕事は思った以上に合っているらしい。


 ついでにヴィリーは戦い方は滅茶苦茶だが強かった。きちんとした剣術や体術を学ばせれば護衛としても十分活躍できそうだ。そんなことより……。


「今できる事って何だと思う? ジャンの所に乗り込もうか」


「アレンはなんて言ってるんだ?」


「『お前は何もせず部屋でじっとしていろ』って」


「ならじっとしていろ。今すぐ帰れ」


 エリクはそう言って、手でシッシッと犬を追い払うような仕草をしたので、ムッとしてエリクに言い返した。


「じっとしていられる訳ないだろ。残り三ヶ月しかないんだ」


 エリクは複雑な顔をした後、ため息を吐きながら言った。


「はぁ……。お前は命を狙われているからな。敵の陣地に乗り込むよりも身近な所から攻める方が良いだろう」


「身近か。やっぱアリスとクリステルか」


「僕が最近のアリスの情報収集しといてやるから、それまで待機してろ」


 一緒にやると言おうとしたところでエリクに睨まれた。


「僕の楽しみを奪うなよ」


「は?」


「アリスの情報収集は一年生との接触が必須。これすなわち、スフィアと会う口実ができる。ついでに、クリステルの事も聞いといてやるから」


「わ、分かった。頼んだ」


 エリクはちゃっかりしている。何気にこの世界を一番楽しんでいるのはエリクではないかと思う。そんな事を考えていたら、エリクに言われた。


「言っておくが、お前の訳の分からん恋愛相関図に僕とスフィアは入れるなよ。この世界は救いたいが、お前の恋愛事情は救いようがない。僕は巻き込まれたくない」


「肝に銘じとくよ」


◇◇◇◇


 結局一旦おあずけ状態になった俺は、強さに磨きをかけるくらいしかすることがなかった。ルイに剣に魔法を付与する方法を学んだり、必殺技を考えたりして過ごした。


 ある日、ルイと稽古をしているとフィオナに声をかけられた。


「お義兄様、出来ましたわ。食べてみて下さいませ」


「ありがとう」


 フィオナが持っていたのは大きなアップルパイだった。それを丁寧に切り分けてくれて、渡される。一口食べて俺は言った。


「うまッ! 今まで食べたアップルパイで一番美味い!」


 正直に感想を言うとフィオナが嬉しそうに笑った。


「良かったですわ。明日は何を作りましょうか」


「毎日、無理して作らなくて良いんだよ。シェフがいるんだし」


 何故か誘拐事件の翌日からフィオナは料理やお菓子作りに目覚めた。以前からたまにお菓子は作ってくれてはいたが、張り切りようが違うのだ。作られた料理やお菓子のクオリティも趣味のレベルではない。


 にっこり笑顔でフィオナが言った。


「前に聞いたのです。好きな殿方を虜にしたいなら相手の胃袋を掴むのが良いと。そうしたら逃げられないのだそうですよ」


 フィオナの束縛の仕方が可愛い。人を傷つけるものは見過ごせないが、こういった束縛は心地良さを感じる。


「はは、誰がそんなことを教えたんだ」


 確かに前世では胃袋を掴んで結婚にまで持ち込む話はあるあるだが、この世界の貴族は基本専属のシェフがいるのでわざわざ料理をしなくて良い。平民のヴィリーにでも教わったのかと思えば、フィオナが言った。


「アリスに聞きましたわ。仲が良かった頃に、恋バナと言うものがしたかったと嬉しそうにアリスが話していましたわ。今は関係が崩れてしまいましたが……」


 そう話すフィオナは少し複雑そうだ。それもそうだろう。友達が恋敵になって、その恋敵を危うく殺しかけた過去がある。


 それよりフィオナは今なんと言った? 


 『恋バナ』そんな言葉はこの世界には存在しない。まさか……アリスか、もしくはその身近な人が転生者? エリクも転生者だったように他にも転生者がいてもおかしくはない。


 エリク以上にゲームの知識を持っている人なんていないかもしれないが、有益な情報は得られるかもしれない。アリスが転生者だとすれば尚のこと早く助けてやらないと、第二の人生がこんな形で終わるなんて嫌だろう。俺なら嫌だ。


「フィオナ、少し確認したいことがあるから外出してくる」


「え? 今からですか?」


「ああ。でもフィオナ、安心しろ。俺はがっしりと胃袋を掴まれて既にフィオナの虜だ。フィオナなしでは生きられない」


 そう言うと、フィオナの頬がピンク色に染まった。そして照れたように言った。


「お義兄様。必ずわたくしの元に戻って来て下さいね」


「いつだって帰るところはフィオナのところしかない」


「お義兄様、行ってらっしゃいませ」

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