(短編)チート商会
SoftCareer
チート商会
「四二九号室っと。ここでいいのかな?」
港区内の高級住宅街にほど近い、築年50年以上と思われるマンションの一室の前に私は立っている。真夏のさ中ではあるが、すでに陽が大きく西に傾いていて、思ったより暑くはない。
表札や看板の様な物は何もないが、メールに指定された場所は確かにここだ。
勇気を出して、インターフォンのボタンを押す。
しばらくしてドアがカチャリと開き、中から長い黒髪で眼鏡の、ビジネススーツに身を固めた、いかにもバリキャリ風の顔立ちの整った女性が出て来た。
「お打合せご予約の竹下様ですね? お待ちしておりました。
チート商会へようこそ!」
◇◇◇
案内されて中に入ると、80平方メートル位の部屋が丸々ワンフロアになっていて、大きな事務机と応接セットが置かれていた。そしてその事務机の所には恰幅の良い壮年の紳士がおり、私に気が付いて立ち上がると、応接に腰かける様案内してくれた。
「竹下博司さん。わざわざお越し頂き大変恐縮です。
この度は、我がチート商会のご利用をご検討いただき有難うございました。
私、この東京支店の責任者、四葉四郎と申します」
「四葉さん。私こそ宜しくお願い致します。
それで……本当なのですか?
死んで転生しなくてもチート能力を戴けるって?」
「はい。それが当社のモットーです。
だいたい、なんでわざわざ死ななきゃならんのですか?
別に、現世でチート出来ればそれが一番じゃないですか?
最近の風潮は私には全く理解出来ません」
「まったく同感です。確かに異世界そのものにも興味や関心はありますが、私には現世にも大切にしたいものがあるんです。それを捨ててまで転生とか……。
ですからネットで御社の広告を見た時、思わずこれだっと叫んでしまいました」
興奮気味の私の前に、先ほどのバリキャリがコーヒーを持ってきてくれた。
「それは誠にありがとうございます。それでは、具体的な商談に入りましょうか」
◇◇◇
「それで……あの。本当にどんなチートの希望でも叶えてくれるのですか?」
「はい。当社で対応出来うるチートであれば何でも可能です。
当社は、魔術・呪術・錬金術から超科学まで幅広いチート対応能力があります。
ですが、現世でのチート行使が前提となりますので、こちらの世界に無いものは時間的に用意出来ない場合があります」
「それは……例えば?」
「例えばお客様が、ドラゴン相手に無双したいとか、獣人娘でハーレム作りたいとおっしゃられても、ドラゴンも獣人娘もこちらの世界にはおりませんので対応出来ないのです」
「そうか……でも、御社ほどの力があれば、異世界からそうしたものを連れて来る事も出来るのではないですか?」
「まあ、出来なくはないのですが……このチート能力は、使用期限が最大10日間と決められておりまして、ご満足いただける数をその日数で揃えるとなりますと、少々厳しいかと」
「10日ですか。永続的という訳ではないのですね。
でもまあそうか。費用もかさむでしょうしね」
「費用の問題というより、現世との折り合いの話なんですがね。でもまあ、せっかく費用の話が出ましたので、そのお打合せから入りましょうか?」
「そうですね。そこ大事です」
◇◇◇
「それで……最初に率直に申し上げますが、私、あまりお金持っていないのですが……御社の広告には、お金の心配不要と明記されていて……。
もしかしたら私の魂で払うとか?」
「ははは。それでは、死んで転生とたいしてかわらんではないですか。
まあ、魂は魂なんですが、別にお客様の魂でなくていいんです。
一日一魂。チートを行使したい日数分、魂を用意していただきます。
それ以上でも以下でもダメです。
ですので10日間チート生活をしたいのなら、一日一魂を10日連続でやっていただきます」
「いや、ちょっと待って下さいよ!
そんな……一日一魂だなんて。毎日人殺しをしろっていう事ですか!?」
「ダメですか?
ご相談に来られるお客様は、大抵御納得いただけるんですが……」
「納得って……いくら希望がかなっても殺人犯になっちゃったらダメでしょ!」
「ご安心下さい。
一日一魂を守る限り、あなたの行動は絶対世の中に露見しません。
それは、当社が保証致します。
ですから、気に入らない上司がいたら、別に用意したチートを使わなくっても、後ろからブスっとやるだけですよ。
まあ、そうしたご依頼が、実は当社のBest3に入ってたりしますね。
数年前ですが、幼女ハーレムを作りたいと言って、お気に入りの幼女を10人集めて毎日一人ずつ性的いたずらをした後、殺していった豪のお客様もいらっしゃいます」
「ちょっと待ってよ。それが発覚してないの?」
「ええ。私共は、この現世の神とちゃんと約定を交わして商売をしております。
ですから当社のルールを守っていただく限りは、お客様の身も安全です。
そしてその約定の為、チートの提供は、お一人様一回限りとなっております」
「その……ルールを守れないっていうケースは?」
「一日一人殺せなかった場合は、お客様自身の魂で補填していただきますので、そこでチート行使終了です。
先週、憧れのアイドルと性交したいとオファーしてきた追っかけ女性は、目的を遂げた後、もう思い残す事は無いと自ら命を絶たれました」
「…………それで、一日に二人以上殺したら?」
「それは現世の神との明確な約定違反になりますので、二人目殺害の時点でチート行使終了です。
たまに、無双したいとか言って、歩行者天国で刃物を振り回したりするお客様もおられますが……最初の一人の殺害はチートで隠蔽されますが、二人目からはチートが効きませんので、その所業がすぐに発覚し警察に捕まるでしょう。あとは現世の法で裁かれます」
冷房が効いているはずなのに、自分の背中がびっしょりなのが分かる。
その様子を察したかの様に、バリキャリが冷たい水を持ってきてくれた。
とにかくそれで、乾ききった口と喉を潤した。
四葉氏が私ににじり寄ってくる。
「竹下様。いかがなされますか?
もちろんここでお引き取りいただいても、当社はあなたに何も求めません。
この部屋を出た時点で、ここでの記憶は消えますからね。
ですが、ここまでお話を聞かれたお客様のほぼ九割はチートをお申込みになりますよ」
「いや……人を殺してまで自分の希望や欲望を満たすだなんて……」
「そうは仰いますが竹下様。死んで転生してから異世界でチートを行使されるのも、結局たいして変わらないのではないですか?
無双と称して、あまたのあちらの世界の生命を奪ったり、ハーレムと称して、あちらの世界の人の人権を無視して凌辱したり奴隷にしたり、強力な魔法で村を焼き払ったり……あちらの世界にこちらの世界の倫理や法律が適用されないだけで、やってる事は何も変わりませんよ!」
「あっ!! ……」
◇◇◇
外はすっかり陽が沈み真っ暗になっているが、セミだけがミーンミーンとやかましく鳴いている。私の口の中はカラカラに乾いており、バリキャリが何度か水のお代わりを持って来てくれた。
「さあ、竹下様。時間も遅くなってまいりました。
是非、ご要望のチートをおっしゃって下さい。
具体的なプラン案を作成いたしますので、その詳細をご確認いただいて、問題が無ければ本契約に移行したく存じますが?」
「あ。ああ、はい…………私の希望は……」
(終)
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