第65話 義元と景虎
遠州灘相良から天竜川沿いに信濃国諏訪湖へと向かう遠信古道(秋葉街道)。
古来から海の無い信濃国に塩を運ぶ街道の一つである。。
今川義元は,太原雪斎と共に護衛三千の兵を引き連れ遠信古道を北へと向かう。
信濃国諏訪郡上原城にいる将軍足利義藤に謁見するためである。
既に将軍足利義藤には謁見の許可を受けており,護衛は三千までは認めるとの許可も得ていた。
家臣の担ぐ輿に乗りながらこれからの手立てを考えている。
今川家は足利家の支流の一つであり,将軍家に連なる名門として栄えてきていたが,足利将軍に直接会えることは滅多に無いことであり,今川義元はこの機会を逃さず自分が将軍家に連なる名門であることを天下に広く示そうと考えていた。
「雪斎」
「はっ,何でしょう」
「信濃での武田晴信の敗北は,考えようによっては我らに幸運をもたらすかもしれんな。こうして,上様に謁見できる機会を得られ,儂が将軍家に次ぐ家格であることを天下に示せるまたと無い機会」
「確かに,上様に謁見でき強い関係を築くことができれば,吉良家を追い越して今川家が格上であると示せますな」
吉良家は足利将軍家の分家の一つで,吉良家の分家が今川家であり,御所が絶えなば吉良が継ぎ,吉良が絶えなば今川が継ぐと言われていた。
その吉良家は三河の地で今川義元の支配下に置かれている。
やがて上原城が見えてくると同時に周辺を守る多くの兵士たちも目に入ってきた。
「これほど多くの兵がいるとは」
「しかも,皆かなりの精鋭のように見受けられ,さらに奥には火縄銃らしきものが見えますな」
「将軍家がほぼ独占的に手にしている火縄銃か」
「最近になり,ようやく国友鍛治の者達が作れるようになったと聞きますが,恐ろしく値が張ると聞きます」
「将軍家は自前で作っていると聞くぞ」
「将軍家は自前で作りますから格安で作れるのでしょう」
「譲ってくれないか話だけでもしてみるか」
「なるほど,話だけでもしてみても良いかもしれませんな」
しばらく進むと一人の人物がやってきた。
「足利将軍家に仕える細川藤孝と申します」
「駿河守護今川義元である」
「上様が館にてお待ちですこちらに」
将軍足利義藤は山城である上原城の麓に簡単な屋敷を作らせ,その屋敷にいた。
今川義元は輿を降りて屋敷に入っていく。
広間に入ると中央奥の上座に若き武将の姿を見た。
両側には幕府重臣達がいる。
今川義元は広間中央に進んで座ると平伏する。
「駿河国守護今川義元にございます」
「征夷大将軍足利義藤である。遠路大儀である」
「上様の天下万民のためのお働きに,この今川義元,嬉しく思います。上様のおかげでこの信濃国も天下泰平となり,民も喜んでおりましょう。この今川義元,上様のために粉骨砕身力を尽くす所存でございます」
「よくぞ申してくれた。我が足利一門である今川義元殿の言葉嬉しく思うぞ」
「もったい無いお言葉」
「これでこの地も安泰であろう」
「上様」
「どうした義元殿」
「甲斐の武田晴信はまだ油断するのは危険でございます。あやつはどこまでも欲深く,謀略を張り巡らす男。大人しくしているのはせいぜい1年か2年。その後は活発に動き出しましょう」
「そうであろうな」
「そこでお願いがございます」
「なんだ。言ってみよ」
「もしも武田晴信が他国に進軍するならば討伐して良いとのお墨付きをいただきたく」
「武田討伐に対する幕府からのお墨付きか」
「おそらく,次に動くとすれば我が駿河を狙う恐れが高いかと」
「よかろう。ただし武田が他国を犯すことが条件だぞ」
「ありがき幸せ,それともう一つお願いがございます」
「何だ」
「火縄銃を譲っていただけないでしょうか」
「クククク・・・なかなか欲が深いな」
将軍足利義藤はしばらく考え込んでいた。
「分かった。よかろう火縄銃を百挺くれてやろう。今川は足利一門。ならば足利一門の東の備えとしてその役割を果たせ」
「はっ,ありがたき幸せに存じます」
「藤孝」
「はっ」
「京に戻ったら火縄銃を百挺と十分な量の火薬を今川家に送ってやれ」
「承知いたしました」
そこに和田惟政が報告に来た。
「上様」
「惟政。如何した」
「越後国守護代・長尾景虎様がお越しです」
長尾景虎の名前に驚きの表情をする。
「越後国守護代だと・・よかろう。ここに通せ」
しばらくすると目つきが鋭く精悍な若き武将が入ってきた。
将軍足利義藤は長尾景虎の顔を見た瞬間,前世の時に景虎が上洛してきた時を思い出していた。
あの時もどこまでもまっすぐな目をしていた。
そして噂に伝え聞くその生き様は,やはり変わらないようだ。
その変わらないまっすぐな生き様は将軍足利義藤には嬉しく頼もしく思えた。
「お初にお目にかかります。越後国守護代・長尾景虎と申します」
「征夷大将軍足利義藤である。越後国からの遠路,大儀である」
「越後守護代として守護上杉様より越後国を預かる身として,隣国である信濃国の安定を何より気にしておりました。上様のお力を持ちまして信濃国が信濃守護のもとで安定することは実に喜ばしきことに存じます」
「日本から乱世を終わらせるには守護,守護代の力が必要である。景虎殿の力を儂に貸してくれ」
「この長尾景虎でよければ全身全霊を尽くして上様をお助けいたします」
「うむ,その言葉嬉しく思うぞ。せっかく越後から来たのだ景虎殿にも土産をやろう」
「土産ですか」
「先ほど今川義元殿に火縄銃百挺と火薬を与える約束をした。景虎殿も同じものをやろう。後日,京に戻り次第越後に送ってやろう」
「なんと,よろしいのですか」
「かまわん。しっかりと国内をまとめ天下安寧に力を尽くしてくれ」
「承知いたしました」
将軍足利義藤は東への備えとして,今川義元と長尾景虎に火縄銃と火薬を与えることにした。
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