第17話16 魔女と王都の生活 1
ここが王都……なんてすごいの。
ザザは侍女用の馬車の窓から、王都パレスの街並みを眺めていた。湖の離宮も大きくて立派だと思ったが、王都は桁がまるで違った。
パージェス古王国の国土は東方を除いて、ほとんど平野や森である。
西側は大海に面した湾になっている。湾へと注ぐ大きな川もいく筋かあり、水運も発達している。都市の多くは海沿い、川沿いに発展していた。
王都パレスは、河口から十
「さすがは王家のお膝元でしょう?」
セリカは、飽きもせず窓に張り付いているザザの背中に向かって言った。
「建物の屋根や外壁の色は通りによって決められててね。基本は白と、決まった色のタイルやレンガしか使ってはいけないことになっているの」
「でも全部調和がとれていて綺麗よね」
キンシャも同意する。
「色タイルをたくさん使っている家ほど、お金持ちってことになってるわ」
「そうなんですか? じゃあここはみんなお金持ちの家ですか?」
通りは馬車が何台も行きかい、両側に歩道が敷設されている。道に面した家は白と濃い青の装飾で統一されていた。
「そうね。ここは目抜き通りなのよ。大きなお店や組合が並んでいるの。私たちもお休みの日には来たりするわよ。あ、見えてきた。あれが王宮よ」
「
ザザは言葉を発することができない。森を出て以来驚かされっぱなしだが、今この瞬間の驚きに比べたら比較にならなかった。
色鮮やかな街並みに比べたら、王宮はほのかに紅がかった白で統一されているので、色合い的にはおとなしい。しかしその造形はその名の通り、蘭の花に似ていた。
赤みがかった屋根や窓は優美な曲線を描いている。所々に尖塔が青い空に向かって伸びていた。名の通り咲き誇る蘭の花のようだった。
まだこんなに美しいものが、この世の中にはあったのね。
馬車はどんどん王宮に近づいていく。白っぽいと思われていた外壁は、よく見ると二枚貝の内側のような光沢があった。これを全ての壁に使っているのだとしたら、なんと豪華なことだろうか。
うんと窓から身を乗り出すと、前方にフェリアの馬車を守るギディオンの姿があった。馬上でもその背中は揺るぎなく、頼もしい。彼の頭の上で隼のモスが旋回していた。
こんな都会でモスは、どこに住んでいるんだろう……? ギディオン様のお家なのかな?
彼とはあの茶会以来、話す機会はなかった。
ザザは言いつけ通りほとんど部屋にこもっていたし、キンシャやセリアと共に食事に出る時も、一度行った兵士用の食堂ではなく、一般の召使い用のものに行くように言われた。その食事もようやく一日二回取れるようになってきたばかりなのだ。
ザザが主と顔を合わすことはなかった。
「ちょっとザザ、あんまり身を乗り出すと落っこちるわよ! それに、いくら最後尾の馬車だからって、みっともないからおやめなさい」
「あっ、すみません」
キンシャのもっともな注意にザザは慌てて体を引っ込めた。
「あのう……王宮の中に入ったら、どうしたらいいのですか?」
「そうね。フェリア殿下は奥の宮に入られて、ご家族の出迎えを受けられるんでしょうね。主だった女官は迎えが来て自分たちの屋敷に帰ると思う。私たちは、自分のお部屋に戻るわ」
「私たちは、王宮の中の一角にお部屋をいただいているの。フェリア殿下がお住いの
「私は……?」
「ザザは、ギディオン様のところに行くのじゃないの? 後見人になってもらったんだし」
「ってことは、セルヴァンティースのお屋敷に住むのかしら? いいなぁ」
「お屋敷、ですか?」
「ギディオン様はフェリア様付きの護衛騎士だけど、王宮内のお部屋はあまり使われないの。一般の兵士たちとの交流がお好きみたい。私たちはよく知らないけどご門の近くにお住まいよ」
「ご門、それはどこにあるのですか?」
「王宮の東西南北には四つの門があって、春夏秋冬の名前がついているのよ。ギディオン様は確か冬門の近くにお住まいとか」
「冬の門ですか?」
その響きは、ギディオンの
「ええ、でも詳しくは知らないの。ギディオン様はご自分のことは何もおっしゃられないから」
「この馬車は南の夏門から入るから、冬門とはちょうど反対側ね。あ、見えてきた。あれが夏門よ」
複雑な彫刻が施された大きな門を一行は馬車で潜った。驚いたことに門の中にも街があると思えるくらい、王宮は広かった。
たくさんの建物の横を通り過ぎ、いくつか小さめの門をくぐってやっと馬車は停まった。停まったからといってすぐに降りられるわけではない。
まずフェリアや女官たちが降り、騎士たちが引き上げてやっと侍女達の順なのだ。
「じゃあ、またね」
「桜花宮で会いましょう」
そう言ってキンシャとセリアは身軽に馬車を降りると、宮の隣にある四角い建物へと入っていった。
当然ギディオンの姿もない。ザザは馬車から荷物を下ろす召使いたちの邪魔にならないように、建物の脇へ寄って桜花宮を見上げた。
王宮の中では小さい建物なのだろうが、それでも独立した立派な宮である。壁の向こうにはよく茂った広葉樹が並んでおり、その奥には可愛らしい窓がついた二階建ての瀟洒な建物があった。これが桜花宮なのだろう。この中にギディオンがいるのだ。
ここで待っていればいいんだ。わたしは、あるじさまを。
待つのはちっとも苦にならない。必要なら明日の朝までも待つだろう。
ザザが自分の小さな鞄を抱えて、荷物を下ろし終わって去っていく馬車をなんとなく見送っていると、不意に背後から影が差した。
「待たせたな、ザザ」
「ひゃあ!」
「なんだそれは。帰るぞ」
小さく肩を竦めたザザをちらっと見ただけで、ギディオンは大股で歩き出した。
「もっ、申し訳ありません。フェリアさまの御用はもうよろしいのですか?」
「ああ。今日は早めに休まれるとのことだ。今日の俺の仕事は終わった」
「はい!」
ザザの足取りは軽い。自分に対し「帰る」と言ってくれた、そのことがこんなにも嬉しいのだ。
「冬の門の方に行くのですか?」
「そうだ。よく知っているな。冬門を出たところに国軍の施設があって、俺の家はその近くにある」
「伯爵様のお家なのですか?」
「いいや? 俺の借りている家だよ。兵士の家族が住むような小さい家だ。少し歩くぞ」
どうやらギディオンは実家には住んでいないようである。しかし、それ以上尋ねる気持ちは今のザザにはない。
「はい」
「荷物は後で届く」
綺麗な道を二人は北へと進んだ。
冬門は夏門より簡素で
それへ短く返事をしてギディオンはどんどん歩いた。ザザは一生懸命についていく。
大きな通りを折れてしばらく行くと建物は小さくなり、地味で簡素な一角が現れた。あまり大きくない建物が並んでいる。
「ここだ」
ギディオンが足を止めたのは二階建てのこじんまりとした家だった。
「俺の家だ。入りなさい」
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