人生に最高の彩りを
ラック
_1.こことは違うどこかへ__
夜中の波打ち際。
昼間は人が多くて騒がしいここも、夜が更けると誰もいない。
すっかり冷え込んだ空気の中、海と砂浜が、夜空の星屑を散りばめたみたいに静かに輝いている。
そんなこの場所がお気に入りなんだ。
最近は風が冷たくて肌寒いけど、暇だから毎日ここに遊びに来てる。
前に、私のこの容姿のせいか、いつも通り遊んでたら警察に声をかけられたことがあるんだよね。
そのうちの一人がすごい頑固でさ、服がボロボロなせいで虐待を疑われたし、大人ですって言ってもなかなか信じてくれないし、年齢確認されたときは説得するのに苦労したよ。
誰も信じてくれないんだもん。
もう何百年も生きてるってこと。
自分でも何年生きてるのか正確にはわからないのに、年齢確認されても困るよね。
車とかバイクは運転しないから免許証なんて持ってないし、生徒証は無いし、他にも自分の
年齢が確認できるものは何も持ってないから。
持ってたところで絶対信じてもらえないでしょ。
嘘はいいから〜って言われて終わりだよ。
だから、人影が見えたら近くにある橋の下か、大きめの岩の陰に隠れるようにしてる。
昔は補導も警察なんて組織もなかったのにな。
この海も、もっとずっと綺麗だったし。
周りが鮮やかな緑に囲まれてて、動物もいっぱいいて……
「__君」
『ぅわぁっ!?』
急に後ろから人の声が聞こえて、心臓が飛び出しそうになる。
また警察かと思い後ろを振り向くと、カメラを首に下げ、ベレー帽を被った割と背の高い男の人が居た。
いつの間にこんな近くに……全然足音が聞こえなかった。
「ご、ごめん。驚かせるつもりはなかったんだ」
『なんですか、補導ですか?私もう大人ですよ』
「違う違う。ここの海が綺麗って聞いたから写真撮りに来ただけ。そしたら寒そうな格好してる君がいたから」
『寒そう?』
「うん。あと一ヶ月もしたら冬っていうのにそのワンピース、寒くないの?」
私の服を指差しながら不思議そうに問いかけてくるお兄さん。
『……寒い』
もう何百年、下手したら千年以上もこれを着てるからボロボロで風通しも抜群。
おまけに半袖だから寒いに決まってる。
「だろうね……(笑)」
お兄さんは呆れたような顔をしてコートを脱ぎ始める。
不思議に思いそれを見ていると、ふわりと暖かい物に包まれた。
『……!』
「ほら、これで暖かくなると思うよ」
『あ、ありがとう……でも、お兄さんは?』
「僕は大丈夫」
温かな笑顔を向けられて、コートを返そうと動いた手が止まる。
ここで返す方が悪い気がしたから。
「それあげるから気をつけて帰りな」
それだけ言うと、くるりと海の方を向いてカメラを構えてしまった。
「帰りな」と言われても、私には帰る場所なんてないから困ったな……。
岩の陰に隠れてお兄さんが立ち去るのを待つのは面倒くさい。
かといって、ここに居続けるのも違う気がする。
『……』
どうするかを考えながら、私はお兄さんのことをぼーっと見つめていた。
「……写真見てく?」
さすがに見すぎたか。
困り笑顔を浮かべたお兄さんはカメラの画面をこちらに向けて尋ねてきた。
『うん!』
暇な時間を少しでも費やせるなら悪くない。
そう思ったや否や、お兄さんの近くに駆け寄って座る。
お兄さんは何か言いたげだったけど、隣に座ってカメラの中の写真を見せてくれた。
「これは今撮ったやつで、これは四ヶ月前かな」
『綺麗……!』
二枚とも海の写真。
でも、二枚目の写真はここの海とは全然違う。
少し緑がかっていて、海底が見えるほど透き通った海水。
ここの海だと見れない色とりどりの珊瑚や、いろんな魚が写真に写っている。
「あとは……これとか?」
開かれた分厚いアルバムには、数え切れないほどの写真が保存されていた。
青空を背景に舞う桜の花びら。
背の高い木々が生い茂った明るい森。
露に濡れてキラキラと輝く紫陽花。あ、なめくじもいる。
紅く染まった紅葉が映える神社。
降り積もる雪の中に紛れる白狐。
他にも胸が躍るような写真がたくさん。
『すごい……』
こんなに綺麗な場所がここ以外にあるなんて思わなかった。
行ってみたい。
「じゃあ、そろそろ僕は帰るね」
いつの間にかアルバムやらカメラやらを片付けていたお兄さんは、スタスタと海とは逆方向へ歩き始めた。
……このまま帰してしまうのはもったいない。
『お兄さん!』
立ち止まって振り返ったことを確認して、間髪入れずに続ける。
『__私のこと連れてって!』
こことは違うどこかに行きたい。
それに、お兄さんについていけば何か新しいものが見られそう。
私の頭にはこの二つしかなかった。
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