そよ風じゃなく

@rabbit090

第1話

 「何が悪いのかって、ちゃんと分ってる?」

 「分かってる。」

 「じゃあ、どうして…?」

 もう、彼女の口調は震えてしまっていて可哀想だなあ、と思った。

 かくいう僕は、は?何だと言わんばかりに口を開け、彼女をおちょくっている(らしい)。

 「君が、限界だってことは分かるよ。僕でも。」

 「なら、なら。」

 「でも僕ももう、君とはいられない。」

 「………。」

 「ごめんね。」

 ああ、女って卑怯だなあ、と思う。

 だってさ、目に涙なんか浮かべてちょっと悲しくなれば泣けばいいし、男である僕がそんなことしたら大ヒンシュクものだ。

 泣きたいには僕だって同じなのに、そうやって悲しむ彼女を慰めながらその日を終えた。

 そして次の日、僕は家を出た。

 ずっと彼女の家に泊めてもらっていたのだ。

 僕はいつも短期のアルバイトで生計を立てている。

 年始に稼ぎ始めてその一年十分最低限暮らしていける範囲で稼ぎ、辞める。

 これを続けている理由は、単に一か所で働くことが嫌だったから。毎日同じことをしていると目新しさがなくなって退屈になる。けど、そういう環境で最初の時点ではできなかったこと、見えなかったことに目を向けそれを経験と呼んでいる人間を知っているから、それもいいのだと思う。

 でも、

 「僕はそんなの、できない。目新しさだとかなんだとか、そういう事でもなくて、人間って暇になるとなんか楽しみを見つけるだろ?だから、結局暇なんじゃんって。」

 「それはお前さ、単純な労働ばかりしているからだよ。もっと、専門的なことしないと。」

 「はあ?僕、高卒だぜ?」

 「だから、何だよ。俺の周りには中卒がいっぱいいるんだよ。だからお前、高学歴になるよな。」

 「あほか。」

 こいつとは、現場で知り合った。

 なんか馴染めていない僕にやたら話しかけていて、でもありがたかった。なぜならその現場はかなりの肉体労働で、口など動かせない程、疲弊していたから。

 「よろしく。」

 と、ぶっきらぼうに言い、コーヒーをくれた。そして、

 「きついよな。俺もここ、最初はマジ死ぬって思ったもん。」

 なんて、冗談まで話してくれた。でも、それが冗談じゃなかったことは、あとで知った。だって、こいつはガタイがいいし現場仕事が似合っていたから転職なのだと思っていたら、ほんの少し前までは椅子に座ってパソコンに向き合っていたらしい。

 そして、辞めて、ここにいるしかなくなった、と。

 「僕、離婚した奴みたいな、そんな気持ちになってる。」

 「え?」

 「いやさ、結婚してたわけじゃないけど、彼女と別れた。何か、僕がしっかりしないのが嫌なんだって。あと、感情が無いって感じるらしい。」

 「は、何だそれ。感情無いって、女って、感情無かったら恋になんて落ちねえよ。じゃあ、何でお前らは付き合ってたんだよ。」

 「だけどさ、確かにそうなんだよな。あんな、震えたり起こったり、僕には理解できない。理性が、本能を抑えられていないのか?いや、しなくていいのか。まだ、若いから。」

 「お前、コテンパンだな。好きだったんじゃねえの?」

 「うん…。」

 でも、聞かれても分からない。僕は彼女のことが好きだったんだろうか。

 「付き合ってください。」

 「え、僕?」

 「そう、あなた。」

 彼女は僕が働いている職場の事務をしていた。

 そして、手続き関係で何度かあっている内に(いや、2、3度だけど…)、好きになったと言われた。

 なんか、こいつふざけてんなって思ったけど、あいにく彼女がいない頃だったから、適当に付き合ってみた。(結構可愛い)

 「別れて。」

 なのに、すぐに別れて。とか、横暴だろ?

 なんだこの横暴。

 多分、好きでもなかったのに、雰囲気がよかったとか、そういう見た目的なもので言ったんだろうけど、迷惑だ。

 僕は、泣かないし、てか泣けないし。

 お前みたいに、さあ。

 でも、傷ついている、確実に。

 「なんか、やってらんねえよ。」

 「なあ。」

 僕らが吹かす煙草を煙を、嫌そうに避けながら歩く潔癖そうな女を目にした。

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