第38話 各放牧地はパラダイス

 セバスが御者で馬車は順調に進み、五分ほどで


「さあ、着きましたよ、皆様。先ずは兎たちを柵の外からみてやって下さい」


 と馬車を停めてセバスが僕たちにそう言ってきたんだ。僕たちは馬車を降りて柵の外から兎たちを見る。

 ん? 何か違和感があるね。


「可愛らしいですわ〜」


 うん、レイラ嬢。確かに可愛らしいね。でも……


わたくしの知る兎よりも一回りほど大きい様な気がしますわ」


 そうだね、レミー嬢。確かにここの兎たちは大きいね。


「兎って頭の真ん中にまん丸な痕がついてたっけ?」


 それだっ!? サーフくん、ナイス!


「セバス、ひょっとして角兎なの?」


「さすがクウラ様ですね。そうです、ここで飼育しているのは魔獣である角兎です。角はもちろん切ってあります」


 僕の言葉にセバスが正解だといい、みんなが驚く。


「ワタクシ、角兎は角を切ると死んでしまうと聞いておりましたけど」


 レイラ嬢、僕もその認識だよ。


「フフフ、レイラ様。間違ってはおりませぬ。しかし良くご覧になって下さい。根本から切っていない筈です。わずか一ミリでも根本を残してカットすれば、角兎は死なないのです。そして、何故か狂暴性が無くなり、普通の兎のようになる事をこの地の畜産農家の人たちは発見したのです! 素晴らしいでしょう?」


 セバスが誇らしそうにそう言ってきた。


「凄いね! どうやってその発見をしたの?」


 僕は本当に不思議だったからそう聞いたんだ。するとロッテンが教えてくれたよ。


「それが全くの偶然だったのです。初級の冒険者が倒そうとして角を切ったのですが、僅かに根本を残してしまったのですが、その際にその角兎が急に怯えて動き出さなくなってしまって、そのまま村まで連れ帰ってきたのが最初だと聞いております」


「そうなんだね。偶然わかったんだ。でもそれでこうしてこの地で飼育できるようになったんなら良かったよね。それで、その初級の冒険者さんは今も活躍してるの?」


「いえ、今ではすっかり角兎飼育の第一人者としてここの責任者をしております」


 そ、そうなんだね…… まあ新しい人生を歩んで楽しんでくれてるならいいか。


「さあ、それではお入り下さい。中に入って何故、この兎たちが穴を掘って逃げないかを解き明かして下さいね」


 ロッテンの言葉に僕たちは角なし角兎が外に出ないように慎重に放牧地の中に入ったんだ。


 中は普通に牧草地なんだけど…… 一体何故?

 

 角兎も兎であるが故に穴を掘って巣作りをする筈。事実、何ヶ所かの穴が見えている。

 でも僕たちが入っても怯えた様子は見せるものの、その穴に入る角兎が居ない……


わたくし、分かりましたわ! ずばり、この土地は元々岩盤で、その上に人工的に土を撒いて牧草地としたのでしょう!?」


 おお、なるほど。レミー嬢の言葉に納得しかけた僕たちにセバスとロッテンがニヤリと笑いレミー嬢に言う。


「残念ながら不正解ですね、レミー様」

「ここは岩盤ではございません」


「ムウ、違うのですね……」


 レイラ嬢はと見ると謎なんかはどうでも良いとばかりにジリジリと角兎に近づいてたよ。それもちょうど食べ頃サイズのヤツに。レイラ嬢、多分だけどそのヨダレは角兎に恐怖心を与えてるよ……


「ジュルリ、あなた、丸々として良いですわね…… ちょうど兎肉を使って料理を考えてましたの……」


 角兎もジリジリと下がってるけど、巣穴に入る様子がない……


「多分だけど良いかな?」


「はい、どうぞクウラ様」


「この下に穴の空いた配管を通して、何処を掘ってもイビルスネークの匂いがするようにしてあるとか? 違うかな?」


 僕の答えにセバスはニッコリ、ロッテンはビックリしてるよ。


「さすがでございます、クウラ様。実は兎たちは穴を掘るのですが、掘っても天敵の匂いがするので巣穴には入らず、あちらの小屋に篭り寝るのです。配管にはもう一つ音も出すように工夫をこらしておりまして、イビルスネークの移動の際の音も流すようになっております」


「凄い工夫だね。それなら兎たちも穴を掘ろうとはしないし、既に掘った穴にも入ろうとしないよね」


 僕たち(レイラ嬢を除く)はとても感心したんだ。


「さて、それでは次に参りましょう。レイラ様、後ほど絞めた角兎をお分けしますのでソイツは放っておいてやって下さい」


 ロッテンの言葉にレイラ嬢はハッとして


「ワ、ワタクシとした事が…… ついつい目の前に美味しそうな食材がありますと……」


 って顔を赤くしてたよ。そういうところが可愛いんだよね。


「次は魔豚の放牧地です」


「ちょっと待って、普通の豚じゃなくて魔豚なの?」


「ああ、そうでした。お伝えするのを忘れておりました。このチクサン村で飼育しているものは、乳牛とチーズ用の山羊以外は全てが魔獣でございます。何故ならば魔獣の方が段違いに肉質も味も良いからです」


「「「エエーッ!!」」」


 僕も驚いたけど、みんなもかなり驚いてるね。でもどうやって?


「その方法はチクサン村の秘匿技術でございますので、レミー様やサーフ様の前ではお教えする訳には参りませんが、ちゃんと普通の豚や牛のように放牧しておりますのでご安心を。突然暴れる事もございませんので」


「凄いですわ!」(レミー嬢)

「そのお肉って卸してないんですよね?」(サーフくん)

「ウフフフ、ここに来れば美味しいお肉が手に入りますのね」(レイラ嬢)


 僕の箱庭に居るのは普通の鶏や牛、豚たちだからね。そうか、魔獣肉の方が美味しいんだね。アレ、ひょっとしてさっきのステーキも?


「さようでございます、あのステーキは魔牛でございます」


 続いてセバスが教えてくれたよ。


「何故、ハイヒット侯爵の領地に街と呼べるのが領都しかないのか、コレでお分かり頂けたと思います。畑も畜産も広さが重要です。なのでその仕事に従事する人々が暮らす村と田畑、放牧地を広く取ったのでございます。それは飢饉などによって飢える人を少しでも無くす為に先先々代の侯爵様が作られた道筋なのです」


「僕のお祖父様は凄い人だったんだね」


「はい。ただ単に収集癖がこうじてこうした訳ではございません」


 ん? そうだったよ、収集癖があったんだよ、うちの一族は…… ま、まさかお祖父様の収集癖って食料?


「今のは失言でございました、お忘れ下さい……」


 遅いよ、セバス……


 気を取り直して僕たちは各放牧地を訪れたんだ。乳牛の放牧地では美味しい牛乳とチーズをご馳走になったんだよ。

 魔鶏の卵はとても濃厚で、卵焼きを食べたんだけど、レイラ嬢の頭の中には数々のレシピが出来上がったみたいだ。

 専属契約で一日五個の卵を買うって契約してたよ。もう箱庭経由で直ぐに来れるからね。


「クウラ様! ここはパラダイスですわ! ワタクシ、学園に行かずにすぐにでもお引越ししたいぐらいですわ!!」


「いや、そう言わずに学園には通おうね、レイラ嬢。僕は学園でレイラ嬢と一緒にすごせるのを楽しみにしてるんだから」


「ハッ! そ、そうでございました。申し訳ないですわ」


 うん、【家政婦のシバ】を得てからのレイラ嬢はすっかり料理にハマってしまったようだね。

 僕としてもとても美味しい料理を食べれるから嬉しいんだけどね。


 こうしてチクサン村の視察も終えて、僕たちは領都に戻ってきたんだ。明日にはデッケン子爵がやって来るし、グラシア伯爵、ビレイン男爵もやって来る。

 で、


「ワタクシが腕によりをかけて皆様にお料理を振る舞いますわ!!」


 ってレイラ嬢が腕まくりしたのを見て、料理長いか料理人たちが、


「よろしくお願いします! グランシェフ!!」


 って叫んでたよ。ま、まあ良いか。


 美味しい料理を楽しみにしてるよ、レイラ嬢。

   




 

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