クリスマスイブにマッチはいかが
よし ひろし
クリスマスイブにマッチはいかが
クリスマスが街にあふれている。
キラキラの装飾、心躍る音楽、行きかう恋人たち――
日没前から雪が降り始めていた。
ホワイトクリスマス――ああ、愛し合う二人には最高のシチュエーション。
でも、恋人の住むマンションの窓を、路地からじっと見上げる私にとって、最悪の天気。
『ごめん、急な仕事が入って、クリスマス、ダメになった』
三日前のメッセージ。
これで、何度目――夏前から、楽しみにしていたイベントのいくつもが直前のキャンセル。
いま仕事が忙しいから――初めは彼の言葉を信じていた。
でも、これだけ重なると……。
暇を持て余し街中に出たが、気づくとここに来ていた。
五階にある彼の部屋をじっと見つめる。灯りはついていた。
彼はいる――
(この時間に部屋にいるなら、一緒に過ごせたじゃないの、イブを――)
なのになぜ……
不安が広がる。それを見越したように、窓に映る二つの影――
「あっ……」
カーテンが開き、彼と女が外を覗く。
あの窓からビルの隙間を通して東京タワーが見える。今ならクリスマスカラーにライトアップされた綺麗なタワーが見えるはず。去年は私が一緒に見た……。
「どうして……」
頬を伝わる水滴が、溶けた雪なのか、涙なのかわからない。
白く染まりつつある世界の様に、頭が真っ白になっていく。
「マッチはいかがですか、お姉さん?」
突然声をかけられる。
振り向くと、腰ほどの背丈しかない幼い少女が、バスケットを手にして立っていた。今や全く見ることのなくなった小さなマッチ箱を右手に持ってこちらに差し出している。
マッチ売りの少女――
その言葉が頭に浮かぶ。幼いころに読んだ絵本のままの少女がそこにいる。
「寒そうなお姉さん。このマッチを擦ると、心が温まりますよ」
「……」
何故だかわからない。無意識に少女の差し出すマッチ箱を受け取っていた。
「さあ、一本、点けてみて」
促されるまま、箱から一本取り出し、側面の部分で擦る。マッチを使うなんて、子供のころのキャンプ以来。
ぼうっ~
オレンジ色の炎がマッチの先端に灯る。
刹那、世界が変わる。
彼の横に立ち、窓からクリスマスカラーの東京タワーを見ている私。
「綺麗だろ、見せたかったんだ、これ」
優しい微笑みが私に向けられる。
ああ、幸せな瞬間――
すっ~
消える、世界が、マッチの炎と共に。
「あっ――」
戻る現実。
見上げる窓に唇を重ねる二人。
「――!?」
もう一本マッチを擦り、炎で現実を覆い隠す。
ぼうっ~
彼の唇の感触。
吐息からワインの香り。
ああ、そうだ、東京タワーを見ながら、ワインで乾杯したんだった……。
はぁ~、離れた唇から漏れ出る吐息。
すっ~
再び現実。
気付くとマンションの中。彼の部屋のドアの前に……。
手が自然とノブに伸びる。
開くドア。
聞こえる嬌声。
「あ、あん、ああぁぁ……、もっと――」
誰、あの声は、誰――
室内に上がり込み、声の元へ。
「きゃぁっ!」
「おまえ、なんで――」
聞こえる雑音。
違う。そこにいるのは私でなければ――
残ったマッチを全部擦る。
ごおぅ~
世界がオレンジに包まれる。
燃える、燃え上がる世界。
あなたへの恋心が、燃え上がる。
「あは、あははは……、綺麗なキャンドルライト――、メリークリスマス!」
私が、燃える……
ああ、温かい。雪で冷えた心が温もりで包まれた。
あの子の言ったとおりだぁ――
「あーあ、やっぱりそうなるのね」
オレンジの炎が上がるマンションの窓を見下ろし、空中で少女が呟く。先ほどのマッチ売りの少女だ。
「ま、いいか。なかなかいい魂の味――」
少女の姿が霞み、長身の美青年へと変わる。全身黒づくめで、背中には黒い翼。まるで闇その物のような存在。
「おまけの二つの魂も、なかなかどす黒くて、悪くない」
口角がわずかに上がる。
漆黒の瞳に、揺らぐ炎の輝きが映る。
すぅ~
目に見えない何かを冷たい空気と共に吸い込む。
「……うむ、美味。魂、三つ、確かに頂いた。――ごちそうさま」
律儀に食事への感謝を言葉を残し、男がくるりと振り返る。
「さあ、次、行こうか」
宙を蹴り、ふわりと飛び上がる。が、
「そうだ、今日はこの格好がいいかな」
パチン
指を鳴らすと、姿が変わる。
赤い服のサンタクロース。
更にもう一度指を鳴らす。
パチン
赤鼻のトナカイとそりが現れる。
「さあ、プレゼントを配りに行こう。望む者に、死の贈り物を――」
クリスマスイブにマッチはいかが よし ひろし @dai_dai_kichi
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