第69話 お義姉様

 時は流れて、二学期最終日。冬休みに入る前に生徒会の書類整理をして帰ることになっている。


 生徒会メンバーの一人がアレンに話しかけた。


「残り三ヶ月でアレン殿下も卒業ですね。寂しい限りです」


「クリステルがいるから大丈夫だろ」


「そうですが、それとこれとは違いますよ」


「そういうもんか。クライヴも俺が卒業すると寂しいか?」


「ええ、まぁ」


 何故俺に振るんだと思いながら、なんとなく返事をすると、アレンが少し悩んで言った。


「そうか……じゃあ留年でもするか」


「馬鹿な事言ってないで作業して下さい。学年トップが留年なんて出来る訳ないでしょう」


「そこは権力でどうにでもなるぞ」


「権力をそんなしょうもないことに使わないで下さい」


「なら、お前も今年度で学園辞めるか。俺が面倒見てやるぞ」


 他愛のない会話。いつものように冗談を言うアレン。エリク、これのどこがアレンルートに入っていると言うのだ。思い違いにも程がある。そう心の中でエリクに文句を言いながら作業に励んだ。


◇◇◇◇


 帰宅すると、先に帰っていたフィオナがレナとお揃いのドレスで出迎えてくれた。


「お義兄様。お帰りなさいませ」


「ただいま。こうして見ると本当に姉妹みたいだな」


 髪色や瞳の色は違えども、仲良しオーラが凄い。そう思っていると、フィオナがもう一着ドレスを持ってニコッと笑って言った。


「実はお義兄様の分もありますのよ」


「は?」


「文化祭でのお義兄様、とても素敵でしたわ! 今度お義姉様としてお出かけしましょうって約束したではありませんか」


 そんな事言っていたかもしれない。色々ありすぎて忘れていた。


「明日三人でお出かけしましょう」


「いや、でもあの化粧アレンじゃないと出来ないし」


 アレン並みに上手な人に頼めば出来るかもしれないが、アレンから言われていることがある。


『俺以外の人に化粧させて勝手に女装するなよ。したらどうなるか分かっているんだろうな』


 どうなるかは分からないが、アレンに脅されている。体よく断ろうとすると、フィオナが言った。


「大丈夫ですわよ。アレン様が明日来て下さることになっていますので」


「は?」


「このドレスもアレン様からのプレゼントなのですわ。いつも何考えてるか分からない人ですけれど、たまには良い事しますわよね」


 アレンがフィオナに軽くディスられているが、これはどういう状況なのだろうか。何か企みでもあるのか。それともただ単に面白がっているだけか。きっと後者だろうな。


 レナはいつも持っている水晶を覗いて、ニヤリと笑って言った。


「愛されてますね」


◇◇◇◇


 翌朝、朝食を取りに食堂へ向かうと何やら賑やかな声がする。いつも静かな訳ではないが、こんなに笑い声が聞こえるのは珍しい。


「左様ですか。では、うちにも今度是非」


「はい、楽しみにしていますね」


 そこにはいつもと変わらない平凡な父と見目麗しい継母、そして何故か朝からキラキラ輝いているアレンがいた。


「おお、やっと来たかクライヴ。殿下、愚息が大変失礼致しました」


「いえ、せっかくの休日ですからね」


 爽やかな笑顔を振りまくアレンと話していた父が、俺に向かって言った。


「今日はフィオナ達と出かけるそうじゃないか。何でも女装した姿がとても可愛いと聞いたが、本当なのか?」


「いや、そうでもないけど……」


「誰もが絶賛する程ですよ。後ほど、楽しみにしていて下さいね。お義父様、お義母様」


「まぁ、お義母様だなんて、嬉しいわ。ふふ」


 美しいから良いが、継母は今日も今日とてよく分からない所で笑っている。


「とにかく、早く食事を済ませて準備をしなさい。殿下をいつまで待たせる気だ」


 父に急かされ、急いで食事を始める。


「外堀を埋めていく作戦ですか……」


 ルイが後ろの方でボソッと呟いたが聞き取れなかった。


◇◇◇◇


 アレンがいつもの様に化粧とヘアメイクをしてくれた。フィオナと同じ銀髪を編み込んで後ろでまとめられている。


「今日はクララじゃないんですね」


「クララは俺だけの特別だからな。それに、ステファンが必死になって探しているだろ。フィオナと歩いていたらすぐ見つかるぞ」


 そう、ステファンはエリクの言う通りしつこかった。俺は婚約できない旨の手紙を出した。それにも関わらず――。


『クララのことだ。媚薬を飲んだ事で乱れてしまい、それを僕に見られた事を負目に感じているのだろう。僕は何も気にしていないと伝えることが出来れば考えも変わるはずだ』


『いや、違うと思うぞ』


『クライヴはクララに会った事がないから分からないんだ。それにな、占いの館では僕の腕をギューっと握って最後まで離さなかったんだ』


 それでレナにも勘違いされて媚薬を渡されたんだった……。


『あれは僕の事を好きだという証拠だ。相思相愛なんだ。なのに媚薬のせいで……』


 ——という訳でステファンは逆に燃えていた。冬休みも全力で探すと張り切っていた。


「とにかく、御両親も驚くこと間違いなしだ」


「そうですね」


 そう言って振り返った瞬間、アレンの顔が思いの外すぐ近くにあってドキッとした。見つめ合う形になってしまい、ついつい頬を赤らめているとアレンは口元を手で覆い隠しながら目を逸らした。


 トントントン。


 やや気まずい雰囲気になってしまったところ、フィオナと両親が入ってきた。


「お義兄様、準備出来ましたか?」


「うん」


「クライヴ、お前……」


 父が固まった。息子が女装をするというのは親としては、やはり気持ち悪いのだろう。ジェンダーレスになってきている日本でさえ、偏見はつきものだ。この世界においては異物でしかない。


 この姿は自分がしたくてなっている訳ではないが、そんなことを考えると悲しくなってきた。父はそんな俺にこう言った。


「なんて可愛いんだ! 私に似てしまったことを申し訳なく思ったこともあったが、それがこんなに可愛くなるなんて! お前は今日から女性として生きなさい。その方が幸せになれるぞ。そうに違いない。ちょっと手続きに行ってくる。男だとばかり思っていた息子は本当は女の子でしたって」


「あなた、興奮しすぎですわよ。お母さん、娘が増えて嬉しいわ。男の子にも女の子にもなれるって良いわね」


 父も継母も受け入れがとても良好だった。


「では、お義姉様。早速お出かけしましょう」

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