最終話 奉納金は?

 六角商事の係長、鍋島直樹なべしまなおきは「ヒィーー」と悲鳴を上げながら、脱臼した肩を抑え走り去った。



「少しイタズラがすぎたでしょうか?」



 わたしは本殿の中に戻り、3人に確認した。



「そんなことないですよ。私、係長のあ~んな情けない顔が見れてすっきりしました」


「私もです。実は、直樹さん怒らせるとすぐに暴力を振るうので困っていました」


「俺は、鍋島さんが店内で大声さえ出さないでくれればそれでいいです。他のお客さんの迷惑になってましたから」



 派遣OLの高梨杏たかなしあん、風俗嬢のえみりん、ラーメン屋店長の本庄剛ほんじょうつよしがそれぞれ答えた。



「これで今後、彼はあなたたちに頭が上がらなくなるはずです」



「本当にありがとうございました」

「ありがとうございました」

「助かりました」



 3人がそれぞれお礼を述べ、頭を下げた。



 わたしは軽く微笑むと、を回収した。

 そう、先ほど鍋島直樹に言ったことは全部デタラメのうそである――ひとつのを除いて。



「茜さん、どうやって9本もの尻尾を付けたんですか~」



 高梨杏が不思議そうにわたしのお尻の辺りをのぞき込む。



「しかもこれ、モフモフです〜」

「さ、さわらないでください! くすぐったいです」

「まるで本物みたい〜」



 わたしは、体をくねらせながら高梨杏から離れ、えみりんの後ろに隠れた。

 


「お礼はなにを奉納ほうのうすればよいのでしょうか?」


 えみりんが振り返り、口元に人差し指をあていてきた。


「そりゃ、きつねまつってる神社なんだから、油揚あぶらあげなんじゃないのか」


 本庄剛が口をはさむ。



 余計なことを――わたしは生活の安定のためにも現金がほしいのです。とはさすがに露骨ろこつすぎて言えなかった。



「すみません……わたしも一応、人間なので……」


「茜さんは、なにが好物なのですか?」


 えみりんが首をかしげる。

 わたしの頭に浮かんだものは――。


「……チョコレート」


乙女おとめですねっ」


 笑いが起こる。

 本殿内が微笑ましい雰囲気に包まれた。



 こうして、野呂神社の奉納品がチョコレートに決定してしまった。




※※※




――1か月後――。



 奉納金ほうのうきん目当てで始めた『なんでも相談箱』だったが、悩みが解決するとのうわさがどんどん広まり、ついには県外からも参拝者が訪れるようになっていた。


 街外れにある小さな神社にもかかわらず。


 当初の目的は外れてしまったが、参拝者が増え、人々の笑顔を見る機会が増えた。これはこれで良しとしよう。それにチョコレートはくさらない。


 本殿内に山のように積まれたチョコレートを眺めながらわたしはそんなことを考えていた。

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