第63話61 魔女と国境の街 3
「……え?」
皆の視線に思わず
「すごい。あっという間に子どもの息が楽そうになったぞ」
「俺が昔聞いた話では、じいさんが子どもの頃、あんな黒い服を着た女が薬を売りに来ていたとか」
「あんな黒い髪は珍しい。東の血でも入っておるのか」
さっきまで心配そうに黙りこくっていた人たちが、ざわめき始める。
どうしよう……私はなんと言われてもいいけど、ギディオンさまのお仕事の邪魔になってしまったら……
「あのぅ……」
母親が恐る恐ると言った様子でザザに尋ねた。
「あなた様は……お医者様なのですか?」
「あ……ち、違うのです。私は……えっと」
「そうだ」
割って入ったのはギディオンだった。
「突然で驚かれたと思うだろうが、
「なんと! 薬師さまでしたか」
「え、えっと……はい、そうです」
「そうだったのか……」
「通りでてきぱき動くと思ったんだよ。これはありがたい」
後ろの囁き声を聞きながらザザは冷や汗をかいていた。
「そ、そうなんです。お隣の宿屋でこちらのことを伺って……えっと、息が通る道さえ確保すれば、大方は大事には至りません。今の湿布で後一時間もしたら、打身の腫れも引いてくるかと思います」
「あ……ありがとうございます。夕食を食べていたら突然椅子から転げ落ちて、頭も打って……もうどうしていいかわからなくて……」
母親は寝台の横に膝をついた。
「さっきまであんなに苦しそうだったのに……本当に助かりました」
「でも、根本的には解決しておりません……お子さまが目覚めるには……」
元凶をとりのぞなかければ。
ザザは密かに決意する。
「ザザさん、すごいじゃないですか!」
「俺もびっくりしましたよ。今までおっとなしい娘っこだとばかり思っていたのに、あんなに頼もしく見えるなんて」
いつの間にかついて来ていたフリューゲルとデルスは、盛んに感心している。ギディオンは彼らを促して定められた部屋に入った。
「ザザ」
「はい」
「本当に頼めるか? この街の人々のことを」
ギディオンはザザの手腕と知識を
いや、本音を言えば安全なところに隠れていて欲しいのだが、この街はもはや安全ではない。
最前線なのだ。
「もちろんです」
ザザは大きく頷いた。
あの後、ザザの持っていた葉を分けて欲しいという近所の人たちが多く現れ、ザザは持っている限りのリキュウバの葉や、悪い風を寄せつけにくくする薬を提供した。倒れた者がそれほど多いということだろう。
ザザはとにかく、眠っている間にも体力は消耗するから、粥やスープの上澄みや、果物の汁を飲ませるようにと人々に助言した。
「そのくらいのことは、この街のお医者さまが言ってくださっているでしょうけど」
「だが、医者の数は足りていない。それに医者は今、貴族や有力者から引っ張りだこだろうからな。ザザの助言と薬は、街の人間にとってありがたいはずだ」
ギディオンからも褒められ、ザザはそっと頬を染める。ギディオンはその様子を他の男の目から隠すように、部下たちを振り返った。
「俺は今から、この街の市長に会って来る。俺はこの一件の元凶たる者の存在について、市長と話をして来るつもりだ。戻るのは夜中を過ぎるだろう。だが、ザザもう、今夜は外に出てはいけない。これだけは約束してくれ」
「はい」
ザザは神妙に頷いた。
「フリューゲル、デルス、頼むぞ。この娘は時折非常に無茶をするから、決して目を離さないように。部屋から出ないように見張っててくれ」
「心得ました!」
「今夜は寝ずの番をしてでも、ザザさんを一歩も外に出しません」
「あのぅ……そんなに頑張らなくても大丈夫ですよ。もう手持ちのリキュウバの葉っぱは無くなりましたから。ですが、悪い風から身を守る予防薬を今から煎じます。皆さん今夜はそれを飲んでくださいね」
ザザは心配性なギディオンを安心させるように、頷いてみせた。
「わかった」
「私は明日、街の外に出て薬草を集めて来ます。幸い、それほど珍しい薬草ではないし、山が近いのできっと見つかります」
「山……東か。危険だな」
ギディオンはやはり気がかりそうだ。
「大丈夫です。気配は隠します。私は弱いから気配もすぐに隠せるんです」
「そうか……ではフリューゲル、お前がザザの護衛を努めてくれ。頼むぞ、危険だと思ったら、ひっさらってでも引き返せ」
「承知いたしました。では行ってらっしゃいませ」
ギディオンはデルスを連れて宿を出て行く。
今夜はもうすることがないので、ザザは自分にあてがわれた部屋で休むことにした。
ザザは軽くなった鞄を小さな卓に置くと、東に向いた窓を開け放った。冷気がどっと押し寄せてくるが、ザザは寒さなど平気だった。
風のない夜だ。星や月が冬の空に
──いるのね。そこに。
ザザは山の方角を睨んだ。暗い空の下、更に黒々とした山々がうずくまっている。
スーリカ。伝説の大魔女。あなたはそこにいる。
ザザは瞳を閉じて、きんと張り詰めた大気の中、魔女の気配を探った。
額に印が現れ、貴石が熱を持つ。しばらくそのまま目を閉じて気持ちを澄み渡らせた。しかし、なんの気配も探れない。ザザの力が足りないのか、それともスーリカは山にはいないのか。
季節風でもない大風を起こして呪いを
一度使えば、かなりの体力と魔力を消耗する。しかも丸一日吹かせ続けたのだとしたら、その痛手は相当なものだろう。多分数日間は魔法は使えない。体力もまた然り。
だからきっと次に東風が吹くのは、早くても明後日か、それ以降になるはずだとザザは考えた。
それまでに予防薬と悪夢を軽減する薬を作って、できるだけ街の被害を食い止めなければ。果汁と粥の上澄だけでは、眠っている者の体力はそう長くは持たないだろう。
ザザの力では、眠る者の苦しみを和らげることはできても、目を覚ませることはできない。術者が自ら呪いを解くか、あるいは……。
思わずザザはぶるりと大きく震えた。
寒さのためではない。これから自分が対峙するものの大きさ故にだ。
しかし、逃げる気持ちは微塵も湧かなかった。力を込めて暗い山並みを見つめる。
「あなたの思い通りにはさせない。私はギディオンさまの魔女だ」
ザザは暗い山の峰に向かって呟いた。
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