第66話 応急処置
「占いとは実に良い物だな」
「そうですわね」
占いの館から出た俺とステファンは王都を一望出来る高台までやってきた。ここでステファンとクララの関係は終わりにしよう。そう決意した。
「そういえば、先程貰った飴食べるか?」
「いえ、一つしかないのでステファン様どうぞ」
「僕はあまり甘い物が得意ではないのだ」
ステファンは嘘を吐いた。普段は食後に甘いスウィーツをよく食べている。俺はその心遣いを素直に受け取ることにした。
「では頂きますね」
コロンッ。
舌の上で飴玉を転がす。りんご味かな。普通に美味しい。『上手く使いなされ』とはどういう意味だったのか。
「クララ」
ステファンが遠くを見ながら俺の名前を呼んだ。
「僕は心の底から君とこれからの将来を一緒に歩みたいと考えている。どうか、僕と婚約してくれないだろうか」
「私は……」
言わなければ。婚約出来ませんと。言わなければならないのに声が出ない。苦しい。
「ハァ、ハァ……ハァ……」
熱い、苦しい、どうにかなりそう。
「クララ? どうした!? 顔が真っ赤だ。すぐに医者を」
「ステ……ファン様、ハァ……ハァ……熱い……苦しい……」
「分かった。分かったから、とりあえず馬車に戻って、医者のところへ連れて行く」
俺はステファンに抱っこされて馬車の中で横になった。それでもこの苦しさからは解放されない。
「いきなり、どうして。まさか……この飴か!」
ステファンが飴を吐き出させようとするが、誤って飲み込んでしまった。その時、ステファンの手が当たっている部分が妙に心地良いことに気が付いた。
「もっと……手を……お願い」
自分からステファンの手を取り、頬をすりすりと撫でさせる。ステファンと至近距離で見つめ合っていると、飴玉を飲み込んだせいか更に身体の熱さは増していくばかり。堪えられない。
「熱い……脱がせ……て……熱い……」
脱いでしまったらステファンに俺が男だとバレてしまう。だが、もうどうでも良い。この苦しさから解放されたい。
「だが、クララ……」
「お願い……もう限界」
ステファンがゆっくり、胸元の紐を解いていく。しかし、その手は途中で止まった。
「ダメだ。クララ、これはおそらく……だ。待っていてくれ。水を買ってくるから、少しの間我慢してくれ」
「待っ……」
俺の声は届かず、ステファンは馬車を降りた。
フィオナ、フィオナに会いたい。
「フィオナ……」
誰もいない馬車の中、俺の声はどこへともなく消えていく。
ステファンが出ていってから何分経ったのだろう。一時間くらい経ったような気さえする。
もう限界だ。苦しい。誰でも良い。誰か助けて。身近な人を思い浮かべていると、ふいにアレンが脳裏をよぎる。
ボンッ。
アレンが現れた。ピアスの魔法が発動したようだ。
「クララ! どうした!?」
「身体が……熱い……苦しい……」
「これは……」
すぐ様状況を把握したようで、アレンは言った。
「俺の部屋に連れていく」
◇◇◇◇
転移魔法で、アレンの部屋に移動した俺はベッドに寝かされた。
ステファンに何も言わずに来たことは心残りではあるが、他人に構っていられる程、今の俺には余裕がない。
アレンが俺の頬に手を当てて見つめてくる。ひんやりとしたその手が心地良い。
「アレン様……このまま、死ぬのかな」
「いや、死にはしない。ただ……」
続きを話すのを躊躇って、心配そうに見つめてくる。そして、ゆっくりその続きをアレンが言った。
「これは媚薬だ。一日もあればじきに治る」
「一日なんて……むり……苦しい……」
「致せば直ぐに治るはずだが……フィオナを呼んでくる」
そう言ってアレンは出て行こうとしたので、その手を掴んだ。
「フィオナは……ダメです」
「だが、苦しいんだろ? 早く楽になりたいんだろ?」
「我慢するから……フィオナは呼ばないで」
こんな状況で愛する人と無理矢理繋がるなんてしたくない。そんなの愛じゃない。
「フィオナは……ダメ……」
「分かったから、泣くな」
アレンは優しく涙を拭ってくれた。
「一日この部屋で過ごせ。ここなら誰も来ないから」
「ありがとう」
そう言うと、アレンによってゆっくりと抱き起こされた。アレンは悲しそうな心配そうな表情で見つめて言った。
「これはお前の意思とは無関係だ。俺からのせめてもの慰め、人工呼吸、応急処置だと思ってくれ。少しだけ楽になるはずだ」
次の瞬間、アレンに口付けられた。舌を入れられ、頭が真っ白になる程ねっとりと甘い蕩けるような口付けをされた。
◇◇◇◇
翌日。俺は目を覚ますと、とても広い部屋にこれまた大きなベッドの上にいた。
「ここはどこだ」
キョロキョロと辺りを見渡すが見覚えのない部屋だ。着ている服がいつもと違うことに気が付いた。女物のネグリジェだ。そしてウィッグが付けられている。今はクララか。
かけていた布団がゴソゴソと動きだした。フィンかな。そう思った矢先、声が聞こえた。
「起きたか。体調はどうだ?」
「え?」
そこにはアレンがいた。しかも上半身裸だ。咄嗟に布団を被り状況を整理する。
確か、ステファンとデートをしていたはずだ。占いに行ってその後、飴を食べながらプロポーズされて……。思い出した、全部。
顔が真っ赤になった。アレンが布団を剥がし、顔を覗き込んできた。
「まだ顔が赤いな。もうちょっとかな。もう一回するか?」
「えっと……何をでしょう」
「応急処置」
更に思い出してしまった。応急処置だと言われたキスは想像以上に身体を楽にしてくれた。しかし、それが終わると再びあの苦しみが襲ってくるのだ。だから俺は何度もねだった。
『アレン様、もっと……』『やめないで、お願い』
と、それはもう狂おしい程に求めてしまった。穴があったら入りたい。羞恥で恥ずか死ねる。フィオナに合わせる顔がない。
「もう大丈夫です」
「そうか。でも何故媚薬なんて飲んだんだ? ステファンはそんな姑息な真似しないだろ」
アレンは昨日から気になっていたであろう疑問を投げつけた。
「占い師の人がくれたんです。『お二人の未来を願って』とか言って。『上手く使いなされ』とも言われました」
まさか媚薬だったとは。知っていれば即刻捨てていた。
「でもあそこで精神に干渉出来るのは確かです。別料金で請け負うって言っていました」
「そうか。辛い思いをさせて悪かったな」
そう言って、ぽんぽんと頭を撫でられた。自分がいつもフィオナにしてあげる事だが、人にされると言うのはこうもドキドキしてしまうものなのか。そう思っていると、アレンが続けて聞いてきた。
「で、ステファンとは二度と会わないって言ったんだよな?」
「いえ、言おうとする直前にこうなってしまったので」
アレンに笑顔が消えた。どうしたのだろうかと、キョトン顔で見上げてアレンの顔を覗き込んだ。
「アレン様?」
「今回は致し方ないか。もう一泊していけよ」
もう一泊なんて……正気に戻った今、心臓が持たない。
「いえ、もう大丈夫なので帰ります」
「まだ媚薬が抜け切れて無かったらどうするんだ。それに、外は既に夜だぞ」
「うそ……」
俺は何時間寝ていたんだ。というより何時間、応急処置と言う名のアレを繰り返したんだ。
その夜、俺はヤドカリの様に布団を被って寝た。
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