36.切り株にて

 フォールの街中から南門を通り抜けると正面には森へと続く道がある。

 そこを進むと最後には横に伸びる道とぶつかる─要はT字路だ。

 そのまま正面を見据えた先には既に馴染みのある広大な森。


 今は道と森の間にある草っ原に切り株を出し、腰掛けているところだ。


『れい、おはよう!』

『オハヨウ』

「ふふ、おはようございます」


 フォールに来ると必ず寄ってくる、赤い服を身に纏う男の子と黒いトカゲが今日も瞳に映りにきた。

 ツンツン頭の赤髪とニカリとした笑みが可愛らしい。

 トカゲ君は表情が動かないが、尻尾の動きと瞳、そして雰囲気で感情が分かる。

 大抵尻尾は横にふりふり揺れているのだが、喜びが溢れるとブンブンに変わるのだ。

 身体は艶のある漆黒で、瞳は紅色。

 トカゲ君の背に男の子が跨っていることが多く大変微笑ましい。


(呼び名が欲しいところだ…太陽っぽいよね?…サン、ソル…赤…レッド、ルベル……黒…ブラック…アーテル…ノクス……ソルとノクスかな?暫定ね?)


『れい、あれあれ!かふぇ…なんとか!』

「カフェオレでしょうか?」

『それそれ!飲みたい!だめか?』

『ボクモ!』

「もちろん、かまいませんよ」

『やったぜ!』

「少々お待ちください」


 さっそく収納から取り出そうとしたとき昨日製作した物を思い出した。


(食器を選んでもらわないと)


「よろしければコップもしくはお皿を選んでくださいませんか?希望がなければこちらでお決めしますが」


 目の前に浮かぶ2体の精霊たちへ声をかけながら、彼らの周囲にコップとお皿をたくさん浮かばせた。

 生成魔法で作った物ではなく、全て私の手作りだ。


『え!?このなかから えらんでいいのか!?』

『ボクモ!?』

「はい。よろしければ…ですが」

『やったぜ!どれにしようかな!』

『アリガト!ウレシイ!』

「ふふ」

『あ!ほかのやつらもいいか!?』

「ええ、もちろんです」

『ありがとう!おい!みんなもこいよ!』


 ふわりとトカゲ君から離れたかと思えばすぐさまこちらに向き直り確認するのは他の子たちを思ってのこと。

 周囲でこちらを観察していたたくさんの精霊たちは、肯定の言葉を聞いた途端に顔を綻ばせ喜び始めた。

 精霊が多く集まっているため追加で大量の食器を浮かばせる。


『きいてくれてありがと〜』

『さすがだね!』

『へへ、いいってことよ!』

『いっぱいあって まよっちゃうねぇ〜』


(かわいすぎかよ!)


 時々通り過ぎる冒険者たちや商人なぞ全く気にならないね!

 …と言いたいところだが流石に崩れた顔を晒すのは憚れる為、いつもの微笑みを必死に保っている。


(というかこれ、めちゃくちゃ魔力操作の鍛錬になるな)


 食器を魔力球に入れ浮かばせてしまえば、精霊たちが手に取り確認することができなくなってしまう。

 なので今は魔力を纏わせ浮かべている。

 ちなみに昨日の農園や畑作りは後者で行った。

 一度放った魔法を動かすのは難しいが、身体から離れた己の魔力を動かすのは先の数十倍難しく、とにかく集中力が必要だ。

 さらに言うと維持するだけでも気力が削られる。

 何せ放っておけば大気に溶け込み消えるのだから…


 今それを複数、しかも同時に行使している理由は、精霊たちが一度手に取り確認した後、手を離しても落ちないようにする為。

 料理を作る際や農作業との違いはこれだ。

 他者の動きを見ながら魔力操作を行なうということ。

 精霊が食器から手を離した瞬間、その場に維持する。

 しかも視界に入らなくともやらねばならぬ。

 非常に難易度が高いことなのだ。


 魔力と精霊を全身で感じ、わずかな動きですら身で感じ取る。

 維持しながら、複数同時に、瞳に頼らず…

 

(いいね、いいね!新発見だ)


 気力を削られるとはいえ、顔を見合わせ楽しそうに食器を選ぶ子たちを見ればしんどいとは欠片も思わない。

 むしろ魔力操作の新たな鍛錬方法を知ることができ、喜びが溢れているくらいだ。


「れ、レイさん何してるんすか?」

「…あ、ヴィンスさんおはようございます。偶然…ではなさそうですね」


 喜びを噛み締めつつ、ふわふわくるくると動き回る精霊たちに癒されていると前方から知った声が届いた。

 視線を下げ見つめた先には、午後の風の4人と何故か赤い牙レッドファングの面々が揃い立っていた。

 皆、キョロキョロと顔を動かし宙に浮かぶ食器たちを見ている。

 ヴィンスさんはこちらに声をかけておきながら小さなコップやお皿に興味津々で返事を返さない。


 今日は午後の風の子たちにクリムボアの解体を見せてもらう予定があり、ここで待ち合わせをしていたのだ。

 

『れい、わたしこれにしたの〜』

『ぼくはねぇ、これにするぅ』

『わ、わたしこれ!』


 冒険者8名がこちらに興味を示すのを待っていると、精霊たちが続々と集まってきた。

 それぞれのそばにはもちろん選んだコップやお皿が浮いている。


「ふふ、皆さん合う物を見つけられたようで安心しました」

『おう!いっぱいあったからな!』

『オサラ ウレシイ』


(お皿も作っておいてよかった!)


 尻尾がブンブン動いているのだ。


「では皆さんコップやお皿をまっすぐにしながら、この腕の高さより下に移動してもらえませんか?」

『いいよ〜』

『なになに〜?』

『ぼくはもう下にいるのぉ』


 右腕を前方にまっすぐ伸ばし高さを示した。

 疑問を抱く子ですらきちんと食器を水平にし、こちらの願い通り下へ降りていくから頬が緩むのだ。


「ありがとうございます。では………皆さんどうぞ召し上がれ」

『え?…わぁ!もうはいってる〜』

『きづかなかったぜ!』

『アリガトウ!』

『あまいにお〜い』


 ひとりひとりに注いでは時間がかかる為、皆の食器の中へカフェオレを出現させたのだ。

 いや、収納から取り出したと言った方が正しいか。

 今や収納の出口を複数作るなどお手のもの。

 まぁ、それを利用することなどないと思っていたのだが…


(やっぱり収納って便利!)


 にこにこと笑う精霊たちが更に華やいだことに大変満足である。


「レイさん、今話しかけていいか?」

「あ、はい」


 ディグルさんが恐る恐る尋ねてきた為、視線を向けながら言葉を返した。


「まぁ、何をしてたかは大体理解したぜ」

「そうでしたか」

「で…」

「どうされましたか?」

「いや、前回ちゃんと確認してなかったんだが、レイさんは複数の精霊が見え、尚且つ声が聞こえる…ってことで間違いないか?」

「はい」

「…だよな。いや、街でも聞いたんだがな?念の為、本人に確認しておこうと思ってな」


 噂話を全て鵜呑みにせず、本人の口から語られた言葉で確信を持つ。

 そういう人は稀有な気がするが実際どうなのだろうか。

 普通に凄いことだと思う。


「ふふ、情報に踊らされることはなさそうな方ですねぇ」

「ん?まぁな。変な情報掴んで動けば仲間を危険に晒すからな」

「さすがですね。見習うとしましょう」

「お?レイさんは人の話を聞くのか?」

「ふふふ、え?聞きますよ。普通に」

「すまん。己の言葉しか耳に入れないのかと思ってな」

「まぁ、言いたいことは分かりますが…皆さんのお話きちんと聞いてましたよね?」

「…そういやそうだったな。うん。悪い悪い」

「どうしてそういった人物だと感じたのか気になりますが、それよりも気になるのは何故皆さんがここに居るのか…ですね」


 空気よりも軽い謝罪の言葉を受け流し、彼の後ろに視線を移した。


「レイさんおっはよ〜!ヴィンスが着いて行くってうるさくってさ〜。あ、解体を見せるっていうのはレイさんと別れた後に聞いたの!」

「はぁ!?お前らは来なくていいって言ったっすよね?」

「レイさんごめんなさいねぇ。急に来たから驚かせてしまったかしら?」

「いいえ。驚きはないのでご安心を」

「毎度毎度うるさくてすまんな。俺たちも普通に着いて行きたくてな。こないだ面白かったし」


(面白いの意味が少し気になる)


「レイさん、すみません」


 身を縮こまらせ眉を下げながら近づいてきたのは午後の風の4人だ。

 皆罪悪感を背負っており、今日の陽気とはかけ離れた空気を纏っている。


「いえ、お気になさらず。特に困った状況にはなっておりませんよ?」

「そうですか…」


 私の言葉を聞いても彼らの心は晴れないようだ。

 おそらく、私の許可なく他人を連れてきたことに罪の意識が生まれるのだろう。


「そもそも高ランク冒険者に言われては断れないでしょう?」

「すまんな」

「ごめんね」

「ごめんなさいね」

「すんません」


 素直に謝罪する彼らの姿に笑いそうになるのを必死で堪える。


「いえ!俺たちは全然!むしろ嬉しいです!」

「あたしもまたお話できて嬉しいです!」

「うんうん!」

「僕もです!」


 少し強引だが、声に出させれば己も納得するだろう。

 別に私自身は困っていないのだから気にすんな!


「レイさんはいいのか?」

「はい。特に問題はありません」

「あざっす!」

「お前…まぁいいわ…ハルト達も改めてすまんな。無理かもしれんが、そんなに俺達に遠慮する必要はないからな?」

「は、はい!ありがとうございます!」

「「「ありがとうございます!」」」


 憧れの冒険者からの言葉に素直に喜ぶ彼らが実にかわいらしい。


「ふふふ、微笑ましいですねぇ」

「そうよねぇ。彼らは癒されるわぁ」


(だが、そろそろ動こうか。結構ここで時間を使ってしまったように…自分のせいか?)


「では、心も晴れたようですし、行きましょうか」

「はい!」

「場所はどちらになりますか?」

「えっと…あっちの方です!」


 ハルト君が腕を伸ばし指差す方角は私がよく通る方向だ。

 森の向かって左側、そこに転移陣を刻んでいる。


「では、ご案内よろしくお願い…こういった場合、立ち位置はどうなるのでしょうか?」

「うーん…お前らが行くのは川がある広場か?」

「はい!低級エリアですね!」

「じゃあ、離れすぎなきゃてきとうでいいんじゃないっすか?」

「そうだな。特に手こずる魔物もいねぇしな。ハルトたちはそれでいいか?」

「はい!離れないように気をつけます!」

「あたしたちは気が緩まないようにしないとね!?」

「そうだね。そこが1番大事だよね?」

「うん。いつもより気を引き締めないとね」


(まぁ、高ランク冒険者と一緒だと気が緩んじゃうよねぇ)


「レイさんもそれでいいか?」

「はい。私のことはお気になさらず」

「…そうだな…うん…すまん。1番弱そうに見えるから心配するのは許してくれ」

「ええ。そちらもお気になさらず」

「そうか。潔いな…じゃあ、みんな行くか!」

「は〜い」

「「「はい!!!」」」


 エマさんの緩い返事をかき消し響いた声を聞きながらようやく足を踏み出した。

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