第一の街 ダアクック

09 食と文化の街、ダアクック

 しばらく馬車に揺られていると、風景がやがて緑広がる平原から、金色に靡く麦畑へと表情を変える。

 商人を乗せた荷馬車に、麦を刈り牛で運ぶ農夫。

 剣を携えて道を歩く男とそれに手を振る子供。

 分かりやすく人が増えたのが分かる。

 太陽が真上からやや西に傾いた頃、ボク達はダアクックに到着いた。


 大きい壁に囲まれた街、ダアクック。

 物々しい門を通り過ぎると、目の前には華やかな街並みが広がっていた。

 街の様子は話を聞いていたが、想像以上に人があふれ、賑わいを見せた街だった。 

 見慣れた人間を始め、もしゃもしゃしている獣人や、小さいが体に髭を蓄えたドワーフなんかは目を引く。

 辺りには屋台が多く並んでいて、ボクがいた日本ではあまり嗅いだことのない独特の匂いが充満していた。

 決して悪臭ではない。

 食べ物の匂いの他に、トロピカルのような甘い空気、香辛料の刺激的な香り、薬剤や漢方のような苦みに似た感覚を覚える匂いが入り混じったカオス。

 軽く屋台を覗いてみると、ガタイの良い熊のような獣人が肉をじっくりと焼いていた。

 こんがりと焼ける肉の「ジュウジュウ」鳴る音と香ばしいタレの匂いに、フェリーやリアック君は食欲をそそられ、よだれを垂らす。

 やはりこの音は全世界共通言語だということを身に染みて実感する。

 ちなみにその時ボクは、獣人が飲食店で働く時って抜け毛とかどうするんだろうと考えこんでいた。


「昼過ぎたし、なんか買っていくか?」

「まだ報酬貰ってないでしょ?タイタンタートルの甲羅とかも鑑定に出しておきたいし」

「軽いものなら良いと思うぞ……。肉串とかゴブリンの葉焼きとか買っておくか?」

「なんだ後半の食べ物、ボク聞いたことないぞ」


 ネーミング的にとてもじゃないが食べたいという気になれない代物だ。

 明らかにゲテモノ感がにじみ出ているのだが……でもすごい見てみたい。

 こういうのを怖いもの見たさというのだろうか。

 その反応を見て、ダインはガッハッハと笑う。


「まあ、この街に初めて来るやつは大抵そんな反応をする。ここは色んなもんがあるからな。バウアーに案内してもらうと良い」

「その口ぶりからして、ダインは来ないのか?」

「ギルドに呼ばれててな。そっちに行かなきゃならねえ」

「そうなのか、帰って早々忙しいな」

「この大通りを進んだ先の広場に石像が立っているんだが、その像の裏にギルドが建っている。興味があったら来てくれ。そしたら飯でも奢ってやるぞ。ギルドで出している酒は中々に評判が良いんだ」

「そうか、じゃあここで食べるのは控えるとしよう。タダ飯が待ってるんだからな」

「おう! 期待してくれて構わねえぜ。てなわけで先に戻ってる。バウアー、俺は先にギルドに戻って準備してるから、頃合いを見てギルドに連れてきてくれ」


 ダインは慣れた足で人混みをスルスルと歩いていく。

 やがて姿は見えなくなる。ダインの姿を追うように少し大通りの奥を眺めた後、視線を露店で盛り上がっているフェリー達の方へと戻す。

 街に帰って早々に呼び出しをされているダインというのは、中々に有名なのだろうか。

 実力というのはタイタンタートルとの戦闘を見て知っていた。

 素朴な盾で大岩を捌く姿は只者ではないオーラを十分に発揮していたからだ。

 それとも異世界の人間というのはアレが当たり前なのだろうか。

 分からない。

 異世界って分からない。


 ボクとフェリーはバウアー達の案内の元、屋台街を散策した。

 屋台街というと食べ物ばかりかと思っていたが、その他にも異世界ならではものが幾つも置いてあった。

 代表例でいえばやはり剣やハンマーなどの武器の類だろう。

 ムキムキの小さなおじさんドワーフが木箱の上に載って「いらっしゃい」と言いながら剣を勧めてきた。


「お兄さん、武器に興味があるのか? ここにある武器たちは、ガリラ鉱山で取れた質の良い鉱石で出来ている。おすすめでっせ」


 通りの良い声に思わず誘われて、つい剣を持ってしまう。

 渡された剣は刃渡り六〇ほどの片手剣だったが、普段鞄くらいしか持たなかったボクにとってはずっしりと重く、とてもじゃないが扱える自信が湧いてこなかった。

 こんなものを軽々と振り回しているゲームやアニメのキャラクターというは、改めて凄いんだなと思いながらドワーフの店主に剣を返す。


「いやあ、剣とか使ったことないんだ。自分には必要ないかな」


 しかし、さすが商売上手と言うべきか。

 今度は小さなナイフやフォークなどを取り出して来た。


「ならナイフとかならどうです? 料理とかにも使えますし、錆びにくい鉱石を使ってるんで普段使いも良いですし、旅のお供にぴったりでっすよ。このナイフはオイラの嫁さんが作ったもんですから、ドワーフ製と違って装飾が凝っているのがオススメの点ですぞ」

「ほお……良いな」


 ナイフの持ち手は握るのを想定しているのか、山なりとなっており、そこには細かな花や小鳥が彫られている。

 おしゃれだし、実用性もあって普通に欲しいと思ってしまった。


「シスイ、何を見てるんだ……」バウアーが後ろか声をかけると、ドワーフは声が一つ高くなった。


「これはこれは!バウアーの旦那じゃないですか!」

「おお、ドーナツか。いつ来たんだ」

「つい昨日のことです。この兄ちゃんは旦那の連れか。先に行ってくださいよ」


 どうやらこの二人は仲が良いらしい。バウアーの無表情が柔らかくなったのが良い証拠だ。

 バウアーは置いてあるナイフを軽々と持ち上げると、刃の様子を眺め、そっと置く。


「うん、今回も良い出来だな。武器の質に関することなら、心配しなくても良い……。値段も相場の範疇だ。街の武器屋で買うよりも安いくらいだと思う……買うのか?」

「今は良いですかね。ボク今一門無しなもんで」

「そうでしたか。ならまた気になりやしたら、いつでもいらして下せえ。二週間はこの街にいる予定ですので」


「お達者でー」と手を振るドーナツに挨拶して、その場を後にする。

 一文無しに優しくしてくれるなんて。ドーナツさん、良い人だったな。


 バウアーの話を聞くにこうして並んでいる武器というのは、ガリラ火山にある『ガナグリ』と呼ばれる街で作られているらしい。

 その街は多くの鍛冶師が住んでいて、そこで出来る武器は質が良く、安いというので冒険者たちに重宝されているのだとか。


「けれど、それじゃあ他の街の鍛冶屋は商売上がったりなんじゃないですか?」

「ドーナツみたいなドワーフがずっと街にいるならともかく、三か月に一度、数週間だけだからな……。それに街にいる鍛冶屋は名前を変えて武具屋と言って店を経営している。彼らもドワーフのように鉱石を加工して武器を作ったりもするが、それよりもモンスターなどの皮や牙なんかを加工する事を専門にしている。職の種類は同じだが、ジャンルが違うといったところか……。そのお陰でドワーフと人間の衝突はあまりない。凄腕の鍛冶師はまた話は変わってくるのだがな……」

「そうなのか。鍛冶屋の界隈の話はあまり聞くことがないから興味深い」

「そうか……なら良かった。気になることがあったら、聞いてくれ……」

「あ、いたいた。おーいバウアー、シスイのおっさん‼」


 声がして後ろを振り返ると、食べ物を抱えるリアックとフェリー。

 肉やら変な果実やら、抱えている料理の量というのは、とてもじゃないが軽食と呼べる量ではなかった。

 その後ろで、ブツブツと何か呪いの呪文を唱えるように歩いてくるセシアさん。


「大丈夫、タイタンタートルの甲羅が多分高く売れる。そうじゃなかったらリアックの防具売れば良いわ……」


 サイフを見るセシアちゃん、目が据わっていてちょっと怖かった。


「おっさん、見てくれ!すげーの買ってきたぞ」


 フェリーから、串に刺さった何かを渡される。

 その串には緑色の耳が刺さっていた。


「な、何じゃこりゃああああ‼」

「ゴブリンの葉焼き」


 耳だ。

 色は真緑だが、その形容はまごうことなき耳だった。

 緑色の耳が串にぶっ刺さっているという、とんでもなくショッキングな絵面をした食べ物なんだが。 

 とてもじゃないが、食べ物には見えない代物だ。

 しかも何故か大中小色んな種類があるし。


「すげーだろ」

「すごい、んだけど、本当に食える奴なんだよね。とてもじゃないが食べれるとは思えないし、食べれたとしても食欲がゼロどころかマイナスに入っちゃうよ。カルチャーショックじゃ収まらないよ、これ」

「食った感じだけど、あんまり美味しくなかったぜ。青臭い幼虫食べてるみたいだった」

「じゃあ何故ボクに渡す?」

「さっき気になるって言ってただろ? だからおかわり分もしっかり買ってきたぞ。他にもでっかい虫のから揚げとかトカゲの尻尾の丸焼きとかも買ったぞ!ほら、漫画肉みたいだろ?」

「なんでそんなゲテモノばかりなんだ⁉ ゲテモノしかないのか、この通りは⁉」


 失念していた。普通の食べ物がくるとは限らないんだ、異世界だから。

 まあ、とりあえずこのゴブリンをどうするかだ。

 ゴブリン……これ本当に食べれるんだよな。

 もうマズいのは確定しているんだ。

 いやでも食べてみたら案外美味しいのではないか、という考えをさっきのフェリーの感想が否定してくる。

 食レポとしては最悪だが、マズさを伝えるのには最高の感想過ぎて、おじさんなんて返せば良いか分かんないよ。

 それでも、どうマズいのかは食べてみなければ分からない。

 怖いもの見たさだ、食ってやる。

 そう意気込んで、口に入れてみる。

 口に入れた感触は思ったよりも柔らかかった。でも肉という感じではない。どちらかというと植物寄りだと思う。

 歯を立てて、噛んでみる。


 ぐちょ、ネバアァ~…… 


 噛んだ瞬間、ねっちょりとした感触が口の中に広がり、吐き出しそうになった。

 その後に来る青臭さ、いや生臭さ? どちらにしても独特な風味が追い打ちをかけてくる。

 しかし口の中で転がし、何度も噛んで味わうと頭の中である野菜が浮かぶ。

 これ、オクラだ。

 変に青臭いオクラの味だ。

 このねっちょりとしか感じをフェリーは、芋虫と表現していたのか。


「どう、シスイのおっさん。やっぱりマズい?」

「美味しいって訳じゃないけど以外とボク、イケる口かも。味とかオクラっぽくて慣れたら悪くないかもしれん。まあ、ルックスと青臭さは少しきついかもしれないけど、全然食べれる部類だ。ちなみに聞くんだけど、この野菜の正式名称は何なんだ?」

「いや、ゴブリンの耳だけど」

「え、ちょっと聞き違いしたのかもしれないから、もう一度聞いても良いかな」


 むしゃむしゃと同じものを食べているリアック君に聞き直す。「何を当たり前なことを」という顔をしながら、それに答える。


「だからゴブリンの耳だって。ゴブリンから耳剝ぎ取って、塩振って焼いただけのシンプルな料理。うちの街のソウルフード」

「マジかよ……」

「マジマジ。見た目はゲテモノなんだけど、味は野菜だから色々な料理で使われているんだぜ。それみたいに串焼きをしてもおいしいが、炒め物にしたり粥に混ぜても旨いんだ」

「え、えー……」


 絶句してしまった。

 モンスターから剥いだ耳を食べようって思考に普通なるだろうか?

 なるほど。

 虫の素揚げ然り、トカゲの尻尾も然り、ゴブリンの耳然り、これが食と文化の最先端を行くダアクックか。

 こいつは面白くなってきやがった。

 

 後にボクとフェリーはこの大通りのことを、親愛を込めて「ゲテモノロード」と呼ぶようになった。


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