剣豪将軍奮闘記

大寿見真鳳

第1話 命ある限り(永禄の変)

将軍足利義輝辞世の句

「五月雨は 霞か涙か不如帰ホトトギス 我が名をあげよ 雲の上まで」


永禄8年(1565年)5月19日

三好長慶みよしながよし亡き後三好家を率いる三好義継みよしよしつぐは、三好三人衆と呼ばれる三好長逸みよしながやす三好宗渭みよしそうい岩成友通いわなりともみちらと、松永久秀の嫡男である松永久通まつながひさみちらを伴い、1万の軍勢で二条御所を完全包囲していた。

二条御所の主人は、第13代足利将軍である足利義輝。

包囲している三好勢から将軍への使者として三好長逸が送られていた。

「断る!」

若き将軍足利義輝の毅然とした言葉が二条御所に響き渡る。

その言葉に驚き、慌てる三好長逸。

「上様、お待ちください。上様が将軍の位を辞して、後を我らにお任せいただければ不自由無い生活ができるのですぞ」

「儂の言葉が聞こえぬか、もう一度言う。断る」

「お・・お待ちください。再考を・・どうかご再考を・・」

「くどい」

「このままでは、軍勢が我らの言うことを聞かずに勝手に御所になだれ込みますぞ」

「最初から儂を殺すつもりであろう。そのつもりで1万の軍勢を用意したのだろう。だから受けて立つと言っている」

「二条御所にはせいぜい300人程しかおりませぬ。対する三好は1万。戦いになりませぬ・・・どうか、どうかご再考を」

言葉は謙っているように聞こえるが、表情は相手を見下した顔をしている。

まさに傲慢不遜。

三好長逸の言う通り、京の都にある二条御所には300人程しかいない。

三好の強襲とも言うべき包囲によって、三好勢に二条御所を包囲されてしまい、将軍家に従う六角や周辺の国衆を呼ぶことができなかったためだ。

「将軍の位は貴様らが口出しをして自由になるものでは無い。そんな軽いものでは無い。儂を殺すつもりがないなら、なぜ、1万の軍勢で二条御所を取り囲む。早々に引き上げ、包囲を解け」

「後悔いたしますぞ」

三好長逸は、三好の要求を拒否する足利義輝に捨て台詞を残して出ていった。

三好長逸が二条御所から出ていくと自らの近習達を集めた。

その数約30名ほど。

「皆も分かっているであろう。三好が二条御所を囲んで儂に退位せよと脅してきた」

その言葉に驚く近習たち。

「なんと・・・」

「不埒な輩め・・」

「三好の分際で何たる傲慢な振る舞い」

「静まれ。儂は命が奪われようとも三好に屈するつもりは無い。だが、お前達にまでそれを押し付ける気は無い。逃げたいものは逃げて良い。逃げても非難や恨みは言わん。ここにいれば確実に死ぬことになる」

「我らは近習は、義輝様が幼い頃からお仕えしております。どこまでもお供いたします」

「最後までお供いたします」

「上様、それは愚問。我らは最後まで・・」

その時、近習の一人である進士晴舎しんじはるいえが進み出る。

進士晴舎は義輝の側室の父であり、義輝にとっては義理の父でもあった。

「上様、此度の三好の暴挙。責任はこの進士晴舎にございます」

三好との交渉窓口となっていたのが進士晴舎であった。

「晴舎の責任では無い。気にするな」

「いえ、三好の暴挙は、三好を抑えきれなかったこの晴舎の責任」

突如、短刀を抜き自らの腹に突き刺し、切腹をした。

「晴舎!」

足利義輝は、慌てて進士晴舎に駆け寄る。

「申し訳ございません・・・これでしか・・責任を・・これ・・お許し・・・・」

「晴舎!」

進士晴舎は三好を抑えられないことに責任を感じて自害した。

そこに、二条御所大手門を守る者が走り込んできた。

「上様。三好勢が攻め寄せて参りました。大手門では戦いが始まっております。どうかお逃げください」

「徹底的に三好と戦う。将軍たる儂に逃げる選択は無い。徹底的に戦う!」

「承知しました」

伝令の男は再び戦場となっている大手門に戻っていった。

「もはや時間も無いようだ。酒を用意せよ」

近習の者達が酒を持ってきた。

足利義輝は酒をぐい呑にそそぎ、それを晴舎のもとに置く。

「これで許せ、残念だがお前の死を悲しんで弔ってやる時間は無いようだ。少し先に逝き、儂らを待っておれ。儂らも直にそちらに逝く」

足利義輝は、進士晴舎の枕元に酒を注いだぐい呑を置いた後、次に近習の者達ひとりひとりに最後別れをしながら酒を振る舞っていく。

細川隆是が舞いを舞い始める。

これがこの世で見る最後の舞いを見ていた。

近習の杉原兵庫助晴盛、沼田上総介らに足利家の名刀を全て持ってこさせた。

「鬼丸国綱」「大典太光世」「三日月宗近」「不動国行」「童子切安綱」「九字兼定」など。

皆国宝級の名刀ばかりを10本ほどである。

「これほどの名刀を戦でお使いになるのですか」

「上総介。刀はどんなに美しくとも所詮は刀。本来の役割通りに使ってやるのがいいだろう。残しておいても、ろくに刀も使えない者達の手に渡り、蔵にしまわれるだけだ。物は本来の役割のままに使ってやるのがいいのだ」

足利義輝は、近習の者達を見回す。

「これが今生での別れとなろう。皆、儂が幼い頃よりよく仕えてくれた。礼を言う。三好の奴らに足利将軍家の意地と誇りを見せてやろう。先に倒れて逝った者は、あの世で暫く待っておれ、直に儂も逝く」

近習達の目は、覚悟を決めた目をしていた。怯えることもなく。恐ることもない。

「皆の者、儂に続け」

足利義輝と近習の者達は、槍・薙刀・刀などそれぞれの得物を持ち戦場へと向かった。

二条御所の大手門では二条御所を守る武士たちと三好の兵達の戦いが続いていた。

敵も味方も将軍足利義輝に気がつき戦いが止まった。

「これはこれは、上様。ようやく将軍職を退位されることをお決めになりましたか」

三好長慶亡き後、養子として三好家を継いだ三好義継は笑顔を見せる。

「何を寝言を言っている。将軍の位は貴様のような浅ましいものが、手を出していいものではない。三好も落ちたものよ。この畿内で乱世の覇者と呼ばれた三好長慶が生きておれば、このような浅はかなことは、しなかったであろう。長慶が頼りとした弟達が皆亡くなり、嫡男も亡くなった。そして長慶も亡くなった。その結果、三好のものは、身の程知らずだけになったようだ。面相まで醜悪になっているぞ。これでは三好長慶も浮かばれまい」

「なんだと!」

「今の貴様らの有様は天下の正道を乱す天魔の如き。儂の命ある限り、そのような天下を乱す天魔に魅入られた者は、残らず斬って捨てるまで!」

足利義輝は腰にさしている名刀鬼丸国綱を抜く。

「我が命取れるなら取ってみるがいい」

足利義輝の気迫に一瞬たじろぐ三好勢。

「・・切・切れ・・奴の首をとれば、恩賞は思いのままだぞ。行け」

三好義継の言葉に背中を押されるように三好の兵が襲いかかってくる。

「天下の正道を乱す天魔に魅入られたものは、切り捨て滅するのみ!」

その言葉を発して鬼丸国綱を振るい敵の槍を避け、一瞬にして斬り捨てる。

敵兵を一瞬で斬り捨てる足利義輝の姿に三好勢は動きを止める。

「そ・そんな・・剣の腕前は箔付けでは・・・」

三好義継は、足利義輝の剣術の技量を理解していなかった。

剣聖塚原卜伝の教えを受けたといっても所詮は箔付け程度と思っていたのだ。

将軍足利義輝の技量は、徳川将軍家指南役である柳生新陰流の柳生宗矩やぎゅうむねのりが書状の中で天下に5〜6人もいないほどの兵法家と評していたほどの腕前。

足利義輝は近習の西河新右衛門と松阿弥らに声をかける。

「お前達は二条御所に火をかけよ」

「えっ・・二条御所に火をですか」

「そうだ。我らが破れるのは時間の問題。なれば、奴らに二条御所を渡す訳にはいかん。直ぐに火を放て。行け」

「「はっ」」

近習の者達が奥へと走り去る。

将軍足利義輝は再び襲いくる三好の兵達を相手にひたすら刀を振り続ける。

一箇所にとどまることなく、襲いくるもの達を動き回りながら切り伏せていく。

「奴は化け物か・・・」

足利義輝一人で既に30人以上斬っている。

使っている刀がダメになれば、次々に刀を取り替え戦い続ける。

鬼丸国綱、大典太光世、三日月宗近と国宝級の名刀を使い潰し、九字兼定を手に戦っている。

やがて二条御所の彼方此方から火の手が上がり、二条御所が火に包まれ始める。

火を放った近習達が戻ってきた。

「上様。御生母の慶寿院様。側室の小侍従局こじじゅうのつぼね様は御自害されました」

「そうか、儂が将軍として不甲斐ないばかりに・・・・・あの世に逝ったら皆に詫びねばならんな」

足利義輝は少し寂しそうに呟いた。

「上様。我らはどこまでもお供いたします」

「そうか、ならばもうひと暴れ致すか」

近習の者達は三好勢と戦い始める。

足利義輝は長い時間戦い続け、髷は解けてざんばら髪となり、多くの斬り傷を負い、頭部や肩からも血が流れている。身なりはボロボロになってはいるが、まだ目には強い意志をみなぎらせている。

「くそ・何をしている・・・囲め・・・囲んで四方から押し倒せ」

三好義継の声で四方に畳を構えた兵が押し寄せてきた。

畳越しに背後からの槍が背中を刺し、正面の畳越しの槍が右脇腹を貫く。

片膝をつき、血を吐く足利義輝。

とどめを刺そうとする三好の兵を気力を振り絞り斬り倒す。

「「上様」」

生き残っている近習達が近寄る敵を斬り倒し駆け寄る。

「儂・・儂の首を渡すな。儂を・・・二条御所へ・・・」

足利義輝は、近習に支えられ燃え盛る二条御所に身を投じた。

「クククク・・・もはやこれまでか・・・貴様に儂の首をくれてやる訳にはいかん。儂の首が欲しくば、貴様自らここまで来るがいい。そんな度胸もあるまい。ハハハハ・・・・・」

燃え盛る炎がやがて足利義輝を飲み込んで全てを燃やし尽くしていった。

その紅蓮の炎は長く燃え続け夜空を赤く染め、その夜空を一際大きな流れ星が駆けて行った。

京の都から離れた地でその流れ星を見ていた老人は、流れ星向かって手を合わせていた。

「上様。逝かれたのか・・・」

流れ星に手を合わせていたのは剣聖塚原卜伝。

いつまでも手を合わせ、自らの全てを教えた弟子の冥福を祈り続けていた。

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