5.森を駆け抜ける

 あの後、買い物や食べ歩きついでにこの街のことを聞いた。



 私が滞在中のここは、“ルーデルス王国アルクシード領フォール”

 ちなみに、アルクシード領にある街は領都とフォールのみ。

 フォールの街と東の森との間にはダンジョンがあり、魔物が多く生息する南の森と相まってとにかく冒険者が集まる街なのだとか。

 東の森の向こうには別の国があるが、こちらより国力が低い上に広大な森が盾となっているため侵略される心配は少ないらしい。

 とはいえ、なかなかに好戦的な国なので監視は続けているとのこと。


 南の森は通称“フォールの森”

 手前から奥にかけて段々と魔物が強くなっていく為、ランク関係なく冒険者にとっては良き狩り場であり、良き鍛錬の場となっているそうだ。

 初心者は手前側で冒険者としての実践訓練ができるし、そうでなくとも誰もが自分の強さに合った狩り場を選べる。

 それだけでも冒険者が集って当然なのに、更にはダンジョンもあるとなればこの街を拠点に活動する冒険者が多いのも頷ける。


 ちなみにだが、魔物は危険度によってランク分けされていると初めて知った。

 下はGランク、上はSSランクとのこと。

 書庫に残されていた書物には記されていなかったのに…


 領の騎士団も演習と調査を兼ねてダンジョンや森へよく赴くのだとか。

 領主も騎士団に混ざり嬉々として戦闘に加わるそうだ。

 気さくで豪快な性格で、自ら危険に身を置き街を思う方なので街の人からの信頼が厚い。

 領都の管理を弟に任せ、領主本人はほとんどの時をフォールの街で過ごすらしい。

 その理由を“領民の危機にすぐ駆けつけないでは領主たりえぬ”と語っているらしいが、半分は自分が戦いたいだけだとこの話を聞かせてくれた露店のおばちゃんが豪快に笑っていた。

 両隣の店の人たちも嬉しそうに頷いていたので街の人たちは領主の言葉に嘘はないと信じているのだろう。


 この国のお金のことも大体理解した。


  鉄貨1枚  10リル

  銅貨1枚  100リル

  銀貨1枚  1,000リル

  金貨1枚  10,000リル

  大金貨1枚 100,000リル

  白金貨1枚 1,000,000リル


 フォールの街だと贅沢をしなければ家族4人で1か月大金貨1枚で暮らせるという。

 同じ国内でも街や村によって物価にかなりの差があるそうだ。

 ちなみに昨日露店で食べた焼き鳥は1本で鉄貨6枚。

 あの味と量でこのお値段とは驚きだ。

 随分とお安く感じるけれど、私が物価を知らない故にそう思うだけなのだろうか…




***




 さて、露店巡りをした日の翌日となる今日はフォールの森へと来ている。

 一度家に帰ってポワの実を使った料理を大量生産したいところだがその前にフラムバード狩りだ。

 話を聞くにこの森に生息しているようなので探索も兼ねてやって来た。

 ついでのついでに魔草花の採取もね。


 フォールの森へ向かうには南門から出て真っ直ぐ進むのが一番近いと聞いたのでその通りにした。

 ちなみに、私が最初街へと入る際に通り抜けたのは西門だそうだ。


 そして現在、私の前にゴブリンが現れた!

 あの!ゴブリンだ!

 初の戦闘にと望んだあいつが!


(何を今更出てきてるんだ!)


 下衆た笑みを浮かべた3体が粗末な棍棒や剣を手にしながらこちらへと走って来る。

 その顔が腹立たしい。


(魔力紋は覚えた)


 あとは用済みとばかりに剣を横へ一振りしたのち、軽く跳躍して物言わぬ敵を避ける。

 私の眼前まで迫ってきていた3体は、前方へと進む力を止める術なく前へと倒れた。

 身体が傾いたことにより、既に胴体と切り離されていた首が宙に置かれ、そのまま地に落下した。


(これどうすればいいんだろう)


 地に伏せる3つの身体と転がる頭たちを前にしばし思い悩む。

 食べられるとは思えないし、食べたくもない。

 されど放置していいのかも分からずとりあえず収納にしまった。

 ちなみに収納は魔物用とその他用の2つ作っている。

 一緒でも問題はないがなんとなくだ。


(さてと、行きますか)


 魔力感知を広げ森を駆け抜ける。

 この森ならば風魔法を駆使して速さを加えに加えても木にぶつかることはない。

 あの島の森ほど木が密集していないからだ。


 本日の1番の目的はフラムバードだが、知らない魔力紋をできるだけ覚えたいので戦闘も積極的に行う。

 まぁ、魔石や食料の入手にもなるので問題ない。

 一々足を止めて戦う羽目になるのであれば考えものだが、今のところ足止めを食らうことはなく順調だ。

 ゴブリンに関しては色々と思うところがあり、きちんと対峙したかったので足を止めたが…


 見知らぬ魔力紋を魔力感知で捉えた際はその魔物の元へ到達する前に紋を覚え、到達したらしたで走る速度を落とすことなく剣を振るう。

 そして命が途絶えた瞬間に収納へしまうのだが、難点があるとすればここだけだ。

 収納にしまえる条件のひとつが瞳に映していること。

 あまりにも超特急で駆け抜けると命が途絶えた魔物の亡骸を瞳に映せぬまま離れてしまうことになる。

 なので、魔物を倒した瞬間は速度を落とさなければならぬ。

 まぁ、それも武器で狩るときだけの縛りなので苦となる程ではない。

 魔法であれば遠く離れていようとも攻撃が通るからね。

 ちなみに今日はできるだけ剣で命を狩ると決めた日だ。

 武器を使用する機会がないものだから、腕を鈍らせない為に時々こういう日を設けている。


(たっのしい!ふふ。おっと、採取採取)


 魔草花の採取は単に切り取るだけであれば駆け抜けながらできるけれど、扱い方や採取方法が特殊な場合は立ち止まるなり、スピードを落とすなりが必要だ。

 今は立ち止まる必要があるものを見つけたのでそうしている。

 手を冷やし採取しながら思うのは、この森で出くわす魔物は初対面の方々ばかりだが対峙する際、恐怖も何も湧き出ないなということ。


(なんだろう?圧?迫力?威厳がないというか…みんな弱そうに感じる)


 フォレストウルフもマーダーベアも獲物を見つけたとばかりに瞳をギラつかせ…ることなく剣の一振りで瞬殺だ。

 こちらの存在を感じることなくこの世を去る羽目になっているものにしか出くわせていない。

 足が竦んで動けないとか身体が硬くなるということもなくさらりと戦闘が終わるので拍子抜けだ。

 というか、自分からすれば戦闘に入ったという感覚が皆無。

 鑑定で確認するとDランクと出るのだが…

 この黒剣が強すぎるからかと剣無しで戦ってもみたが結果は同じだった。


(森の手前は弱い魔物が多いって言ってたしな…あれ?そういえば島の魔物のランクは鑑定で出なかった…くそっ!そういうことか!)


 おそらくランクを調べるつもりで鑑定しないと出てこない。

 師匠はそれを何故記載しなかったのか…

 彼はなんか強くて凄そうな人で、更にはおそらく人の常識を気にするような人間ではないと思われる。

 ランクを気にして生きるとは思えないし、もしそれを知る機会があったとしても記憶の本棚に加えることなく捨て去りそうだ。

 理解はできる。数値で強さを測るなど不可能で、例え低ランクだろうと束になればランクが変わるから。

 それに、同じ敵でも環境や状況によって己や相手の強さは変動するだろう。

 だから魔物のランクをわざわざ紙に残す必要はないし、その発想すら思い浮かばなかったという可能性は大いにある。

 けどな?少し世の常識に意識を向けていれば、魔物図鑑にはランクを記載するとか、一応書いておいた方がいい情報なのかなとか考えると思うのよねぇ。


 師匠のおかげで私は今生きている。

 そのことを考えれば怒りを覚えてはいけない相手だと理解できるが…

 マンティオロスのランクを知らないけれど、それでも他よりランクが低いとか高いとか知っているだけで心持ちは違っただろうし、せめて初戦の相手は低いランクの魔物のなかから選ぼうとか考えられたわけで…


(いや、もう過去のことだ。師匠は心からの感謝を捧げる相手だ。うん)

 

 そうしてわずかな怒りを剣に乗せながら森を駆け抜けて行く。

 それだけでたくさんの魔物と魔草花がこの森から消えたとも知らずに。


(広大な森だから少し走るぐらいでは万分の一にも満たないだろう。減ってもすぐ生えるしな…それに魔物はすぐに生まれる。遠慮はいらないね)


 森を駆ける漆黒の人間は、広大と付けば無意識にあの島を思い浮かべる。

 本人はそのことに気がついていない。

 葉や茎を切り採られた植物は数日から数週間で元の姿まで育つ。

 それが普通のことではないと知らない。

 あの島の森は広大のなかでも広大に分類される。

 それに伴いそれはそれは数多くの生物が存在するため減少に気がつかないだけで、本当は減っていることも、増える速度が速いのはあの島だからだということも知らない。


 それに苦笑いを浮かべられるのは精霊王様ぐらいだろう。

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