小さなキミともう一度

坂神美桜

第1話

ぼくは生まれたときから心臓に病気があった。

幼稚園や保育園には行かれなかったし、小学生になっても週に数時間ほどしか学校に行かれなかった。もちろん体育の授業に参加することもできなかった。

寒いと体調を崩すことが多く、誕生日はいつも病院で看護師さんたちが誕生会を開いてくれていた。それが普通なんだって思っていた。



もうすぐ11歳の誕生日がやってくる。

いつもならそろそろ体調が悪くなって入院してる頃だけど、今年は大丈夫そうだ。でも油断しないように気をつけないと...


数日後、体調を崩すことなく無事に誕生日の朝を迎えることができた。誕生日を家で迎えるのは生まれて初めてのこと。ちょっと不思議な気分だし、なんだか悪いことをしてるような気がする。

奏太かなた、誕生日おめでとう!」

「おめでとう!今日は奏太が食べたいもの、なんでも作るからね。なにがいい?」

お父さんとお母さんはすごく喜んでくれた。ぼくは家で誕生日を過ごしてもいいんだって思った。

「ぼく、カレーがいいな。柔らかい豚肉が入ってるやつ」

「お祝いなのにカレーでいいの?」

「うん。お母さんのカレーが大好きだから。あと甘い玉子焼きも!」

「ありがとう。それじゃあこれからみんなでお買い物に行きましょう。誕生日のプレゼントと、おいしい豚肉も買わないとね」


車で近くのショッピングモールに行くと、お父さんはぼくたちをペットショップへ連れて行った。

「奏太、動物を飼ってみたいって言ってただろう。だからプレゼントに犬を飼おうと思うんだ。一緒に遊んだり散歩をして、奏太が少しずつ体力をつけていかれればいいと思う。どうかな?」

「うれしいけど、でもぼくに世話ができるかなぁ。また入院しちゃったら散歩に連れてってあげられなくなっちゃう」

「大丈夫だよ。お父さんたちも一緒に世話をするし散歩にも行くから」

「病は気からって言うでしょ。世話をするんだっていう気持ちが奏太の体調を安定させてくれると思うわよ」

「そうか。うん、わかった。見に行ってみるよ」


お店に入ったときからずーっとこっちを見ている子がいるのに気づいていたから、まずはその子のところに行ってみることにした。

ぼくに向かって一生懸命前足を伸ばしてぴょこぴょこジャンプしてる。

『ヨークシャテリア・女の子』っていうプレートが貼ってあるその子のケージの前で止まると『クゥーン』と小さく鳴いてじっと見つめてくる。

抱っこしてって言われている気がしたから、お店のお姉さんにお願いしてサークルから出してもらうことにした。


膝の上にのせてもらうと、その子は飛んでいきそうなほど尻尾を振りながらぼくの手にしがみつき、また『クゥーン』と鳴いた。

ほかのサークルを見回してもどの子とも目が合わない。みんなぼくを見ていない。でもこの子は初めからぼくを見ていてくれたんだ。

「お父さん、お母さん、ぼく、この子のお父さんになる!」

「ほかの子も抱っこしてみなくていいの?」

「うん。この子がいい!」


ペットショップから子犬を連れて帰るには、生後60日を過ぎてないといけないらしい。でもこの子はまだ生後50日ぐらいみたい。

「始めにちょっとお伝えすることがあるんですが、この子には、人間で言うアトピーのような皮膚炎があります。いまは飲み薬は使わず、殺菌効果のあるシャンプーで体を洗うことで感染や炎症を抑えられています」

よく見るとおなかの辺りに何カ所か、小さくて丸いカサカサした感じのところがある。

「成長とともにいつの間にか治ってしまうかもしれませんが、一生薬を飲み続けることになる可能性もあると獣医から言われています。それでもこの子を大切にしていただけますか?」

「もちろん大切にします。その皮膚炎以外にももしこの子に何かあったとき、必ず最適な治療を受けさせます」

この子は家族になるんだからみんなで絶対幸せにするよ、ってお父さんが言ってくれた。

ペット保険の説明も聞いて、お父さんが全部手続きをしてくれて、2週間後にお迎えにくることになった。

「お迎えの日までにこの子のお名前を決めてきてくださいね」

お姉さんにそう言われたけど、ぼくはもう決めている。この子の瞳を見たときに頭に浮かんだんだ。


「ちゃんとお迎えにくるから、そんなに寂しそうな顔しないでよ」

うるうるの瞳で見つめられるとぼくも寂しくなっちゃうけど、会えなくなるわけじゃない。この子はぼくたちの家族になるんだ。

今日はケージやベッド、この子のために必要なもの一式と、おいしそうな豚肉とケーキを買って帰った。


お母さんがカレーを作ってくれているあいだ、お父さんと一緒にあの子が安全に動き回れるように部屋の模様替えをし、ケージを置くための準備をした。


「奏太、お誕生日おめでとう。やっと家でお祝いできたわね」

「ありがとう。来年もその次もずっと家で誕生日を迎えられるように、ぼくがんばるよ」

「無理せず少しずつでいいんだからな。では、かんぱーい!」

やっぱりお母さんのご飯が1番だ。おいしいご飯を食べて笑っていられるのは、とても幸せなことだと思う。


翌日、ぼくは熱を出して寝込んでしまった。ちょっと動きすぎて疲れたみたいだ。

「熱が下がっても明日まではゆっくり休むのよ」

「...うん、わかった」

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