7.解体依頼とブーツ
そうしてフラムバードが住まう場所まで戻り鳥肉入手に勤しんだ。
ちなみにこの魔物は名前にフラムと付く割に強力な火魔法を使うわけではない。
口からぽふんと弱い火を吐くのだが、それを対峙する相手にではなく木に放つという狡猾な魔物だ。
だが、鑑定で知っていたので慌てることなく対処できた。
火を吐く前に嘴を凍らせ首を切るだけの簡単な作業だ。
全身を氷漬けでもいいのだが、今回は剣をできるだけ使用したかった為そうなった。
そして今は昨日狩ったフラムバードの解体をお願いするべく冒険者ギルドへと来ている。
さすがにあの量を一人で解体するのは大変だ。
それにあまり解体が好きではないので人に頼めるのならできる限りそうしたい。
宿屋のご主人であるゲイブレットさんによると商業ギルドや街の肉屋なんかでも解体を頼めばやってくれるが、魔物の扱いについては冒険者ギルドが一番とのこと。
開きっぱなしの扉を横目に入れ冒険者ギルドへ足を踏み入れると受付には何組か並んでいたが混雑するほどではなかった。
これもゲイブレットさん情報だが、朝早い時間帯は依頼を受けに来た冒険者たちで溢れ返っている為、解体を頼むだけならばその時間帯を過ぎてからの方がいいとのこと。
その言葉を受け、宿の食堂でまったりしてからここへと来た。
(すっごい驚かれている…)
堂々と視線を送る者、チラチラと視線を送る者、書類に目を通すふりをしながらこちらを見る者…
とにかく様々な視線が今届いている。
お前みたいな奴がここに何用だとでも言いたいのだろう。
けれど、魔法があるこの世界では力こそ全てではないと思う。
細身の奴がでかい猪を蹴散らせる世界だというのに、今私に視線を送る人たちは何を思ってこちらを見るのか…
集まる視線が多い為、そこに乗る感情の意味を考えきれない。
(ま、気にしたってどうしようもないか)
相変わらず、微笑み・背筋・警戒に気を配りながら前を見据えると、横に並ぶ4つの窓口が視界に入った。
それらから少し離れたところにある3つの窓口が解体・買取り専用の窓口のようだ。
そちらに歩みを進め、カウンターの向こう側に座るスキンヘッドのおじさんに声をかけた。
「おはようございます。魔物の解体をお願いしたいのですがよろしいでしょうか?」
「おう、初めて見る顔だな。冒険者ギルドのカードはあるか?」
「いいえ」
「冒険者なら解体料が少し安くなるんだが、違うならそうはいかねぇ。それでもいいか?」
「はい。問題ありません」
「そうか。それで解体してほしい魔物はなんだ?」
「フラムバードです」
「あぁ、それじゃあこっちの台に出してくれ」
「あの、量が多くてそちらに全て乗らないのですがどうしましょう?」
「ん?そんなにか?何体だ?」
「32体です」
「そんなにか!?それなら無理だな。ちょっとこっちへ来い」
示された台は体長1mのフラームバード1体を乗せるには充分だが、さすがに32体は乗らない。
これでも乱獲はしていない。
まだまだ森に潜んでいるのは確認済みだ。
スキンヘッドのおじさんに着いて行った先は解体作業を行う場所のようで倉庫並みに広かった。
「ここに出してくれ」
「分かりました」
おじさんに示された台へフラムバードを次々と乗せていく。
もちろん取り出すのは魔道バッグからだ。
ちなみに狩ったフラムバードは昨日森を出る前に収納から魔道バッグに移し替えた。
魔道バッグは大きな物を出し入れする際に口が勝手に広がるが、魔道バッグのフリをした収納ではそうならない。
これでは人前で使うには不向きだと露店巡りをしていたときに気がついた。
買い物の際は購入した物を一旦魔道バッグに入れ、後で収納に移し替えることにした。
今日のような場合も、その都度必要なものだけを魔道バッグに移すという使い方をするつもりだ。
盗まれる可能性がある魔道バッグにはできるだけ物を入れておきたくない。
お金や小物であれば口が広がることはないのでそれらは収納に入れたまま使用している。
「はあぁぁぁぁ、実際見るとすごい量だな」
「肉と魔石だけ欲しいのですが、他はどうしたらよろしいでしょうか?」
「それならいらない素材は売ってくれると助かるな。フラムバードの素材は需要が高いんでいくらあっても困らん」
「ではそのようにお願い致します」
「あぁ、少し時間がかかるから昼過ぎにこれを持ってまた来てくれ」
「分かりました。よろしくお願い致します」
まさか今日中に解体が終わると思っていなかったので驚きだ。
渡されたのは番号が書かれた木札。
大切なフラムバードを受け取るのに必要なものだ。
失くさないようにすぐに収納にしまった。
さて、解体が終わるまでの間にブーツを買いに行こう。
街の人に靴屋の場所を聞きそこへ向かうと高級ブティックのような店だったので踵を返した。
聞き方が悪かったようだ。
今度は冒険者が履くような丈夫なブーツを売っている所を聞くと革製品を扱うお店を勧められた。
(なるほど。靴は靴屋だと思っていた)
歩いてほどなくして辿り着いたその店の扉を開くとカランとベルが鳴った。
店内には革製の品が綺麗に陳列されており、店内は落ち着いた雰囲気を醸し出している。
「いらっしゃいませ。どのような商品をお探しでしょうか?」
カウンターの向こうから声をかけてきたのは40代ほどの男性だ。
背筋を伸ばし身体の前で手を重ねる姿は嫌味がなく、純粋に素敵なおじさまだと思う。
「丈夫なブーツを扱うお店を街の人に尋ねたらこちらを勧められまして足を運びました」
「そうでしたか。この街は冒険者の方が多く集まりますのでもちろん取り揃えておりますよ」
「それは良かったです。丈夫で、できれば軽いものを探しているのですがお勧めはございますか?」
「それでしたらこちらのブーツはいかがでしょうか?タンドルスネークの皮は伸縮性があり冒険者の方にもお勧めしております」
店主が多くの履き物が並べられた棚から取り上げ見せてくれたのは黒に近い深緑色のブーツだ。
膝下まで届くローングブーツで同色の紐が前でクロスしている。
「ちなみに、汚れに強いものや防水性に優れたものはございますか?」
「こちらよりも少し重さが出てしまいますが、デュロオオトカゲのブーツは防水性に優れております。汚れに関しましてはどのブーツもほとんど同等となっております。できるだけ汚れがつきにくい仕様にしておりますので」
「なるほどぉ。ありがとうございます。悩みますねぇ…」
試し履きをしてもいいとのことで、すぐそばに設られている椅子に座りながら履き心地を確かめる。
もちろん足に浄化をかけてからね。
(迷うなぁ…軽さを取るか、防水性を取るか…)
自分の場合は森の中を駆け回る前提だ。
木が密集している森は飛ぶよりも足を使った方が進みやすい。
スピード重視なので靴は軽い方がいいのだが、湿り気のある地面のことを考えると水や汚れに強くないと…
「今ここに置かれていないものとなると、あとはオーダーメイドになります。ですが、今はお客様のご希望に沿ったブーツをお作りすることが難しく…大変申し訳ございません」
眉を下げ肩を落とすから驚いてしまった。
そこまで悲壮を背負う必要はないと思う。
こちらの希望通りの物が必ずあるとは思っていない。
全てのお客様に満足のいく商品を提供したいと考えているのだろうか?
「お気になさらないでください。ちなみに製作が難しいという理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「ありがとうございます。軽くて防水性に優れたブーツを作るには貴重な素材が必要になるのですが、只今当店には在庫がない状態です」
「それは魔物の皮でしょうか?」
「はい。スピノロスもしくはベネノコブラの皮でしたらお客様の希望に沿ったブーツが製作可能となります。ただ、どちらも高ランクの魔物のため多くは出回らないのです」
「なるほどぉ。その魔物はどこに生息しているかご存知でしょうか?」
「スピノロスはフォールの森や隣国のダンジョンに現れます。ベネノコブラはフォールのダンジョンの下層にいるそうです」
「なるほど…ちなみに素材の持ち込みは可能でしょうか?」
「ええ。冒険者のなかには素材をご自分で用意する方も多くおります」
一瞬驚きを見せたのは私が自分で用意するつもりなのかと考えた結果だろう。
この街にいる逞しい冒険者たちとかけ離れた出立ちであることは重々承知しているので特に気にならない。
むしろ驚きを一瞬の内に消せたプロ根性に感心するばかりだ。
「教えてくださりありがとうございます。では、本日はこちらのデュロオオトカゲのブーツをお願い致します」
「かしこまりました。金貨1枚となります。この場で履いていかれますか?」
「はい」
「かしこまりました。今履いているブーツは袋にお入れしますか?」
「いいえ。このまま持ち帰ります」
「そうでしたか。では、履き替えにはそちらをご利用ください」
「はい。ありがとうございます」
まさか履き替えた後の靴の扱いにまで気を遣ってくれるとは思わなかった。
内心で驚きつつ、先ほど靴の試し履きの際に利用した椅子に腰掛けブーツを履き替える。
わずかに艶の乗った黒色のブーツは少し重さがあるものの慣れれば問題なさそうだ。
「長らくお時間を取らせてしまってすみませんでした。お陰様でいい買い物ができました。もし素材が手に入りましたらまた伺います」
「はい。本日はお買い上げありがとうございました。その時を心よりお待ちしております」
(新しい靴って気分が上がるね)
紳士的な店主さんと挨拶を交わしお店の外に出た後は道の端に寄り、ブーツを眺めた。
喜びを噛み締めているのではなく、原状を頭に焼き付ける為だ。
そうして道の端で少し時を使った
「すみません。フラムバードの解体は終わっているでしょうか?」
「おぉ、終わってるぞ。量が多いから作業場に来てくれ」
解体しても尚、表の台に全て乗せることができないようだ。
「これが肉と魔石だ。で、こっちには残りの素材の代金が書かれてる。確認してくれ」
「…はい、こちらで問題ありません」
一応目を通したが相場が分からないのでそのまま受け取ることにした。
「じゃあ、これが金な。っと他のギルドのカードにも送金できるがどうする?持ってるか?」
「ええ、持っておりますが、今回はこのまま頂戴したいです」
「あいよ。そういや名前聞いてなかったな。俺は解体責任者のガストンだ」
「レイと申します。よろしくお願い致します」
「おう、よろしく!いや、しかしよくこれだけの量1人で狩れたな?」
「分かるものなのですか?」
「同じ殺し方、同じ切り口だからな。見れば分かるさ」
「へぇぇ、凄いですねぇ。なるほどなるほど…流石ですねぇ」
「だろ?」
ここまでニヤリ顔が似合うとは…焼き鳥屋のおやじさんといい勝負だ。
だが、嫌いじゃない。
素直に自分の腕を誇れるのは素晴らしいことだと思う。
「あ、そういえばゴブリンを引き取ってもらうことは可能でしょうか?」
「ゴブリン?あぁ、素材にはならんが魔石はあるからな」
「それでは、お願いしてもよろしいでしょうか?3体だけなのですが…」
「ゴブリンは常駐依頼だから冒険者なら依頼料がもらえるがいいのか?登録してからでもいいぞ?」
「いえ、所持しているのが嫌なだけですので」
「はは、まぁ、気持ちは分かるぜ。魔石は引き取るんだろう?そうなると他は金にならんから解体料をもらうことになるが」
「ええ、かまいません」
「あいよ、すぐ終わるから表で待っててくれ」
「その間あちらの受付で冒険者について話を伺っていてもよろしいでしょうか?」
「ああ、いいぞ。そっちが終わったら声かけてくれ」
「分かりました。では、よろしくお願い致します」
冒険者ギルドに登録する予定はないが知っておいて損はないだろうと話を聞くことにした。
ちょうど受付が空いていたからというのも理由のひとつ。
曰く、冒険者ギルドへの登録条件は、ギルドが指定した言語の読み書きができること、犯罪歴がないことの2つだけ。
おそらく年齢を条件に加えたいが種族が多様な上ハーフの人もいるので難しいのだろう。
それの代替ろなるのが文字の読み書きと思われる。
普通に依頼内容が読めないでは話にならないというのもあるだろう。
冒険者はギルドから依頼を受け達成すると報酬を得ることができ、その他にも素材やマジックアイテムなどの売買で稼ぐことも可能。
依頼内容は様々あり、魔物の討伐や魔草花の採取、街の掃除、簡単なお使い、商隊や運行馬車の護衛などなど…
依頼にもランクがあり、受けられるのは自身の冒険者ランク以下のもの。
ただし、Gランクの依頼はGランクの冒険者しか受けられない。
依頼を達成できなかった場合、理由によっては違約金が発生する。
ランクはG→F→E→D→C→B→A→Sと上がっていく。
商業ギルド同様ランクが上がるごとにカードの材質が良い物に変わる。
ランクを上げるには試験を受け合格する必要があるそうだ。
昇格試験を受けるには冒険者の実力や貢献度が関係しているようだが、細かい数値や条件などは秘匿されている。
その為、ギルドから昇格試験の声がかかるのを待つしかないそうだ。
試験内容は様々で、特定の魔物の討伐、模擬戦での実力の確認、他の人と組みダンジョンの指定された階層へ辿り着くなどその時々によって違いがあるらしい。
10日間森である人物を守り抜くなんてものも過去にはあったそうだ。
ちなみに試験内容は1つとは限らないのだとか…
ランクごとに定められた期間依頼を受けなければ冒険者ギルドから登録を抹消されるため注意が必要だ。
再登録は可能だが、その場合はもう一度登録料を支払う必要があり、始まりはGランクから。
犯罪を犯した場合や冒険者ギルドが悪質だと判断した場合は除名処分となり、以降再登録は不可能。
ちなみに登録料の他に年会費や税金も支払う必要があるため割とシビアだ。
その辺りに関しては金額以外商業ギルドと同じ。
(ふむ、冒険者ギルドは仕事斡旋所という感じだね)
自分が登録するメリットとしては解体料の割り引きしか考えられないが、年会費などを考えるとどちらがいいのかよく分からない。
今は加入せずとも困ることはないので冒険者にはならなくていいかな。
(そういえば食料を買っておかないと)
家にはまだ食料が多く残っているが、買えるときに買っておかないと心配だ。
いつ何が起きるか分からないというのは身を持って体験した。
備えあれば憂なしだ!幸い収納がある。そしてお金もある。
というわけでゴブリンの魔石を受け取った後は露店通りへと足を進めた。
ついでに露店以外のお店も見てみようと考えたとは焼き鳥を食べているときだ。
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