11.賑やかな森で白と青に誓う
昨日はあの後とにかく賑やかで楽しい時間を過ごした。
大岩を横半分に切り中を削っていると、風魔法を使える精霊たちが集まり粉塵を飛ばしてお手伝い。
もう半分の岩の上でかけっこを始める精霊たちもいた。
削った岩に水を入れ浄化をかけたときは、皆が自分にもかけてと集まってきて大変だった。
パテルさんはそれを笑って見ているだけで助けてくれないし。
砂糖と蜂蜜を加えると泳げる精霊たちが縦横無尽に動き回り遊びながらかき混ぜてくれた。
小さな体でオレンジを絞ろうと頑張る精霊たちの横にはレモンを舐めて驚く子。
皆が思い思いに動き、喋り、笑うものだから大変賑やかだったが楽しくもあった。
果実水の池に虫が寄ってきたり、果実水自体が腐ったりしないかと心配したが、パテルさん曰く問題ないとのこと。
今は池にたっぷりと果実水が入っているはずだが、あの様子だとすぐに無くなりそうだ。
今はフォールの森の下級エリアと中級エリアの境を走っている。たぶん。
エリアは明確に線引きされているわけではないのでその辺が曖昧だ。
果実水の材料と種や苗を購入するためにフォールへ来たが、街へ向かう前に新たな転移陣を刻んでおこうと場所を探している。
そのついでに時折植物を根ごと採取している。
パテルさんから植物を掘り起こせば土ごと収納が可能だと教えてもらったので、島に生えていない魔草花を持ち帰り育てようと思ったのだ。
以前地面に生えている草を収納できなかったのは、どうやら大地ごと入れようとしていたかららしい。
大地って…そりゃあ無理に決まっている。
“鉢植えの花は丸ごと入れられるだろう?”と言われはっとした。
時々立ち止まり魔草花を掘り起こし収納。そして森の中を爆走。
立ち止まってもこちらに寄ってくる魔物は少ない。
自身に浄化をかけ続けているからだ。
魔力を常に消費することになるがこの程度ならば問題ない。
本当は自身に浄化魔法を固定したいのだが、動くと魔力の流れが変わってしまいできなかった。
日課の鍛錬に追加しなければ。
鍛錬は今も毎日続けている。
宿に泊まっているときは裏庭を借りたり、朝早くに起き森へ繰り出したりしていた。
鍛錬で森を走るときは魔力を纏わず、風魔法でピードを上げることもしない。
己の肉体を鍛えるのが目的だからだ。
常に自身を守っているものを外すと途端に緊張感が高まるが、そのピリピリとした空気を忘れないことも大事だと思う。
話がだいぶ逸れたが、転移陣を刻む場所探しは難航している。
森なので洞窟はないし、大きな岩などもない。
自分で作ろうかとも考えたが、誰かに見つけられたら不自然なあまり調査が入ってしまうだろうと諦めた。
もういっそのこと木の上にしようかと悩み始めた頃いい案が浮かんだ。
(精霊たちに聞けばいいんだ!)
この森にも精霊がたくさんいる。
今森を駆けている自分に着いてくる精霊も複数いるのだ。
以前、私がここへ来たときには姿を現さなかったのに今は当然のように瞳に映る。
考えられる理由は昨日パテルさんが私は大丈夫だと言ったから。
けれど、あの島にいなかった精霊たちはそれをどうして知ったのか…
(パテルさんは最上位精霊だから世の精霊たちに声を届けるなんて簡単なのかな?でも、長らく情報を遮断していたと…あ、受付不可、届けるのは可能みたいな設定?まぁ、覚えてたら後で聞いてみよう)
「あの、少しよろしいでしょうか?この森の手前側で人が訪れない場所はありませんか?」
『ひとがこないばしょ〜?』
『れいはそれをさがしてたのぉ?』
『あるぜ!』
『あっちあっち』
『こっちこっち』
「ありがとうございます」
さすがこの森に住む精霊さんたちだ!
だが最初に思いついていれば2時間も無駄にすることはなかったのに…
いや、島にない魔草花を採取できたからいいか。
案内役の精霊の後を追うと木が徐々に密集していくのに比例して射し込む光が減っていく。
それを感じながら進んだ先、光が減り少し薄暗くなった所で精霊が宙に止まった。
『このへんひとがこないよ〜』
『ちがうよ、これないんだよぉ?』
『そうそう』
『うんうん』
「ここですか?」
キョロキョロと辺りを見回すも少し薄暗いだけで普通の森と変わらない。
充分陽の光は届いているし、不気味さもない。
知らぬ魔力紋をもつ魔草花が多く生息しているが、何も珍しいことではない。
『このおはな、まよいのはな〜』
『こっちにこないでって』
『すすむほうこうかえちゃうんだってぇ』
『おれたちはだいじょうぶなんだぜ!』
──────────
【メイリンカ】
別名、迷いの花
その身を透明化し姿を隠すため精霊の導きがなければ見つけることができない。
近寄るものを惑わせ遠ざける。
──────────
精霊たちが示すのはピンクの小ぶりな花をいくつも咲かせる植物で、見た目はミソハギだ。
本来は透明化し見えないようだが、自分の瞳にはしっかりと映っている。
「ここならば最適ですね。ありがとうございます。とても助かりました」
『おいしいやつちょうだぁい』
『もりのやつよりきれいなのれいもってる〜』
『うまいならおれもたべるぜ!』
「あ、魔力かな?」
そうしてふわりと水球を宙に浮かべると他の精霊たちも姿を現しながらわらわらと集まってきた。
『あー!わたしにもちょうだぁい』
『これすっごくきれいなの〜』
『いいなぁ』
『ボクもホシイ』
精霊たちが続々と集まるものだから水球ひとつだけでは少ないようだ。
先ほど出したばかりだというのに、魔力を吸い取られ消えてしまった。
悲しそうに眉を下げたり尻尾を垂らしたりする精霊たちを放っておけるはずもなく、昨日島で作ったものと同じものをたくさん生み出していく。
「えっと…これくらいあれば足りるでしょうか?」
『わぁい!』
『れいすき〜』
『ふふふ』
『アリガト』
「ふふ、喜んでもらえたようで良かったです。それではここに転移陣を刻みますね」
目を閉じ、スッと意識を身体の奥底に落とす。
そしてゆっくりゆっくり、優しく魔力を操る。
精霊たちが上げる歓声を遠くに聞きながら丁寧に陣を描いた。
「ふぅ…」
未だに転移陣を刻むには精神統一が必要で終わる頃には全身汗びっしょりだ。
時間がかかる上にその間ずっと細やかな操作を必要とするため凄く疲れる。
「皆さんありがとうございます。ここならば安心です」
『れいはとくべつ〜』
『やさしいもん』
『おっきいこえださないしな!』
『すきぃ〜』
『ボクモ』
「私も皆さんのことが好きですよ」
純粋な好意は簡単に心に染み込み自然とこちらを素直にさせる。
(癒されるなぁ〜)
『おおきいせいれいおうさまも、れいのことすきなんだよ〜』
『そうだぜ!いっつもみてるもんな!』
『ダカラボクタチ レイノコトシッテル』
「大きい精霊王様?」
(精霊王様の大小とは?あ、存在が大きいということ?もしくはそのままの意味かも…この子たちより体が大きいだろうし…ん?いつも見てる?何故?)
おそらく自分がこの世界にとって奇特な存在だから見張っているのだろう。
そうして見ている内に気に入ってくれた…?
パテルさんと過ごす様子を見て悪い人ではないと分かってくれたのかもしれない。
だから他の精霊たちにも私のことを知らせ、姿を見せても問題ないと伝えた…
パテルさんではなく、精霊王様が私のことを皆に広げたと考えて間違いなさそうだ。
(なるほどね。精霊通信のようなものがあるのだろうか…やはり気になる。見られてるのは…まぁ、問題ないか)
むしろ私がしてはいけないことをしたら教えてくれないだろうか。
そうすれば転移陣であれほど焦る必要もなかったのに…そうか、人が決めた法律なぞ知らぬか。
けれど、さすがに世界に悪影響を及ぼす行いをしたら教えてくれるだろう。
そう考えると大変助かるな。
赴くままにやりたいことをしてもストッパー役が居るということだ。
ありがとうございます。もし会うことがあれば謝礼を贈らねば…
(精霊王様は何が好きなのかパテルさんに聞いてみよう。知ってるかな?)
「凄い方が見守ってくださっているのですねぇ。そう思うと心強いです」
『おおきいせいれいおうさまは、つよいもんね〜』
『きれいでやさしいもんね〜』
『きらきら?』
『つやつや?』
『わかんなぁい、へへへ』
(精霊王様は慕われているんだなぁ)
『おれたちをまもってくれるんだぜ?』
『レイモマモッテクレル。オナジ』
『だな?レイもおれたちのことまもってくれもんな?』
大きな精霊王様と同じように私も精霊たちを守る存在であると…
無条件に、無意識に、考えるまでもなく、そう思ってくれているんだ。この子たちは。
顔を見合わせ頷き合っているこの2人だけではなく、周りでにこにこしながら頷く精霊たちもそれは同じのようだ。
まだ、何もしていないのに、何かから守ったことはないのにそう思ってくれていることが心から嬉しくて堪らない。
私に守られることを喜ぶのも、私なら守れると信じてくれているのも心が暖まる要因となる。
「任せてください。笑顔の花を咲かせましょう」
みんなの笑顔の花を咲かせましょう。
私が咲かせましょう。
『エガオノハナ。イイネ』
『それならおれらは、れいのえがおのはなさかせればいいな!』
『ウン。ソウダネ』
『れいがいじめられてたらおれがたすけるぜ!』
『ボクモ』
私の目の前では、こくこくと何度も頷く黒いトカゲと、その背中に乗る赤色の男の子が勇ましくも微笑ましい雰囲気を放っている。
横にふりふりと揺れている黒い尻尾も、胸を張りながら前に突き出された右手の拳も可愛くて格好いい。
支え合うということだ。
どちらか片一方ではなく、互いが互いを見守り助け合う。
今日初めて会う私にどうしてそこまで心を寄せてくれるのかは分からないけれど、私だって考えるまでもなくこの子たちと共に在りたいと思ったのだから気にすることじゃないね。
「ふふ、とてもとても頼もしいですねぇ」
『だろ!?』
『へへへ』
守りたいと思った。
これは昨日ふと思ったことだ。
けれど、今は違う。
守る。そしてたくさんの笑顔の花を咲かせる。
平穏を願うのではなく、願いながら与えよう。
ふわふわだったものが誓いへと変わった。
烏滸がましい?そんなの知ったことか!私の心の声を聞くのが先決だ。
見上げた先には周囲を彩る精霊たち。
更にその先には葉の間から見える青空。
腕輪を届けると誓ったあの日のようにまた、空へと誓う。
けれど、今思い浮かぶのは白くて優しいお花。
その方に勝手に誓わせてもらおう。
精霊と共に在り続けます。生涯ずっと。
守り支え合い、平穏を与えると誓います。
何があってもこの誓いは
左胸に在る友を優しく包みながら澄み渡る青空に心を届けた。
(っていうか、この組み合わせめちゃくちゃ可愛いな!)
下げた視線の先で黒と赤が楽しそうに宙を泳いでいる。
しばし癒しをもらおうと地面に腰を下ろし、精霊たちと戯れた。
その後、帰り際にいくつかのメイリンカを掘り起こすのも忘れずに。
もちろん精霊さんたちの許可は取りましたとも!
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