第35話 勉強会②
「お義兄様、遅かったですわね。アレン様も御一緒だったのですか?」
アレンと二人で皆の所に戻ると、やはりフィオナに話しかけられた。
「二人で逢瀬を……」
「いや、さっきそこで会ったんだ」
アレンがまた妙な発言をしようとしたので、被せ気味に応えた。フィオナにまた誤解されて不機嫌になられては困る。
「お義兄様、ここを教えてくださらない?」
フィオナはアレンとの事は追及することなく、勉強について質問してきた。
隣に行くとふわっとフィオナの良い香りがして、一瞬この間のペンダントを渡した時のことを思い出す。
顔が赤くなりそうだったが、友人達が目の前にいるので平常を装うことができた。
「これはこうやって……こうするんだ」
「流石お義兄様! とても分かりやすかったですわ。ありがとうございます」
「他には大丈夫か?」
「では、ここもお願い致しますわ」
「えっと、ここは……ん? どうした?」
フィオナが、にこやかに俺をじっと見つめている。
「何でもありませんわ。続けて下さいな」
「でだな、ここにこれを当てはめていけば……フィオナ、聞いてる?」
「もちろんですわ」
そう言いながらも参考書ではなく俺を見ている。やはり、先程アレンと一緒に戻って来たことを根に持っているのだろうか。
ひとまず教え終わるとステファンが口を開いた。
「休憩にするか」
皆が賛同し、テラスで昼食をとることになった。
「ステファン様、邪魔しましたわね」
「フィオナ、ああいうのは屋敷に戻ってからにした方が良い」
「関係ありませんわ。誰にも迷惑かけておりませんもの」
「それでもだ。見るに耐えられん」
何やら、フィオナとステファンが言い合っている。この二人は仲が良い。
俺がいない間にルイも含めて三人でお茶をしているようで、俺自身も何度かその場面を遠目から見たことがある。
自分だけ除け者にされて寂しい時もあった。だが、三人とも顔が良い為、非常に絵になる。俺はやはりモブとして影に徹しようと何も口出しせずにいる。
そんな二人を遠目で眺めていると、スフィアが隣に来て話しかけてきた。
「どうしたのですか?」
「いや、あの二人は仲が良いなと思って」
「ああ……それは、共通する嗜好があるからでしょう」
共通する嗜好……なんだろうか。演劇、歌劇、文芸? どれもピンとこない。
「まぁ、あまり気になさらない方が宜しいですわよ」
「そうだな」
クリステルが近くにいない事を確認し、小声で聞いてみた。
「スフィアはクリステルと上手くやっているのか?」
「そうですわね……。まぁ、恋愛感情のようなものはありませんが、婚約した以上、私の務めを果たすまでですわ」
なんて健気なんだ。あんな二股男はやめて、俺が幸せにしてあげたい!
「スフィア、何かあればすぐ相談しろよ」
「ふふ、頼もしいこと」
スフィアの笑った顔が何とも愛らしい。ステファンの言う事はやはり正しいのかも知れない。
『友人の妹、それすなわち俺の妹』
なんともアホな考えをしていると、アリスが声をかけてきた。
「御一緒しても宜しいですか?」
「どうぞ」
スフィアが返事をし、一緒に昼食をとることになった。
「アリスさんは学園ではアルノルド様と仲がよろしいですわよね」
「ええ、幼馴染なので。ですが、女性の友人が欲しくて悩んでいたところ、クリステル様にお声がけして頂いたんです」
「そうだったのですね」
何故だろう。愛人が本妻のところに押しかけているドラマのワンシーンを見ているような気分だ。
「何やら楽しそうだな」
ご本人の登場! クリステルまでやってきた。
「クリステル様のおかげで、私とアリスさんがお友達になれたことを話していたのですよ」
「そうか、仲良くなれたなら計画した甲斐があるというものだ。なぁ、アークライト」
「そ、そうだな」
俺にふるなよ。俺が修羅場作ったみたいではないか。早く昼食終わらせて勉強会の続きをしよう。
しばしの沈黙があり、気まずい空気が流れた。そんな空気を壊してくれたのがフィオナだ。
「お義兄様、お義兄様はわたくしのことをどう思っていますの?」
フィオナが俺の腕にギュッと絡みついて、お得意の上目遣いで俺を射抜こうとしている。
「どうって、可愛くて最愛の義妹だ」
頭をぽんぽんと撫でるとフィオナは嬉しそうに笑った。
「ほら、ステファン様、アレン様言った通りでしょ?」
先程の言い合いにアレンも参加していたようだ。こちらも仲良しだな。
「分かったから、フィオナこっちへ来るんだ。皆困っている」
「俺が言いすぎた、ごめん」
ステファンとアレンが猫を宥めるようにフィオナを呼ぶと、渋々戻っていった。
「なんだったんだ?」
俺がポツリと呟くと、アリスが驚いた表情で言った。
「仲が良いとは聞いていましたが、本当に仲が宜しいんですね! 教室で見かけるフィオナ様とは随分と印象が違いました」
「王妃教育を受けてからは、外では淑女モードばっちりだからな。嫌いにならないでくれよ」
「もちろんです! 私もあんな可愛い義妹が欲しいと思っていましたから」
照れたように笑うアリス。一人っ子だから妹が欲しかったのだろう。
それからは何事もなく勉強会が終わった……と思う。クリステルとアリスのように密会していたら、さすがに把握できない。
「皆さん、今日はありがとうございました」
アリスが軽く皆にお辞儀をして、フィオナとスフィアに向き直る。
「スフィア様、フィオナ様、学園でも話しかけても宜しいですか」
「お友達ですもの」
「もちろんですわ」
「ありがとうございます!」
嬉しいのか、アリスは半分泣きそうだ。
今回の勉強会は成功なのか、はたまた失敗だったのか。クリステルとハッピーエンドになればこの友情は儚く散ってしまうことになる。
俺は知っている。失恋よりも辛いもの。それは——。
『友人に裏切られること』だ。
友人になっていない状態であれば、アリスを応援してスフィアを安全な形で婚約破棄させる方法もあった。だが、友人になってしまった。
三人の友情はまだほんの小さいものだが、今後膨らんでいって欲しいと俺は願う。
クリステルルートは俺も多少の知識を持っている。アリスには悪いが、イベントをことごとく邪魔させてもらう。
——この選択によって、アリスの勘違いは更に加速し、フィオナが悪役令嬢の道まっしぐらになるとも知らずに。
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