第6話 5 魔女と騎士 5
「お、おいっ!」
ギディオンが慌てて駆け寄った。
「俺は! すまん、大丈夫か⁉︎」
「……」
ザザは天井と、自分を覗き込む心配そうな青い目を見ていた。
「払いのけるだけのつもりだった。こんなに軽いとは思わなかったんだ。ここまでするつもりは……申し訳ない」
「へいき、です」
差し伸べられたギディオンの腕が触れぬように、ザザはひっくり返ったまま
「ギディオン! ちょっとあなた、なんてことするのよ! ザザ、大丈夫?」
「フェリア様」
ギディオンは重々しく女主の名前を呼んだ。こんな声を出す時のギディオンには従わないといけないと、フェリアは知っている。
「な、なによ」
「申し訳ありません。ほんのしばらくの間、外に出ていてください。扉を薄く開け
「……わかったわよ。でもザザをいじめるのはやめてちょうだい」
「いじめません。今のは完全に私の誤りです」
フェリアが出て行った途端、ひっくり返ったままのザザは力強い腕に助け起こされた。
「怪我はないか? 本当にすまなかった」
「大丈夫です」
ザザはギディオンを安心させるために、腕をぶんぶん振ってみせる。それを見て彼は少し緊張を解いたようだった。
「それでな……さっき俺は思ったんだが、ザザ、お前はまさか……」
ギディオンがその先を言い
「いや、しかしそんな。
「私は魔女です」
ザザは彼の言わんとすることを察して静かに言った。ギディオンの青い目が見開かれる。
「魔女」
「はい。魔女です。私は魔女のザザです」
「……まだ、生き残っていたのか」
そういうとギディオンは、握ったままのザザの腕を放すと、前髪を払って額を露わにする。そこには輝きが失せ始めている不思議な紋様があった。
「そうか……これが魔女の印といわれるものか」
「はい」
「魔力を何のために使った?」
「泉では、風で水を抑えるため。今はフェリアさまの痛みを和らげるために使いました。それと傷跡が残らないようにと」
「そうか……それが本当なら、良い目的のためということになるな」
「……」
「お前に悪意がないことくらいは俺にもわかる。だが、魔力とは忌むべきものだ。お前はどの程度の魔法が使えるのか? 正直に答えなさい」
「風を少し呼べるのと、病や怪我を癒すくらいです。師匠のドルカはおそらく最底辺の水準だろうと」
「最底辺」
ギディオンは力が抜けたように言った。
だが、彼はまだ、すっかり警戒を解いたわけではないだろう。自分はこの人の信用を得るには程遠い。ザザにはそれがよくわかった。
「でも、わたしは師匠の他に魔女を知らないので、それが正しいかどうかはわかりません」
「師匠とやらは亡くなったのか」
「はい。二年前に」
「家の周辺には墓らしきものはなかったが」
「魔女に墓はありません」
ザザはなんでもないことのように言った。
「……お師匠は強い魔女だったのか?」
「強いということがどんなことなのか、わたしにはよくわかりません。ですが、少なくともわたしにできないことがおできになりました」
「例えば?」
「地面を歩いて水脈のあるところがわかったり、水を氷にしたり、です。師匠は水の印の魔女だったので」
ザザは質問にすらすら答えることができて嬉しく思った。自分は役に立てていると思ったからだ。しかし、ギディオンはそんなザザを見て、ますます難しい顔になった。
「いいか、ザザ。この国では……というか、現在大陸にあるほとんどの国ではな」
「はい」
「魔女など、とうに忘れ去られた存在なのだ。それも夜を好む恐ろしい女、
「はい、そう聞いています」
ザザは頷いた。
それについては辺境での旅で、いやというほど思い知らされてきた。
どこにいても自分たちは嫌われ、目的を果たせば追われるように村を出た。
「竜や魔族は何百年も前に滅んだ。ただの伝説だ。魔女も同じだと……ついさっきまでそう思っていた。それがなぁ……」
太いため息とともにギディオンはザザから目をそらして、狭い部屋を歩き回った。
椅子が転がっている。それはさっき、ザザを払いのけたせいでひっくり返ったものだ。彼は腕を伸ばしてひょいと元に戻した。指先で簡単に持ち上げられるほど、小さく粗末な椅子だった。
「いったいどうしたものか」
ギディオンは頭を抱えてその椅子に座った。
異端者として役人に突き出せば、牢につながれるかもしれない。下手をすれば裁判抜きで処刑という可能性もある。
パージェス古王国の内乱時代にはそんな事実もあったのだ。
「……あの」
ギディオンがのろのろと顔をあげる。
「……なんだ」
「わたしは、あなたさまのお役に立ちたいです。どうかご命令をください」
その言葉を口にした瞬間、ザザは自分に驚いていた。初めて望みが心から
どうしても言わずにはおれなかった。
「……だからな、ザザ。魔女などもう誰もあてにしてやせん。魔力など、あってはならない前時代の悪しき遺物なのだ」
「……」
「それにはっきり言って、俺は魔力など信用していない。というか、嫌いだ」
「それでも命じてください。お役に立ちたいです。どんな小さなことでも」
「お前のような痩せっぽちの小娘に命令を下さねばならないほど、俺は落ちぶれてはおらん。隊に戻れば部下もいる。それにお前はここで暮らしているのだろう? 我々はすぐにでも王都に帰るのだし」
「ついて行ってはだめですか?」
ザザは一生懸命に言った。ここであきらめてはいけない。胸の前で組み合わせた手がぶるぶると震えた。
ザザは。
「なんだと?」
「わたしは、あなたについて行きたいの、です」
行きたい。
ついて行きたい。どうしても。
ザザには最初から、いや、出会う前からわかっていたのだ。
「あるじさま」
それは魔女にとって幸せと同義だった。
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