第30話 不機嫌

 食材探しに行った際、星空が一望できる絶景の場所を見つけたのだ。そこにフィオナとアレンを呼び出した。


「あら、アレン様?」


「フィオナ何してるんだ? 一人か?」


「お義兄様に呼ばれたのですわ。こんな素敵な場所を御用意して下さるなんて……」


 フィオナはアレンに得意げな顔をする。アレンは何かを察したようで、言いにくそうにフィオナに言った。


「俺もクライヴに呼ばれたんだ」


「何故かしら?」


「……」


「ま、まさかそんな……わたくしはお義兄様と二人きりになりたかったのですわ。何が悲しくてアレン様と」


「おい、ダダ漏れているぞ」


 フィオナは両手を頬に当てて、ブツブツと呟いており、アレンは呆れたように見ている。


「まぁ、ちょうど良い。フィオナ、話したい事がある」


「なにかしら?」


「婚約の時に話していた件だが、事情が変わった」


 アレンが真剣な顔になると、フィオナも真剣な物へと変わった。


「この世界を変えるというやつですの? 流石に馬鹿げているとお思いになられたのですか?」


「それは変わらん。だが、フィオナには隣で見ておくだけで良いと言ったが……協力して欲しい」


「何故わたくしが?」


 アレンは一呼吸置いて話した。


「クライヴが襲われた」


「お義兄様が!? 何故? 何もしないって言ったではありませんか!」


 フィオナがアレンのシャツを両手で掴んで問い詰めた。


 アレンは吐き捨てるように応えた。


「俺じゃない」


「では誰ですの?」


「分からない。だが、俺はフィオナと婚約すると決めた時から、あいつを生かす道を選んだ……」


「それはどういう……」


 フィオナは両手の力を緩め、アレンの黒い瞳をじっと見つめた。


「わたくしは何をすればよろしいのですか?」



◇◇◇◇


 翌日。


「フィオナー、どうしたんだよ」


「知りませんわ」


「フィオナ、お義兄ちゃんなんかしたか?」


「ご自分の胸に手を当てて考えてみて下さい」


 野外活動から帰宅し、フィオナの態度がおかしい。何やら怒っているのだ。


 言われた通り、自身の胸に手を当てて考えてみる……アレンとも二人きりの時間を作ったし、義兄として良い仕事をしたと思う。


「フィン、フィオナどうしたんだろうな。俺何か悪いことしたかな」


 擬人化したフィンが静かに応えた。


「女心は複雑ですので」


「クライヴ様、それも原因の一つですよ」


「どういうことだ? ルイ」


「良いですか? フィンはホーンラビットですが、擬人化した姿は年頃の女性です」


 ルイは、後は察しろと言った様子で話を終えるが全く分からない。話し相手が出来たことの何が悪いのだろう。衣類に関しては、フィオナのお下がりが着れる為、お金もかからない。


「はぁ……フィオナお嬢様は嫉妬しているのですよ」


「嫉妬?」


 ああ、なるほど。


 俺の義妹はフィオナだけだったのに、もう一人妹が急に出来てお兄ちゃんが取られたような気がしたのか。可愛いな。


「少々違うような気がしますが、そういうことですので暫くはそっとしておきましょう」


 ルイはそう言ってお茶を淹れ直してくれた。


「それにしても、慈善活動を始めるなんてどうしてだろうな」


 フィオナは、休日にはアレンと孤児院や貧困層に慈善活動に行くらしい。


「まぁ、二人が仲が良いのは良いことか」


「そうですね」


 フィンが相槌を打っていると、メイドの一人が手紙を届けにやってきた。


「クライヴ様、ステファン様とアレン殿下からお便りが届いております」


「アレンからも?」


「本人がいなくても様は付けましょう」


「はーい」 


 ルイに注意されたが軽く返事をしつつ、とりあえずステファンの手紙から読むことにした。


 野外活動の労いの言葉と、この間俺が奢れと言ったので、次の休日に王都に行こうという誘いだった。


 次にアレンの封筒を開ける。厳重に本人しか開けられないように魔法が付与されている。三年生にもなると、色んな魔法が使えて便利そうだ。


 基本は個人の属性に合わせた魔法が使えるのだが、その魔法に術式を加えることで、その他の様々な魔法が使えるようになるのだ。防音魔法等もこれにあたる。


「あ、なんか入ってる。ピアスかな?」


 便箋には『俺からのプレゼントだ、受け取れ。肌身離さずつけておくんだぞ。外したら許さん。今すぐつけろ』と書かれている。


 プレゼントなのに強要って横暴すぎる。フィオナはこんなやつのどこが好きなんだ。


 顔か。


 そんな不敬なことを考えながらピアスをつけた。真面目だな俺、と思いつつ二枚目の便箋がある事に気が付いた。


『このピアスはお前が念じれば、俺をいつでも呼び寄せることのできる魔道具だ。使い魔ならぬ使い王子だな。夜寂しくなった時はいつでも呼んで構わない。俺が優しく慰めてやろう』


「いるか、こんなもん!」


 便箋を机に叩きつけ、ピアスを外そうとする。が、外れない。


「どうして、外れないんだ」


『追伸:このピアスは術式をかけた者しか外せないようになっている。つまり俺だ』


「……」


◇◇◇◇


 とある薄暗い部屋の一室では、三人の男性が話をしている。


「何故、私に無断で奇襲をかけた」


 ローブを深く被った男が二人、跪いて謝罪した。


「も、申し訳ありません。女と二人になったのでチャンスと思い……」


「ですが、やはりあれは脅威です。以前に比べて格段に強くなっております」


「だからこちら側につかせようと、私が動いているだろう」


「申し訳ありません。ですが、時間が……」


 男は立ったままローブを被った男をまっすぐ睨んだ。


「信頼関係には時間がかかるものだ。そうだろう」


「はい……」


「恐れながら、奴は、あのお方と仲が宜しいという噂は本当なのでしょうか」


 男はチッと舌打ちした後、こう言った。


「あれは放っておけ。この計画のことも全く知らない愚か者だ。今頃、婚約者と逢瀬を重ねておる」


「承知致しました。それから聖属性の女、戦闘には出ておりませんでしたが、魔力量はかなり多いようでした」


「そうか。魔族は聖属性に一番弱いからな。男の方より女を先に味方につけるか」


「それが宜しいかと」


「決まりだな。本日はもう良い。散れ」


 ローブの男達は、さっとその場から消えた。

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