15.視線がいっぱい

「さて、帰りましょうか」

「「「「はい!」」」」

「皆さん疲れたら遠慮なく言ってくださいね?私が背負いますから」

「「「「は、はい…」」」」


──────────


 ちらちら、じっとり、そんな視線を受けながら食事を終えた。

 コロッケパンやポトフは彼らの口に合ったようで、そこに関してはこちらも大変満足だ。

 そんな昼食を終え、私が食器やテーブルなどを片付けている間に午後の風の子たちは荷物を整理していた。

 4頭のクリムボア全てをハルト君たちが持つのは不可能ということで、一旦私預かりとする。

 そこでも遠慮されたが、ここに置いていくのでは私が持ってきた意味がないと説得した。


 コリンちゃんは怪我が治ったものの流れた血が戻ったわけではない。

 そして他の皆は所々に怪我を負ったままだ。

 なので、“疲労もあるでしょうから、背負いましょうか?”と聞いたのに、皆から一斉に大きく首を横に振られてしまった。

 遠慮しなくてもいいのに…


((((背負われたら死ぬ!社会的に!!!))))


 4人の心はいつだってひとつだ。




***




 街へは夕方頃辿り着いた。

 精霊は森だけではなく街中でも私に姿を現すようになり常に視界が賑やかだ。

 宙を飛び回る子や私の足をくぐり抜けていく子たち、道の端でありんこさんを眺める子たちなど過ごし方はそれぞれで違う。

 何も見えないところをじっと見つめるのは変人でしかないため気をつけているものの、どうしても視線が向いてしまうから困る。

 視線はともかく、せめて首が動かないように鍛錬しなければならないようだ。

 とはいえ、それほど難易度の高いものではなさそうなので気負わず頑張ろう。


 午後の風の皆は長らくこの辺りに住んでいるだけあって門番を含め多くの人々と顔見知りのようだ。

 破れた衣服や怪我を見た方々に次から次へと声をかけられ心配されていた。

 その都度、律儀に私の話をするものだから冒険者ギルドへ到着する頃には空が半分闇に染まっていた。

 本気で心配してくれる人たちを無視するのは忍びなく、ゆっくりと足を進めた結果だ。


 冒険者ギルドは依頼を終え報告に来た人たちで溢れ返っていた。

 あまりの熱気にたじろいだが、午後の風の皆にとっては日常のようで別段気にした様子は見られない。

 ギルド内にいる冒険者のなかには軽傷を負っている者も少なくないが、治さないということは気にするまでもない傷ということなのだろう。

 さすが冒険者、さすがこの世界の人間。すごい。


 ハルト君たちはギルド内でも先輩冒険者たちから声をかけられ、その度に嬉しそうに対応していた。

 なかには“助けてくれてありがとう”と鼻を啜りながら頭を下げてくる人もいて驚く。


 午後の風の子たちは今回依頼を受けていたわけではないそうで、そのまま解体・買取りカウンターへと向かった。

 こちらも大変混雑しており、列が進むのはゆっくりだ。

 ようやく辿り着いたのは、以前私が解体依頼をお願いしたスキンヘッドの解体責任者ガストンさんが居るカウンター。


「お前ら!ボロボロじゃねぇか!!ん?でもやたら肌が綺麗だな?なんだ?どした?」

「はい!クリムボア6頭に襲われて!でも…」


 また始まる説明に後ろに並ぶ人たちを気にして振り向けば、皆ハルト君たちの話に耳を傾けていた。

 “急いでるならそっちの列の方がいいぞ”と誘導している人もいる。


(彼らはよほど愛されているんだな…)


 というか街の人たちもそうだが、冒険者の方々も人が良すぎる。

 もっと筋骨隆々でおらぁ!な人ばかりだと思っていた。

 いかに自分の物差しで周囲を見ていたかが分かり反省する。


「…そうか…レイさんが…ありがとう!こいつらは本当にいい奴らなんだ…どんな依頼でも街の為だからっつって嫌な顔ひとつせずに受けてくれるような奴らでなぁ…っ…」

「はい。私もハルト君たちだから助けたいと思い手を差し伸べたのです。街の皆から愛される彼らだからこそです」

「…うぅ…っ…」


 何故か目の前からだけではなく、後ろからも嗚咽が聞こえ始めた…


(いやほんと、みんななんでそんなに優しいの?)


「それで、クリムボアの解体と買取りをお願いします!」

「…おぅ…任せろ!何頭だ?100でも200でもいいぞ!?」

「はは!そんなに狩ったら森からいなくなっちゃうよ!4頭だよ!」

「これもレイさんが持ってきてくれたんです!あのときは…」


(いや、もういいよ…)


 皆から集まる感謝の念にいたたまれなくなる。

 場合によっては立ち去るつもりだったわけだし…そんなに優しくないのだけれど…

 ハルト君たちの怪我だって治そうと思えば治せるのにそのままにしているし…

 まぁ、治療を提案しても彼らは断るだろうが。


「どうする?解体終わるの待つか?この混み具合だからな、少し時間かかるぞ?」

「はい、待ちます!それ分かっててここに来ました!」

「そうか!じゃあ、待ってろ!」

「「「「よろしくお願いします!」」」」

「レイさん行きましょう」

「ええ」

「皆さん、お待たせしてしまってすみません」

「「「すみませんでした」」」

「おぅ!気にすんな!それより無事で良かったな!!」

「急いでいる人たちはそちらの列に並んでいるから大丈夫よ」

「お前ら…よがっだな…ッ…」

「はい!レイさんのおかげです!」


 バッと一斉に集まる視線につい苦笑いが漏れる。


「ハルト君たちの人柄が成せたことですよ。では、これ以上お待たせするわけには参りませんのでこれで失礼致します」


 そう言葉早くに語り、ハルト君たちの背を押しながらそそくさとその場を後にした。


「あ!あそこ空いてるよ!」

「ほんとだ!レイさん行こう!?」


(え、私も?)


 冒険者ギルド内の右手側は食堂になっており、今はお酒を手に持つ人たちで溢れている。

 ハルト君たちが向かうのはその反対、左手側にある待合室…集会所?

 こちらにも椅子やテーブルが多く並び、おそらく作戦会議なんかにも使えるのだろう。

 食堂の給仕の人が料理やお酒を手に集会所へ入っていく姿も見られ、混雑時はそういった使われ方もするようだ。

 そこの空いている席に皆で腰を下ろした。


(まぁ、ここまできたら最後まで付き合おうか)


 にこにこと無邪気に笑う彼らは見ていて気持ちがいいので嫌というわけではない。

 それに、本来の目的である植物の種や苗を販売しているお店はもう閉まっているだろう。


「皆さん本当に愛されているのですねぇ」

「へへ、みんないい人たちなんです!」

「うん。みんな優しいからあたしたちもみんなの為に頑張ろうって思うんです!」

「私たちは弱くてあまり役に立てないけど、それでもできることはやりたくて…」

「僕たち本当はみんなに心配をかけたくないけど、でも何もしないのは嫌なので…」


(この子たちにこそ精霊は姿を現してもいいと思うよ)


 眩しすぎる心だ。

 視線を下げはにかみながら街の人たちの為に何かしたいと語る彼らは善人だと思う。


「素晴らしいですね。当然のようにそう思える者は少ないでしょう。役に立つ立たないではなく、その気持ちを街の皆は受け止め喜んでいるように見えましたよ?」

「へへへ、そうだと嬉しいですね」

「そうだといいね!でも、レイさんこそなんの得もないのにあたしたちを助けてくれました!」

「そうだね。それだってみんながそうするわけじゃないです」

「うん。レイさんは優しくてかっこいいです!」

「…そうですか。ありがとうございます」


 …ゴクリ……


 純粋な言葉を受け思わず頬が緩むのは当然のことだと思う。

 そうして感謝を返した後、誰かの喉を鳴らす音がはっきりと耳に届いた。

 不思議に思い咄嗟に辺りを見回すと、想像以上に多くの視線を集めていたことに気がつく。

 こちらに向く複数の視線には気がついていたが、まさかこれほど多いとは思わなかった。

 これはさすがに全員が全員、ハルト君たちを心配してのこととは思えない。


「すみません。声が大きかったでしょうか?大変失礼致しました」


 賑やかな室内とはいえ、少し幼い声は皆の耳入りやすかったのかもしれない。

 楽しいはずのお食事を邪魔してしまい面目無い。

 だが、彼らの声に癒されない人は我慢してくれと心の内で語りながら、大人として頭を下げておいた。




***




《ハルト視点》


 俺たちの言葉を受けたレイさんは一瞬目を見開いた後、ふわりと笑った。

 それがあまりにも可愛くて皆が一斉に黙り込んだ。

 本人はその様子に気がついていないようで、眉を下げながら見当違いな謝罪をしていた。

 その姿にもまた皆が目を奪われるんだ。


「少し声が大きかったようですね。音量を下げましょうか」


 少し照れながら立てた人差し指を口元に添えるレイさんを間近で直視してしまった…

 思わず口元を右手で覆い視線を逸らしてしまう。


(やばすぎるだろ…その顔は…)


「…?さすがにそれ程声を落とさなくても大丈夫だと思いますよ?」


(違いますマジで…まってまって…ちょっと待って…)


「…すぅ…はぁ……はい。それもそうですね」

「あ、何かお飲み物でもお出ししましょうか?私は常に数種類持ち歩いているのですよ。えぇっと、コーヒー、カフェオレ、果実水、紅茶…」

「えっと…」

「カフェオレってなんですか!?あたし初めて聞きました!」


(さすがコリン!お前はあれに耐えたのか!)


 賞賛の意を込めながらぱっと横を向いた。

 するとそこには頬を染め、レイさんから視線を逸らすコリンの姿。


(まぁ、コリンもほぼ正面から見たもんな…でもそれ失礼じゃないか?)


「カフェオレはコーヒーにお砂糖とミルクを加えたものです。甘さを調整できるのが魅力でして、自分好みに仕上げられます」


 …ゴクリ……


(レイさんをってか?馬鹿野郎!言い方!わざとなの?わざとなのか!?いや、俺がけがれちまったのか…)


 だからおすすめなのですよと柔和に微笑むレイさんは善意で俺たちに伝えたのだろう。

 いつもは騒がしい集会所が今現在は静まり返っている。

 それはつまり俺と同じことを考えた人が大勢いたからだと信じたい。

 自分だけが穢れを持つわけじゃないって必死に言い聞かせている。

 とういか、この空気をどうすればいいのか…


(俺はこれをどうにかできるほど大人じゃないんだ…誰か助けてくれ…)


「れ、レイさん!久しぶりっす…」


 現れたよ救世主が!おぉ、精霊王様よ!今日は心からの祈りを捧げます!

 聞いたことのある声が背後から届き、ぱっと振り返ると、赤い牙レッドファングのみんなが揃って立っていた。

 口元を覆いレイさんから視線を逸らしているのは仕方がないと思う。

 ちなみに、カレンさん以外の3名がだ。


「皆さんお久しぶりです。お元気そうで何よりです」

「あ、あぁ…うん…元気だ。レイさんも相変わらずだな」

「はい。見ての通り元気ですよ」


((((みんなは瀕死だけどな!!!))))


 軽い挨拶を交わした後、赤い牙レッドファングのみんなは当たり前のようにここへ座り、席がギュウギュウになってしまった。

 ヴィンスさんは部屋の隅にあった丸椅子をわざわざ運んできてテーブルの端に陣取っている。

 レイさんの隣に座るターセルが可哀想で見ていられない。

 顔を下げぷるぷるしているのだ。


(すまん。耐えてくれ!ちょっと羨ましくもあるとだけ伝えておこう)


「皆さんは森から帰ってきたばかりですよね?今日もまたお仕事があったのですか?」

「ぷふっ、こいつが早く帰りたいってうるさいから急いで帰ってきたんだよね〜」

「ああ。それで疲れちまってな。朝は依頼完了の報告だけして帰って寝たんだよ。んで、今依頼とは別の魔物の買取りなんかをしに来てたってわけだ」

「そうでしたか。とにかく皆さんご無事で何よりです。お疲れ様でした」

「あざっす!」

「うるさいんですけど〜。きゃはははは!」


 どうやらヴィンスさんは何か急ぎの用事があったようだ。

 それに黙って付き合う他3人はいつものことだから気にしないのか、急ぐことが苦とならないのか…


(まぁ、それはどうでもいいな。っていうか、ヴィンスさんってこんな人だったっけ?もっと落ち着いた人だった気がするけど…)


 前に話したときのことを思い出してみたけど、軽く話した様子しか思い浮かばない。

 そういえば、そこまで深い仲ではないと気がついた。

 少し悲しい。


「それよりレイさん聞いたよ〜。この子たち助けたんだって?」

「はい。たまたま居合わせましたので。助けられて本当に良かったです」

「みんな良かったわねぇ?無事で」

「「「「は、はい!」」」」


 実は赤い牙レッドファングは俺たちの憧れだ!

 強くて優しくてかっこいい!

 レイさんもそれは同じだけど雰囲気はちょっと…いや、けっこう違う。


(のほほんとした朗らかな人だもんな…あれ?全然違うや)


「皆さんはお知り合いなのですか?」

「まぁ、たまに話す感じっすね。オレらもこいつらもこの街長いんで」

「めちゃくちゃいい子たちだから話してて癒されるよね〜」

「あ、それは分かります。心が綺麗ですものねぇ。笑顔も可愛らしいですし、見ていて心が洗われますねぇ」


(それはレイさんです!)


 たぶんここにいるみんなが同じことを思ったと思う。

 のほほんと笑うレイさんは癒しと綺麗な空気を身体から放っているように感じるのだ。

 だから癒しを求めて見てしまう気持ちは分かる。


(けど、ヴィンスさんは堂々と見すぎじゃない?いいの?レイさんは気づいてないわけがないよね?)


「そういや、あんとき飯助かったぜ。マジで旨かったわ」

「そうだそうだ!カツサンドありがと〜。めちゃくちゃ美味しかった〜」

「ふふ、どういたしまして」

「あの後大変だったっす。何食っても旨くなかったっす…」

「あたいも〜。レイさんのが美味しすぎたね〜」

「そう言われましても…」


 眉を下げたレイさんも可愛い。

 カツサンドとは今朝エマさんとヴィンスさんがいろんな人に自慢しまくってたあれのことだね!


(コロッケパンも旨かったからなぁ。カツサンドはどんな味なんだろうなぁ)


「ったく、レイさんが作ったやつと比べんなよ」

「そうよねぇ?あれは特別美味しかったけれど、あの後は焼いたお肉に飽きていたからそう感じただけで、街でなら美味しいと思える物を食べられるわよ」

「だよな?まぁ、つい比べちまうかもしれんが、普通に旨いもんはあるはずだ」

「えー?どれ食ったって旨くないっすよ」


 何故そんなにも確信を持って言えるのだろう?

 レイさんが作ったごはんはめちゃくちゃ美味しかったけど、街で食べるご飯も普通に美味しいと感じると思うけどなぁ。


(まぁ、コロッケパンが今まで食べてきた料理のなかで上の方にくるのは確かだけどね!うんうん)


「俺たちも今日レイさんのご飯食べました!確かにあれはめちゃくちゃ旨かったです!」

「あたしあれ毎日でも食べたい!すっごくおいしかったから!」

「え〜、お前らも食ったんすか?羨ましいっす」

「ねぇねぇ!あたいらと同じものだった!?」

「エマさんたちが食べたのってカツサンドですよね?俺たちはコロッケパンとポトフでした!」

「コロッケパン!?何それ!食べたい!」

「なんすかそれ!?オレ食ってないっすよ!?」

「そう言われましても…」

「私あんなにおいしいもの初めて食べました。ね?」

「うん。なんか他と違うよね?食材は珍しいものを使ってる感じじゃなかったのにすごくおいしかったです」

「ふふ、嬉しいですねぇ」


(あれ手作りだもんね。なんであんな旨いもの作れるんだろう?あ、腹減ってきた…)


「レイさんコロッケパン残ってないっすか?」

「え?ありますが…」

「食いたいっす!!」

「は〜い!あたいも〜!」

「はぁ、お前らいい加減にしろ。これから飯食いに行くってときに」

「そうよ?レイさんを困らせてはいけないわ」

「「え〜〜〜????」」

「そうかもしれないっすけどぉ〜」

「ったく、諦めろ。ところでレイさんたち飯はまだか?」

「ええ、これからですねぇ。今解体が終わるのを待っているのですよ」

「それならこの後みんなで食いに行かないか?お前らどうだ?」


(マジっすか!?)


「行きたいです!な!?いいよな!?」

「はい!あたしたちも行っていいなら!」

「ぜひ、ご一緒させてください」

「よろしくお願いします」

「レイさんもそれでいいっすか?」

「ええ、かまいません。けれど、高級レストランや怪しいお店はやめてくださいね?ふふ」

「なんすかそれ?そんな店オレら行かないっすよ。ん?怪しい店ってなんすか?」

「いえ、お気になさらず。ただの冗談ですから」


(のほほんと語ってるけど、半分冗談ではないよね…うん)


「あら?あなた達どうしたのかしら?何かあったの?」


 思わず目を伏せてしまった俺たちの様子に気づかれてしまった。


(やばい!もっと隠せば良かった!どうする?なんて答える?)


「あ、疲れてしまったのかもしれませんねぇ。お食事に行くのはやめておきますか?」


(さすがレイさん!いや、何がさすがなのか分かんないけど!)


「いえ!なんか緊張するなぁって思ってました!」

「あたしも!すごい人たちに囲まれてるから緊張してます!」

「う、うん。そうです、そうです」

「うんうん」

「そうでしたか。確かに赤い牙レッドファングの皆さんは佇まいが他と違いますものねぇ。格好良いですし、纏う雰囲気が違います」


(レイさんも纏う雰囲気とやらが人と全く違うけどね!まぁ、助けてもらったときは格好良かったな。そういえば)


「そっすっか?あざっす…で?怪しい店ってどっから出てきたんすか?オレら行くように見えるってことっすか?」


(おいぃぃぃ!その話終わりましたよね!?ね!?照れ隠しに掘り起こしていい内容じゃないですよ!?お願い!気づいて!!!)


 俺らの必死の懇願が無駄だということは分かっていたけど、それでも願わずにはいられなかった。

 困ったように笑うレイさんは冗談でも怪しいお店という単語を今後使わない方がいいと思う。


「彼らにはお話したのですが…」


 その顔があまりにも儚げで今にも消えそうだ。

 なんだかこちらが泣きたくなってきた…つらいのはレイさんなのに…


─────


───


──


「…ということがよくありましてね?つい言葉にしてしまいました。もちろん皆さんが怪しいお店に行くとは思っておりません。先程のは本当に冗談ですから…」

「レイさん…変な壺とか買ってないっすか?」

「なんでそこで服買っちゃうのさ…」


(うんうん、そう思いますよね。普通は)


「壺は買っておりませんよ?そもそも怪しいお店には入っておりませんからねぇ。服に関しては止むに止まれぬ事情がありましたからねぇ。仕方がないことです」


(果たしてその怪しいお店とやらは、変な壺とかが売っている方の怪しいお店だったのだろうか…)


 なんだか眉を下げるレイさんが小動物に見えてきた。

 おかしいな…特に背が低いというわけでもないのに…あ、座ってたわ。

 というかディグルさんとヴィンスさんがいるから小さく見えるのか…いや、関係ないな。

 普通にこの人が成せる技だ。うん、かわいいな。


「俺はレイさんが心配だぜ」

「そうねぇ。どこか抜けているところがありそうだものねぇ」

「そうですか?これでもきちん考えて行動しておりますよ?」


(初対面の俺たちでさえこの人はどこか抜けてそうだと思うもんなぁ。心配する気持ちはすっごく分かります!)


「例えばどんなこと考えてるんすか?」

「え?例えばと言われましても…」

「じゃあ、そのお店を聞いた相手はどんな人を選んだの〜?」

「えぇっと…靴屋さんは商業ギルドの制服を着た女性に尋ねました。服屋さんはお花屋さんに、本屋さんは眼鏡をかけた知的そうな男性に尋ねました。お食事処は広場のベンチに座っていた年若い子たちに尋ねました。酒場やダンジョンの場所を尋ねたのは少し厳つい風貌の方でしたから、冒険者だと思います。教会の場所を尋ねたのは濃い緑色のローブを着た男性でした」

「リーダーどう思うっすか?」

「あぁっと…レイさんの姿を見てそう判断した人もいるだろうが…いや、うん…」

「聞いた相手を間違えていそうなところもあるわねぇ」

「え?そうなのですか?では本屋さんの場所を尋ねるにはどのような方に…」

「あぁ、それに関しては本当に相手が悪かったとしか…」

「そうでしたか。その辺りの見極めができなかったようですねぇ。なかなか難しいところです」


(レイさんなんでその人を選び抜けたの?あと、厳つい人はみんながみんな冒険者じゃないからね?)


 それを教えようか迷う。

 では、他にどのような職業の方が厳つくなるのでしょうか?とか聞かれそうだ。

 怪しいお店の警備担当、料理人、建築関係…色々あるからなぁ。


(あれ?教えても問題ないね!)


「あ、けれど、今後は人に道を尋ねる回数が減るでしょう。この子たちに街案内をお願いしたら引き受けてくださったのですよ。なのでそれ以降はお店の場所をどなたかに尋ねる機会が減りますもの。うんうん」


バッ!!


(変なとこ連れてくんじゃねぇぞ!?)

(怪しい壺は叩き割るっす!)

(腕引かれそうになったら蹴り上げるんだよ!?)

(行ってはいけない所をきちんと教えるのよ?)


(こえぇぇぇよ!視線で人殺せるよ!!え、俺たちそんな責任重大な任務をこなさなきゃいけねぇの!?)


 勢いよく向けられた4つの視線がマジで怖い。

 子供の俺には数秒耐えるのが限界だ。

 せめて1人につき1つの視線だったら良かったのに、全部俺に向けられたから死にそう。


「ふふ、1日でいくつお店を回れるでしょうか?以前はお時間を取られて少ししか見られなかったので、とても楽しみです」


 レイさんがふんわりとした小花を散らしながら楽しそうに笑っている。

 その日を想像するだけでこんなにも幸せそうに笑うなんて…


(くっそぉ…その笑顔はずりぃだろ!?周りを見てみろ!全員頬染めながら鋭い視線飛ばしてくんだけど!?こえぇぇぇよ!きもちわりぃよ!!!)


 でも、ここで断るという選択肢はない。

 今断ってみろ。俺は明日太陽を見れなくなることだけは確かだ。

 何よりレイさんが喜ぶ姿を見たい!


(お前ら!この任務心してかかるぞ!?)

(((うん!!!)))


 赤い牙レッドファングからだけではなく、何故か周囲からの圧も受けながら、後日きたるその時を待つのであった───

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