第74話 協力者

 時は少し遡り、西の屋敷の一室では。


「お兄さん、そういうことで宜しくお願いしますね」


「分かった。だが、危険だと思ったら俺は降りるぞ」


「はい。ところで名前をお伺いしても? いつまでもお兄さんと呼ぶのも……仮でも良いので」


「じゃあヴィリーとでも呼んでくれ」


 バンッ!


 俺とヴィリーが話をしていると、勢いよく扉が開かれた。先程出て行った男の一人が慌てており、もう一人は怪訝そうな顔をして言った。


「どうしたんだよ。そんなに慌てて」


「まずいぞ。王子が来た。女を連れてひとまず逃げよう」


「は? 兄貴だろ?」


「アレン殿下だ。忘れていたが、この女、アレン殿下の婚約者だ」


 アレンとフィオナが婚約している事を忘れているとは何とも馬鹿な連中だ。反逆罪だと分かって誘拐しているのだと思っていた。


 だが、アレンも来ているのなら思ったより早く助かるかもしれない。安堵したのも束の間、男の発言でそれは一瞬にして打ち砕かれた。


「逃げるにしても、辺り一帯に魔物を放っちまったぞ。上級もごろごろいるし、外の方が危険だ」


 魔物を放っただと? しかも上級を。


 なんてこった。どうやって放ったのかは追々探るとしても、今は両手足縛られて魔力も封じられている。男達に見放されたら一貫の終わりだ。


 こんなことならヴィリーに手足の縄だけでも解いてもらうべきだった。


 そう、俺とヴィリーは手を組んだのだ——。


『お兄さん、交渉しませんか?』


『交渉?』


 ヴィリーは怪訝な顔で俺を見た。ニコッと笑って俺は言った。


『お金が目当てなら、こんな一時的な収入より安定した収入の方が宜しいのでは?』


『それが出来たらこんなことをしていない。平民は職に就くのですら難しいんだ』


 この国の上流貴族は裕福な暮らしをしているが、下層階級の貴族や平民は貧相な生活を余儀なくされている。特に平民は職にも碌にありつけない人が多い。


 こんな犯罪を繰り返さないと生活出来ないなんて悲しすぎる。だが、可愛い妹を泣かせない為にはこの犯罪から手を引くべきだ。


 そこで俺は考えた。お金が入って尚且つ妹を泣かせない方法。


『私を助けてくれたら、私の屋敷で働きませんか? 住み込みでも良いですわ』


『何を言っている。馬鹿げたことを』


 ヴィリーは呆れた顔をして言った。しかし、俺は諦めない。


『まだ間に合いますわ。私の使用人達は強いのです。おそらく先程の男達はすぐに捕まるでしょう』


『そうなった時は仕方ない』


『本当にそれで宜しいのですか? お兄さんは罪に問われ、妹さんにも会えなくなるのですよ』


『だが……』


 ヴィリーの心が揺らいだ。今がチャンスだ。


『残された妹さんの気持ちになってみて下さい。妹さんはあなたが居なくなった後、どのように生活していくのですか?』


『……』


『私に協力して頂けるのでしたら、犯罪にも問いませんし、職も提供することをお約束致しますわ』


『絶対だぞ』


『交渉成立ですわね』


 ニコッと微笑みかけると、ヴィリーは照れたようにそっぽを向いてしまった。そして、ヴィリーは何かを考え、困った顔で俺に言った。


『だが、俺一人じゃお前を運び出すことは難しいと思う』


『それは、大丈夫ですわ。この魔道具さえ外して頂けたら自力で逃げられますから。もちろんお兄さんも連れてね』


『あんた見た目に似合わず凄いんだな。それの鍵はさっきの奴らのどっちかが持ってるはずだ』


 どうやって奪おうか考えていると、ふと思い出したのでヴィリーに聞いてみた。


『先程、私を眠らせた薬はまだありますの?』


『ああ、後一回分は残っている』


『では、とりあえず一人をそれで眠らせるとして、もう一人はどうしましょう。ボコボコにしちゃいますか?』


『はは、そうだな』


 ――そんなこんなでヴィリーと協定を結んだのは良いが、男達が思いの外早く部屋に入ってきて、今に至る。


 ヴィリーも慌てふためく二人を襲うのは困難だと思ったようで、俺の方を見て苦笑いを浮かべている。


「じゃあどうすんだよ。あいつ多分アレン殿下にやられたぞ。あの目はヤバかった」


「まじか……」


 そんな二人にヴィリーは言った。


「逃げるにしても、この女を担いで移動するのは大変だ。足だけでも縄を切った方が良いんじゃないか?」


「確かにな。おい、縄切ってやってくれ」


 ヴィリーによって足が自由になった。ありがとうヴィリー。心の中でお礼を言っていたら、他の二人に気づかれないように手の縄にほんの少しだけ亀裂を入れてくれた。


「とにかく逃げよう。アレン殿下の拷問はそれはもう酷いらしい。魔物に食われた方がマシだ」


 アレン、凄い言われようだな。夏祭りの光景は闇の帝王が降臨したかと思わせる程であったが、仮にもまだ十六歳。そんなに酷くはないと思うが……。


「分かった。女もついてこい」


「はい」


 男に命令され、後ろを歩いて部屋を出た。そこは思った以上に広い屋敷だった。廊下にずらりと並んだ部屋。今は使われていないのが一目で分かるほどに蜘蛛の巣がはられ、埃まみれだ。


 奥からはチューチューと鼠の鳴き声まで聞こえる。廊下に灯された灯りが俺たちの影を伸ばし、隙間風が吹くたびに影が揺れ、襲ってくるような感覚に襲われる。


 普通に怖い。ただただ怖い。


 このまま果てしなく長い廊下を歩くと思うとゾッとする。早く逃げ出したい。


 男達は俺に対して背を向け、油断している。今しかないと思い、俺は手の縄を解きながら、男を後ろから思い切り蹴り飛ばした。


「「え?」」


 ヴィリーと男達は呆気にとられ、動かない。もう一人の男にもお腹に一撃を食らわせると吹っ飛んでいった。


「ヴィリー、鍵探して」


 俺はそう言って呆気に取られている男のポケットやら腰の辺りを探った。ヴィリーもそれに倣う。


 すると正気に戻った男が風魔法で俺とヴィリーを吹き飛ばして言った。


「何しやがる! てめぇもいつからその女の味方になったんだ」


「ここでぶっ殺してやる」


 風魔法で壁に押さえつけられた。そこへ、もう一人の男が短刀を俺の首元に向けた。


「うっ……」


 早まってしまった。ヴィリーは平民、魔法が使えない。圧倒的に不利だ。すると、蹲っているヴィリーが俺に何かを渡そうと必死に手を伸ばしている。


 鍵だ! あれさえ手に入れば……。


 そう思うが、少し距離があって届かない。もう一人の男がヴィリーの行動に気づいたようで、ヴィリーに水魔法をぶつけた。


「うあっ」


 ヴィリーが吹っ飛び、距離が遠くなってしまった。俺の首に当てられた刃がじわりじわりと食い込んで一筋の血が流れた。


 俺はもうダメだ……と思ったその時、とんでもない光景を目の当たりにした――。

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