18.並べた先で…
パテルさんの住処から家へと戻った後はリビングのソファに倒れ込み泥のように眠った。
昨日一日の内に起きた出来事が全て衝撃的で、そして得た情報が多すぎて、更には昨日までの数週間はほとんど眠ることなく書庫に篭っていたので、多大な量の疲労が蓄積していたのだろう。
身や心、その全てに重くのしかかる疲れに抗う術はなく、自然と瞼が下りた。
深い眠りにつけた理由はもうひとつある。
ほっと一安心したのだ。
この世はゴミ箱ではなかったのだと知れたことが、この世に存在している知的生物は自分一人だけではないと知れたことが、心を少し軽やかにした。
そうして眠った次の日である今日。
今私は書庫へと向かい足を進めているところだ。
歩き慣れた廊下を通り、その先の扉を開けると…“乱雑な書庫”と銘打てる程に紙々が撒き散らされている。
テーブルの上に山と積まれた書物は今にも崩れそうだ。
足元に落ちている紙を拾い上げ眺めてみると、そこには師匠の文字が散らばっていた。
まるで今の書庫のように整列を忘れているのは、文字とも呼べぬ文字みたいな何か。
師匠作の書物の9割は文字みたいな何かで記されている。
複雑難解。
読み解くだけで時間も気力も奪う強敵だ。
だけど、全ての解読を終えると達成感を味わえ、これから新たに知れるのだという喜びもあるとかないとか…
書物台で“日記”を探しても見つからなかったのは日記が残されていなかったからだ。
けれど、日々の出来事や当時の思い、考えなどは残されている。
様々な書物のなかに。
ページの端やら上やら中央やら…突然思い出したかのように、とにかく気まぐれに思いのままに記されている。
泥団子の作り方が記された紙束の5枚目ぐらいに文句やら何やら。
おそらく実在する魔物の絵が描かれた紙の裏に今日の夕飯の献立が。
魔草花の採取方法が記された紙の左下に“ミスリルはミスリル”という謎の言葉が残されていたりする。
とにかく自由気ままなのだ。
時折、青い小鳥さんのものだと思われる小さな足跡が文字のそばに残されているのは何故だろうか…
どうしたら小鳥の足にインクがつくのか不思議でたまらない。
わざとなのかと思う程にピンポイントで日記のような文章のそばにそれがあるのだ。
何かの作り方や計算式、理論などのそばにはひとつもない。
だが、全ての日常文章のそばに足跡があるかと言えばそうではないのだ。
ただ、遊んでいただけなのか…師匠の母も自由気ままな性格なのだろうか?
まぁ、全ての書物に目を通したわけではないので、もしかしたら計算式のそばにある足跡を見つける日が来るかもしれない。
初めてこの書庫に足を踏み入れた日に、師匠はきっと天才型の人間だと感じたが、その考えは今も変わらない。
そこに人柄や性格を加えるとすれば、勝手気ままなめんどくさがり屋さんだ。
そして探究心が深く深く深い。
興味を示したものにはすぐさま飛びつき、何処までも何処までも追い求めたかと思えばあっさりと別の興味へ移る。
何故そう思うのか…それは、検証結果や考察が2、3行で終わっているものがいくつもあるからだ。
興味を示した全てを知ろうだとかは思っていないようで、なんとも不思議な人だが、私はその気ままさが好きである。
過去に研究したものを忘れることもあるのだろう。
これだけの書物を残せる程に数多のことへ興味を持ち、調べるなり実験するなりしたともなれば当然のことと言えよう。
同じようなことを人生の内に3度研究した記録が残っている、
私が今後この書庫に残された書物を読み進める内に、その数が増える可能性は大いにあるけどね。
数週間、書庫に篭り寝る間も惜しんで本を読み漁ったにも関わらず、未だ全ての書物に目を通せていない。
それ程までに膨大な量の紙がここには残されている。
そのほとんどは師匠の手書きで、言うなれば師匠の人生だ。
あの偉大なる人物の知識や努力、軌跡を知り学べることが素直に嬉しい。
難点があるとすれば、日記が日記として纏められていないことだ。
師匠の日々を知りたくとも、あちこちに散りばめられており、なんとも困っている。
だけど、私が生きる為に学ぶなかで、師匠の日常がひょっこりと現れるものだから、肩の力が抜け微笑みに変わることもしばしばあった。
なので難点と言えば難点ではあるが、私はこの日記の在り方が好きだ。
まぁ、ひとつに纏めようにもそれができないので在り方を変えることはできないが…
日記として纏めてしまえば、魔法薬、魔物に関する事、かっこいい石ころとは、トランペットの作り方、明日の天気を今変えるには…などなど、とにかく多くの内容が詰まった謎の書物のなってしまう。
書物台の検索機能にどう影響を与えるかも分からない為、日記として纏めるのは諦める他ない。
ともなれば、付箋のような紙を作り、日々の出来事や思いなどが記された紙にくっつけようと思う。
今からその作業をするつもりだ。
コスタソウという魔草が身に蓄えているような粘着性のあるもので貼り付けるのは駄目だ。
それをしてしまえば、師匠の過去が残る紙が傷んでしまう。
ではどうするか…糊が無くともくっつけるしかない。
付箋程の大きさの紙に半円形の切れ込みを入れ、紙にくっつける。
半円は前に、残りは後ろに来るよう互い違いに差し込むと言えばいいのか…まぁ、そんな感じだ。
これを紙クリップと命名しようか。
紙束を本棚に並べると横向きにひょっこりと飛び出る仕様だ。
そのひょっこり部分には日付が分かる場合は日付を、年代を憶測できればそれを記入していく。
分からなければ無記入でいいだろう。
今日でその作業を終わらせるつもりはなく、今後合間合間に少しずつやっていこうと思う。
そしてもうひとつやりたいことがある。
1冊と認識されている紙束を紐で纏めたいのだ。
こちらは紙に穴を開けることになるので気が引けるが、“ここにある全ては君のものだ”と師匠が語ったので、心の中で謝罪を述べた後、罪悪感を吹き飛ばした。
本当は普通の本のように装丁をを整えたいところだが、その技術をまだ学べていないので、いつかできるようになったら綺麗な装丁を持つ本にしていこうと思う。
今紐で纏めるのは今後読み返すときに楽にする為だ。
そんなわけで今日1日は紙クリップの製作や日付の記載、差し込み、そして紙束を紐で纏める作業をしていくのだ。
書庫の片付けも兼ねてね。
書物に記された内容に意識が向き作業が捗らない未来がもう見えているが、それもまた善きかな善きかな。
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(ちょっと待てよ…ミスリルはミスリル…一見無駄に思える文字だが、もしかして全てを繋げれば文章となるのではなかろうか…)
その考えに従い、紙クリップを差し込みながら無駄とも思える文字を見つけては別紙に書き出した。
まっさらだった紙の黒の比率が上になるまで…
そんな未来があったとかなかったとか…めでたしめでたし?
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