第5話「君は私の彼氏だよ」

 霊が見えるようになった以上に、ボクの身体には大きな変化が訪れようとしていた。女の子としての第二次成長期がはじまったのだ。簡単に言ってしまえば、胸が大きくなりはじめた。アソコはとっくになくなっていたんだけど、身体が本格的に女の子になって行くのは怖かった。悪霊なんかより、よっぽど怖い。治療を受けたことで、戸籍上の性別ももうすぐ女性になる。

 改めて、女の子になってしまったことを自覚すると泣きそうになる。このところ、ボクは情緒不安定になっていた。

「そんなに女の子になるのが嫌なら身体、私に明け渡してくれればいいのに」

 ユミは好き勝手なことばかり言っている。ムカつくから絶対にこいつの思い通りにはさせない、という気持ちが沸いてくるんだ。

 だからと言って、ボクの頭の中の悪霊と喧嘩していたって問題は何も解決しない。学校のこととか、これからの生活のこととか、色々と考えなきゃいけないんだけど、まずはリカだ。女の子になってから、もう二ヶ月以上が経ったんだけど、いまだに彼女には打ち明けることができないでいた。

「冴が言いにくいんだったら、私が代わりに言ってあげようか?」

 こいつにはボクの悩みなんて絶対にわからない。そもそもわかろうとすらしないだろう。だって、ユミにとってボクはどうでもいい存在なんだから。同時に、ボクにとってもユミはどうでもいい存在だ。それなのに勝手にボクの中に入ってきて、あろうことか身体を女の子に変えてしまった。

 高校生にして、人生計画が完全に狂ってしまった。膨らみ始めた胸がシャツに擦れて、ちょっと痛い。ついこの間まで男の子だったのに、もうすぐブラを付けなきゃいけない身体になってしまったんだ。


 いつかはリカに全部話さなきゃいけない。そうわかっていたけど、つい先延ばしにしてしまう。

「君、なんかちょっと雰囲気変わったんじゃない?」

 リカのそんな言葉にドキッとする。まだ気付かれるほどに身体は変化していないはずだ。

「そう?ちょっと髪伸びたからかな」

 動揺していたけど、悟られないように落ち着いた声で答えた。

「違うだろ。おっぱいが大きくなってきたんだろ?」

 ユミの言葉には別に動揺しない。無視することにも慣れてきた。

「前よりかわいくなった気がする。女の子になった方がいいんじゃない?」

「冗談でもそんなこと言わないでよ。リカはボクが女の子になってもいいの?」

 今度は動揺が言葉に出てしまった。冗談で流せるほどの余裕は今のボクにはなかった。

「ごめん。君は男の子だもんね。そして、私の彼氏」

 彼女にまで動揺が感染してしまったみたいだ。ちょっと気まずい空気になる。やっぱり、女の子になったら彼女とは別れることになるんだろうか。心のどこかで、彼女がそれでもボクを好きでいてくれるんじゃないか、って期待もあった。それはないか。ボクは女の子になることで、リカの彼氏じゃなくなったんだ。これは裏切りだ。ボクの意思じゃないけど。

「私のせいだって言いたいワケ?」

 どう考えてもお前のせいだろ。

「もうすぐ夏休み終わっちゃうね。今年海に行ってないなあ」

 去年の夏休みはリカと一緒に海に行った。女の子になっちゃったら、もう二度と海には行けない。今の時点でも、ちょっと厳しいかもしれない。

「ボクがずっと体調悪かったから。ごめんね。来年は行こうよ」

 ボクは絶対に果たせない約束を口にしてしまった。

「冴は嘘つきだなあ。それとも、来年の夏はビキニでも着て彼女と海水浴にでも行くつもり?」

 そんなことできるわけない。今日はいつも以上に悪霊の声がうるさく、鬱陶しく感じる。

「そうだね。夏は来年もやってくるもんね。せめて、花火大会行こうよ。今週末」

 夏の終わりの花火大会。賑やかで楽しいんだけど、ちょっとだけ寂しくて切なくなるイベントだ。

「そうだね!体調も大分よくなったし、花火大会行こう」

 その位近い約束ならちゃんと果たせそうだ。彼氏として。

「私、花火嫌いなんだけど」

 お前の意見は聞いてない。でも、確かに賑やかな花火大会に悪霊は似合わない。嫌なら身体から出て行ってくれてもいいんだけど。

「出て行くわけないじゃん」

 花火大会くらいで出て行ってくれるわけはないか。やっぱり、まだまだこいつとの同居生活は続くみたいだ。

「君、最近考え事してるみたいだけど、何かあったの?」

 ユミがうるさく喋り続けるから常に頭が回転している状態だ。多分、それが考え事に見えるんだろう。ある程度は無視できるようになったんだけど、さすがに声を聞かないことはできない。なんとか対策しないと日常生活にも支障が出るかもしれない。

「いや、別に考え事してるわけじゃないよ。身体の治療で使ってる薬のせいかも」

「治療は順調?」

「うん。順調」

「そうだね。おっぱい大きくなってきたもんね!順調、順調!」

 余計な合いの手を入れてくる。事実だから、ムカっとする。

「だったら、もうすぐ君はかわいくなくなっちゃうんだ。もったいないなあ」

 逆なんだけど。やっぱり、どうしても本当のことを話す勇気が湧いてこない。それより、少しでも長くリカの彼氏でいたいと思った。いつまでも続くわけじゃないんだけど、せめて今だけは。

「悪あがきしちゃって。往生際の悪い男はモテないぞ!あ、もう男じゃなかった」

 悪霊が笑う。殴ってやりたい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る