どうも異世界から越してきました。

仮面の兎

第1幕

Chapter:1 




いつもより生暖かい風が肌に微妙な違和感を覚えさせた。

商人の娘・アスカ・ファーヴァイアンはとてつもない希少な肌なのだそう。

気候に敏感であり稀に切り刻まれても流血せず止血が自動でされるという。

その肌を使い、勇者になろうかと悩んだことがあったが、泣きながら訴える母と父を手放せず、勇者は一旦取りやめ将来はケーキ屋を開こうかと考えている。

親には申し訳ないが、ここを継ぐことだけは本当にご勘弁だ。

なんだってここは"なんでも屋"。

相手の依頼全て必ず成し遂げなければならないというなんとも理不尽な店だ。

労働からペットの散歩まで……時には命に関わることだって成し遂げなければいけなないというのだから、営業十数年の今でもアルバイトを雇えず親二人だけで頑張っているのだそう。

しかも一人分の日給は0.7ゴールドから0.8ゴールド。

日本円に直すと100円程。

崩壊寸前ギリギリ企業というわけである。

毎日の食卓だって、1日の給料はパンひとつ分なのだから、それを家族三人で食べ分けている現在進行形のシビアな状態だ。

そしてもう一つ、ペトラクレアの平均気温は-5°程。

そんな凍え死にそうな場所で依頼を全て引き受けろと?

気温に敏感な私の肌じゃろくに仕事もしてられない。

ろくに仕事もできないといえば、私の古臭った家には暖炉さえないのだ。

肌が寒さに耐えられず気絶したこともあったが……母の決死の看病で何とかなったことがある。

貧乏な事には日々親からの謝罪を受けているが、そんなことで子供に土下座をかます親はどこにいるんだ?

いるわけないだろう。とでも言いたかったが、昔っから親に土下座をかまされてきた私が言えることではない。

それにしても今日は暖かい気候だ。

今のペトラクレアの平均気温は……あれ、昨日までは-3°程じゃなかった?

だけれど、今私を取り囲んでいるのは家の隙間から入り込んだ北風ではなく、城の近くでよく感じるという暖かく包み込まれるような風だ。

確かに昨日までは-3°だったのに……。

ちょうど母と一緒に寒さで凍った池を靴裏で破壊して水を汲みに行っていたはずだ。

そんな明らかにおかしい暖かさは、頑張れば疑問に思えるけど、今はちょっと……。

「ふがァ……すぴー」

凄まじい眠気は気温に敏感な肌でも防ぐ強烈なものだった。

私にとって"睡眠"とは"快楽"の証。

いつもなら母・イロニに布団を引っ叩かれ苦痛に耐えながら起きる運命だったが、今日は何故かその邪魔も入らない。

まさに天国と同レベルな快適さだと彼女は思った。

その快楽もつかの間、睡眠の欲を取り払ってまぶたを開ける準備に取り掛かった。

流石におかしいとでも思ったのか。それとも朝食の欲に押されているだけなのか。

それは彼女にしかわからない。

案外イロニの引っ叩き起こしがなければ一人で起きるのに手こずった。

二度寝の欲を追い払って、唯一動かせる手でまぶたをこじ開け……。

やっとのことで上半身を起こすことに成功した。

「んぁ~っ」

声と同時に背伸びをする。

そして背中を前にやったり横にやったり不規則でしっちゃかめっちゃかに動く。

朝恒例の我流ストレッチだ。

ストレッチが終わった後、洋服等に不信感を感じた。

いつもより肌触りの良い質。ざらざらな我が家の服とは大違いだ。

寝起きなだけあって視界がぼやける。

でも、そんなぼやけた目でも服の色だけは認識することができた。

「なんだコレ!?我が家の服じゃない‼」

新しく服を買ってきてくれたのだろうか。

それにしては肌になじむふわふわの素材に見たことのない形。

「おとぉさ~ん‼この服何!?新しく買ってきたやつ!?めでたいことでもあったの!?」

瞬時に思ったことをべちゃくちゃ喋る。

こういうところはお母さん似なんだよね。

見た目はお父さんお母さんが合体したみたいな感じなんだけど、性格とか好みとかは、だいたい同性のお母さんと同じなんだ。

……ってか、今気づいたけど。

話した割には返事がないし、それどころではないほどに、周りが見たこともない異空間と化していた。

ここはどこだろう。

そんな言葉が脳内に埋め尽くされるように感じた。

服の素材が違うのもそのせいか。

3m×3mくらいの部屋を足音を立てずに静かに探索を始めた。

真っ白の壁。まだ新築なのだろうか、ぴかぴか過ぎて目が眩しい。

意外にこういう場面で冷静なのが自分でも疑問に思える。

火事場のバカ力とはまた別の……なんというか。

黙々と探索と進めていると、戸棚に姿見が設置されていることに気が付いた。

一応自分の姿をチェックするべく姿見の前に顔を出した。

セミロングの茶髪。さらさらしていて見るからにさわりたくなるような見た目。

震える手で髪に触れると、掴めない程軽い質のようだった。一本一本の繊維が細く、それがこの質感の理由の一つなのかもしれない。

瞳は印象薄いアクアマリン。海深くというよりかは、浅瀬と深瀬の境目ぐらい。

髪の質が良い点を省けばペトラクレアにいたときの私と全く同じだ。

今度は服装と身体。

服はミント色の長ズボンに上は桃色で無地のTシャツ。

私にとって人生初の豪華すぎる服である。

体は150cm程だろうか。

唯一の自慢であるスリムで痩せ型。セミロングの茶髪と程よいバランスを保っていて、ギリ美少女……じゃなかった人みたいな。

肌は白目でここまではペトラクレアの私と同じ。

環境が変わっても見た目だけは変われないのだろうか。

せめて美少女にでもなりたかったけど……。

叶うはずのない無い物ねだりに、はぁ、とため息交じりのあくびが出る。

「アスカ。朝食はいつもここに置いているでしょう。無駄な大声を出してアスナが起きちゃったじゃないの」

部屋の奥から口調は上品だけれど、いかにも嫌味っぽそうな文句が聞こえてきた。

母親でも叔母の声でもない。

不法侵入者!

アスカは一瞬でそう認識し、もちろん返事をせず、数分間部屋に閉じこもった。

出ることが怖く、ドアノブに手を差し伸ばせば、恐怖で目がくらみ、また壁の端っこによりかかるという、何とも未知過ぎる行動を数分間続けた。

これを見れば、どれだけ決断力がないのだろうかと自分でも感じれる。

その十数分後、脂質の扉がそーっと開かれた。

開けた主は、そう。やっとのことで外を確認することができたアスカであった。

ドォォォォオン‼

「12分15秒」

「……!?」

勢いのある音と共に、目の前には……抑えきれない怒りで鬼と化したであろう不法侵入者が壁を……ぶち破ってる……!?

父がこの場にいたならば、必ずこう言っていただろうに。

今の音……いいね。筋がある。私の店に雇ってみないかいな?

父の誘い方の癖は少し呆れているが、それでまだ一人も雇えていないというのだから、"無理""めんどい"なんぞ言われているのであろう。

雇に誘われた彼らの顔を見れば、そんなことすぐに確信を持てる。

そう一人部屋の中で考え込んでいると、鬼と化した人間がこちらへ顔を向けていることに気が付いた。

「あ~す~かちゃ~ん!いつまで部屋にこもってるのかしらっ。中学校初日早々遅刻をするつもり?」

早く準備!と私の背中を押し急かす侵入者は、私が想像していたのとは程遠く、まるでそこら辺のお母さんのよう。

いや……お母さんなの?

よくよく考えてみればここは我が家ではないのだ。

もしかしたら、ここは彼女が領主として頂点で活動しているのかもしれない。

私があんなボロ家に住んでいることが痛ましいと思い、私だけでもとここに引っ越しを命じてくれたのだろうか。

そして今現在私がここに雇わせてもらっていると?

なんと、私はそんな心優しき領主様にとんでもないご無礼を‼

前を歩く彼女に一際謝罪をしなければ。

「……あの」

「あら…どうしたのかしら。口調がいつもと違うじゃない……の……」

後ろを振り返った彼女の顔は……今は見えないけど、素晴らしい顔をしているんだろうな。

だって、私の土下座が目の前でかまされてるんだよ?

ボロ家出身のこの子は、こんな気が使える娘だったの!?私の自慢よ‼ウフフフフとでも言ってるのだろう。(完全妄想)

顔を上げてみると、もう見なくても感じ取れるような嬉しそうな笑顔。

…………の、逆。

何か異様なものでも見るような眼差し。口角はあらぬ方向に歪んでいる。

それでもケガレほどとは思ってないらしく、ちゃんと愛情のこもった瞳をしていた。

はっ!もしや何かこの私が癪に障ることでも!?



「 大 変 申 し 訳 ご ざ い ま せ ん で し た 、 お 母 様 ‼ 」



そう、また頭を床にくっつけると、今度こそはキャァァァアアと奇声を上げられてしまった。

これもまた彼女の愛情表現なのだろうか。

早々領主様から……ここで言えばお母様から好感をお持ちになれたぞ‼

「ナハハハハハハハ……」

そんな笑い声が、家中へと響き渡った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る