14.お昼と一緒に午後の風

 何故彼らの荷物や彼らが倒したという猪を回収できたのか…


 土と根から離れた魔草花や命が途絶えた生物が蓄えている魔力は少しずつ大気に溶け込み消えていく。

 魔草花は魔力の減少によっても品質が下がる為、採取直後のものを使用するのが望ましい。

 収納を行使できる場合は関係ないが。

 蓄えていた魔力が全て消える前であれば魔力紋を追うことができる為、午後の風の4人が倒したというクリムボアの下へ辿り着くのは容易い。


 そしてもうひとつ。

 長く使用した物には使用者の魔力がわずかに篭る。

 手離せば魔力は徐々に消えていくが、それはつまり全て消失するまでに時間の猶予があるということ。


 そんなわけで4頭のクリムボアと彼らの荷物を回収することができたのだ。


「レイさんなんで持ってきてくれたんですか?レイさんにとっていいことなんてひとつもないのに…」


 ハルト君が目を潤ませながらこちらに問いかけてきた。

 もっともな質問だと思う。


「そうですねぇ。誰かに取られるのは嫌だなぁと思ったからでしょうか」

「嫌だなぁ…ですか?」

「ええ。私は誰彼構わず助けるほどお人好しではありません。皆さんは危機に陥ろうとも互いを守り励まし前を向く、高潔であり強さも兼ね備えた方々です。そんな子たちが懸命に戦い得た戦果を誰かに取られるのは悔しいなと思ったのですよ。物だってそうです。おそらく皆で頑張って揃えたのでしょう。それもまた誰かに奪われるのはなんとなく嫌だなぁと思いました」


 彼らには精霊が寄るけれど、それがなくとも優しい子たちであることは分かる。

 仲間を思い合うことだけがではない。

 ポーションを受け取ったらきちんとお礼を述べるし、得体の知れない者が怪しい壺を買わないか心配する。


(ん?それはちょっと違うか?)


 まぁ、とにかく私からすればいい人である彼らの努力が無駄になるのは悲しいし、魔物の横取りだと騒いでいた冒険者のような人に取られるのは普通に嫌だ。


「レイさん優しすぎますよ…」

「そうですよ…あたしたちのこと助けてくれただけでも充分なのに…」

「私たちレイさんに何も返せませんっ…」

「僕たちがどうなってもレイさんには関係ないのに…そういうのお人好しって言うんです…」


 危機を救われたからそう見えてしまう気持ちも分かる。

 けれど、自分が助けられる範囲であったとしても誰にでも手を差し伸べることはしない。

 悲鳴が聞こえてきても確認に向かうことはないし、この子たちも最初から助けたいと思っていたわけではないのだから。


「本当に誰にでもそうするわけではありませんよ?今回は皆さんを見て助けたいと思っただけです」

「だからってこんなことまでしてたらレイさん損しますよ?」

「そうですよ!クリムボアから助けてくれて、ポーションも譲ってくれて、それだけでもすっごく感謝してます!何もここまでしなくても…」

「そうですねぇ。ハルト君たちの為ではないと言っても信じてくださらないのしょうが、今夜自分がぐっすり眠るにはそうする必要があったのですよ。一度気になったことはずっと引っかかりますからね?それに私は何か損をしているように見えますか?」

「それは……」

「ふふ、自分たちの日頃の行いが良かったのだと誇ればいいと思いますよ?」

「レイさん…」


(損してないしなぁ、別に…もうちょっと気楽に…は彼らには無理か…)


 善意の押しつけは相手に罪悪感を芽生えさせてしまうこともあるので、あまりやらない方がいいのだろうけど、今回ばかりは勘弁してくれ。

 あの荷物はどうなったかなぁと気にかけながら生きるのは嫌だ。


(ごめんなさいねぇ。本当に自分の為なのよ〜。ま、それよりも…)


「それよりも、お腹が空きましたねぇ。元々ここへは昼食を摂る為に立ち寄ったのですよ」

「あ!お邪魔しちゃってすみません!」

「いえ、そういう意味で言ったわけではありませんのでお気になさらず。皆さん昼食は?」

「持ってきたのはありますけど…」


 ハルト君がちらりと視線を向けたのは地面に置いたままの少し色褪せた鞄。


「潰れてしまいましたかねぇ?」

「はい…さっき見たんで…」

「仕方ないよね。でも、潰れてても食べれるよね!たぶん!」

「そうだね」

「うん。味は同じだよね」


 そうして自分達に言い聞かせながら荷物をガサゴソと漁り、取り出したのはぺちゃんこに潰れたサンドイッチのような何か。

 2枚の耳付き食パンは薄くなっており、間からちょこっとはみ出しているのは、レタスなどの野菜が少しとおそらくハム。

 果たして他の具材はどこへ行ったのか…考えるまでもなさそうだ。


「「「「………」」」」

「とにかく食うか!」

「何も食べないよりはいいよね!」

「う、うん。そうだよね」

「味はおいしいはずだしね。うん…」


 眉を下げながら笑う姿に涙が出そうだ。

 この子たちの隣で食べる食事はさぞしょっぱいのだろうなぁ…


「よろしければ私が持っている食事を食べてくださいませんか?たくさんありますので皆で食べられますよ?」

「え?あ、いや!気にしないでください!」

「僕たちこういうことよくありますから」

「そうそう。けっこう潰れてるときがあるんです」

「あたしらよく荷物放り投げるもんね!」


(切ない…)


 あれほど物を大切にしている子たちが荷物を放り投げたりするだろうか…

 いや、するか…今日がその日だ…

 必死にこちらに言い募る健気なその姿がただただ切ない…


「料理が好きでよく作るのですが、感想を聞こうにも一緒に食べてくださる方がいないのですよ」


(あ…言葉間違えた…)


 4人が一気にしょんぼりしてしまった。

 その気遣うような悲しそうな目は一体どういう意味なのか…

 考えないようにしよう。


「ま、不味くはないと思いますよ?ディグルさんたちも美味しいと言って食べてくださいましたから」


 何故こんなにも焦る必要があるのか…

 あれ?また切なくなってきた…


「それって赤い牙レッドファングの!?」

「そうだ!今日の朝言ってたよね!おいしいカツサンド食べたって!」

「あ!言ってた言ってた!ヴィンスさん、みんなに自慢してたもんね?」

「そっか、黒髪の…レイさんのことだったんですね!?すっごくおいしかったって言ってました!」


 途端に目を輝かせこちらに期待のこもった目を向けられ戸惑う。


(いや、ちょっと何言い振らしてしてくれてんの!?期待値高すぎるでしょ!ん?あれ?戻ってくるの早くね?今朝?)


 確かあそこから中級手前まで2日かかると言っていたはずだ。

 そこから更に街へ向かうとなると…何か急ぎの用事でもあったのか…


(あぁ、そっか。魔物を狩る必要がないから真っ直ぐ進むだけでいいのか)


 そんなことよりも煌めく4つの瞳を沈めねばならぬ。


「あのときの彼らは状況が状況でしたから、より美味しく感じたのでしょう。しばらく簡素なお食事しか口にしていなかったようですからね」


(お願いだ!期待値を下げてくれ!)


「でも、言ってました!街でもあんなに美味しいもの食べたことないって!」

「そうそう!カツ?がすっごくおいしくて、肉汁がぶわぁって!あたしそれ聞いただけで食べたくなりました!」

「スープもおいしかったって!なんか味が深い?って言ってました!」

「具材がどれもおいしくておかわりしちゃったって!!」


(食レポ上手いな。じゃなくて!勘弁してくれ…素人が作った普通のカツサンドとスープなんだ…)


 若者のキラキラした瞳はいつだって眩しい。

 ただ今日はそれを晴れやかな心で見ることができない。

 やめてくれ…そんな目でこちらを見るのは…


「そこまで褒めてくださっていたのですねぇ。けれど、あまり期待しないでくださいね?普通の料理ですから…」

「「「「はい!!!」」」」


(くっ、ここまで言ってもだめか…)


 期待値を下げるどころか瞳の輝きが増してしまった。何故だ…


「えぇと、カツサンドは手持ちにないので、別のものでもよろしいでしょうか?」

「はい!もちろんです!」

「コリンちゃんは食欲はどうですか?通常のものを食べられそうでしょうか?」

「はい!っていうか、たぶんこのなかで1番元気です!」

「それは良かったです。では皆さん、あちらで食べましょうか」

「「「「はい!」」」」


 そうして丸太という名のベンチの下へ向かい、そのそばに魔法で石のテーブルを生み出した。

 その上にスープの入った寸胴鍋を出す。

 湯気が立つほどに熱々なので火にかける必要はない。

 さて、ここで問題が発生した。

 皿はあるがスープを入れる器が足りないのだ。


「皆さんコップか器はお持ちでしょうか?」

「すみません。持ってたんですけど壊れちゃってて…」


 ハルト君が荷物から取り出して見せてくれたのは所々にヒビが入った木の器。

 目を伏せて肩を落とす姿は見ていて悲しくなる。


「ふむ…1人だけ大きな器になってしまいますが、よろしいでしょうか?」

「はい!全然気にしないです!」


 すぐさま元気を取り戻した彼は、どうやら器が壊れたことにではなく、スープにありつけないのではないかと、そちらに気を落としていただけのようだ。

 その様子に口元を緩めながら収納から取り出したのは木の器が4つ。

 1人だけ両手で持ち食べることになるが、些細な問題だろう。

 彼らは目の前のテーブルに置かれた昼食を見つめながら、わくわくときらきらを撒き散らしているのだから。


「では、いただきましょうか。こちらをかけても美味しいですよ?スープはたくさんありますのでお好きなだけ食べてください」


 今日のメニューは食パンで作ったコロッケパンとポトフ。

 ムッカの実から取れたソースをグラスに入れテーブルの上に置いた。

 ちなみに、大きい器はハルト君だ。


「おいしそうですね!いただきます!」

「「「いただきます!」」」

「ふふ、どうぞ召し上がれ」


 よほどお腹が空いていたのだろう。

 挨拶を終えてすぐ、皆一斉にコロッケパンにかぶりついた。


「うまっ!」

「なにこれっ!?」

「っ!」

「ん!?」


 勢いよく頬張る4人の姿に安堵し自分もコロッケパンにかぶりつく。


(うん、美味しい)


 ふわ サクッ シャキッ

 サンドイッチは様々な食材を一口で楽しめるのが魅力だと思う。

 熱々のコロッケ、油を吸ったキャベツ、少し硬い食パン、それぞれが互いを引き立てながらも自己主張を忘れない。

 スープももちろん美味しい。


「れ、レイさん?それ何ですか?」

「え?これですか?ポトフですが…」


 ハルト君が困惑した表情で問いかけてきた。

 そして皆が食事の手を止め目を向けるのは私が手に持っているポトフ。


「あ、もしかして知らないメニューでしたか?ウインナーや野菜を炒めて煮るだけの簡単なスープです。美味しいですよ?」


 自分だけ違うものをなんてそんなことはしない。


「あ、いや、違くて…」

「それってティーカップですよね?」

「え?ええ、そうですが…」


 器が足りないので自分はティーカップだ。

 ガラスのコップでは熱々のスープを入れるには不向き。

 その他にハルト君と同じ木の器も収納に入っているが、自分はこちらを選んだ。


「あ、ハルト君もティーカップの方がよろしかったでしょうか?すみません。たくさん食べるかと思いまして…」

「いえ、俺はこっちの方がいいです…はい…」

「レイさんめちゃくちゃ似合いますね!」

「スープを飲んでるとは思えないよね?」

「うん。ハルトが使ったら…」

「な!なんだよ!?俺だって似合…わねぇよな…うん…知ってる…」


 3人に視線を向けられたハルト君は慌てて言い返すも言葉は尻すぼみとなり消えていく。

 そして4人はこちらに視線を送りながらひそひそと話し出した。


「レイさんって精霊じゃないよね?」

「それはねぇだろ。コロッケパン食ってるぞ?」

「精霊だって食べるかもしれないよ?」

「なんかあそこだけ空気違うよね?」

「うん。同じ人間とは思えない」


(君たち聞こえてるよ?ターセル君?その言葉で合ってる?)


 この身体は五感が鋭いのだ。もちろん耳もいい。

 というかこの距離なら誰でも普通に聞こえると思う。

 あれ?わざとかな?わざと聞かせているのかな?

 素知らぬふりで食事を続けるのがつらい…


(あれ?というか精霊と言ったか?その存在を…いや、あくまで架空の存在として語っているのか)


 書庫に残された書物には精霊という単語がほとんど出てこない。

 出てきたとしてもあくまで架空の存在として語られているのだ。

 だから、精霊が実在しているとパテルさんから聞いたとき驚いた。

 過去に悪用されたのであれば、そこから更に存在を必死に隠したと考えられる。

 精霊王様が小さな精霊たちに強く強く言い聞かせたというのは充分あり得る話だ。

 つまり、昔でさえ架空の存在だった…あれ?

 師匠が魔石を飲み込んだ時代は架空の存在だったはずだが、けれどたぶんその事件のせいで精霊の存在は世に知られたのではないだろうか…

 500年〜800年前か…寿命が長い種族の記憶には残っているはず。

 けれど、精霊が必死に姿を隠しているのであれば…


(分からない。今この世で精霊は信じられているのかいないのか。信じているとしたら悪用しようとする者が大勢いるはずだ…)


 今私の周囲でにこにこと宙や地を駆け回っている精霊たちを危険に晒したくはない。

 人の世で精霊はどのような立ち位置なのか知る必要がありそうだ。

 だが、下手にその単語を出して聞き回るわけにはいかない。

 そんなことをすれば怪しさ満点だ。

 しばらくは今のように人の会話に耳を傾けて情報収集するとしよう。


(それにしても、食べづらいのだが…)


 私がつらつらと考え事をしている間にも彼らから何かを探ろうとする視線が送られ続けている。

 中身は少し変わっているものの、外側は普通の人間である自分の何処にそう思われる要素があるのか分からない。

 確かにスープをティーカップで食すのは違和感があるだろうが、それは仕方がないことであり、更には大きな違和感ではないはずだ。

 ティーカップは何かを飲む為の器なのだから。


(分からん。そもそも自分の姿は見れないしねぇ)


 理由はなんであれ、自分はコロッケパンを美味しく食べられればそれでいい。

 その為には彼らの会話を無理矢理終わらせるしかないだろう。


「お口に合いませんでしたか?」

「いえ!めちゃくちゃ旨いです!

「うん!このソースとも合うし、あたしこれ大好きです!」

「ポトフも具材たっぷりでおいしいです!」

「これ作れるなんてすごいです!」

「そうですか。それは良かったです」


 声をかけられた4人は慌てて食事を再開したが、未だ目をこちらに向けたままだ。


(うん。美味しいからいいか…)


 何事も諦めが肝心だ。

 こちらを見極めようとする瞳を気にしなければいい。

 そうして精霊たちに癒されながらコロッケパンとポトフを食べ進めた。


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