第4話「霊能者に進化した」

 リカに借りた本やDVDをチェックしはじめてはみたものの、胡散臭いものも多くてどこに行けばいいのかまるでわからない。

「さっさと行くぞ」

 悪霊は相変わらずうるさい。

「どこに行けばいいかわからないだろ」

 そのタイミングで、DVDを流しっぱなしのディスプレイに見たことのある景色が映った。テロップを確認すると「旧Tトンネル」とある。間違いない。ここから自転車で二十分くらいのところにある古いトンネルだ。

「これ、近くだな」

「じゃ、行くぞ!すぐ行くぞ!」

 前、リカと一緒に行ったことがある。旧とついているけど、新トンネルが出来た後も人道トンネルとして使われているから自由に出入りできる。確かに心霊スポットとしてそこそこ有名な場所だけど、私有地や危険な廃墟というわけではないので、肝試し感覚で気軽に行けてしまう。この場所では、若い女性が暴走族のグループに乱暴された挙げ句、殺されたという曰くがあるらしい。恨みを持った女の霊がここを通るものを襲うというありきたりな怪談の舞台だ。

「前、行ったことあるけど何もなかったよ」

「いや、ここはいるね。だいたい冴は見えないだろ?」

 確かにどんな有名な心霊スポットに行っても霊の姿なんか見たことがない。この悪霊の声は聞こえたけど、姿を見たわけじゃないし。

「見たことないけど」

「だったら、いても気付かないだろ。すぐ行くぞ」

 そう言われると、本当にいるのか確認したくなってしまう。オカルトには興味がなかったけど、好奇心は旺盛な方だ。

「夜まで待たなくていいの?」

 まだ昼過ぎだ。天気が良くて、当たり前だけど外は明るい。

「夜に行く必要ないだろう。冴は幽霊は夜しか出てこないとでも思ってる?昼間でも普通にいるよ」

 考えてみたら、肝試しに行くわけじゃないからわざわざ雰囲気はいらない。だったら夜を待つ必要なんてなかった。

「じゃ、行こうか」

 体調は万全じゃないけど、大した距離でもない。ボクは久しぶりに自転車に乗って出かけた。


 前にTトンネルに来た時は夜だったからそれなりに不気味だったけど、明るい時間に来てみたらただの古いトンネルだ。完全に使われてないわけじゃないからそれなりに手も入れられていた。

「全然いそうな雰囲気ないんだけど」

「いや、いるよ」

 悪霊からそう言われると、信じるしかない。やっぱりボクには見えないんだけど。

「中に入れ」

「人使いの荒い悪霊だな」

 トンネルの中はひんやりとしていた。八月末なのに、日差しがないだけどこんなに気温が違うものなんだろうか。それとも、ここにいる何者かのせいなのか。

 そんなに長いトンネルじゃないから、入ってすぐに出口が見えている。そしてトンネルのちょうど真ん中くらいのところまで来ると悪霊から次の指示だ。

「止まれ」

 逆らう意味もないので、従って足を止める。

「振り返ってみろ」

 誰もいないと思って振り返ると目の前に霊がいる……怪談では定番の展開だ。どうせボクには見えないんだろうけど。そんなことを考えながら振り返ると、目の前に女の姿があって思わず短い悲鳴をあげてしまった。

「こいつだね。なかなか強そうだ」

 ユミは嬉しそうだ。でも、ボクにはどう見てもその女は強そうには見えなかった。どちらかと言えば弱々しい感じだ。少し冷静になって、女の霊の姿を観察してみた。喪服みたいな黒い服を着た髪の長い女。顔は髪に覆われているせいでよく見えない。でも、若そうだ。

「で、どうするの?」

「ぶっ殺す」

「もう死んでるんじゃないの?」

「どうでもいいだろ、そんなこと」

 ユミと話し合ってると、いきなり女の霊が消えた。

「上だよ」

 ユミの声に慌てて天井を見上げると、さっきまであったはずの電灯が見えなくて真っ黒だ。一瞬で闇に包まれていた。

「何だこれ」

「飲み込まれた。冴がグズグズしてるからだ。こいつ強いって言っただろ。人間くらい簡単に飲み込んで殺せるんだ」

 霊に殺されるなんて考えたことがなかった。

「いや、死にたくないんだけど。どうすればいいんだよ」

「冴じゃ勝てないだろう?」

 当たり前だ。そもそも、どう戦えばいいのかわからない。真っ暗だし、逃げ出すことはできなそうだ。いつの間にか押してたはずの自転車まで消えていた。

「勝てる気はしないけど」

「だったら身体寄越せよ」

 どうすればいいのかわからないんだけど、とりあえず身体を委ねるイメージをした。

「貸すだけだ」

 次の瞬間、身体の感覚がなくなった。なんとか入れ替われたらしい。

「よっしゃ喧嘩の時間だ」

 言いながらユミは腰を落として拳を闇に突き刺した。すると、闇が破れて、弾けた。そして、さっきまでの景色が帰って来た。とりあえず助かったみたいだ、と安心した次の瞬間、ボクのTシャツの右肩の辺りが裂けた。続けて女の霊が鈍く光るものを振り回す。包丁だ。

「霊が武器使うのかよ。ていうか、物理攻撃とか反則だろ」

「喧嘩に反則なんてねえよ」

 ユミは身体を捻りながら、包丁を躱す。ボクの身体なんだから怪我は勘弁して欲しい。

 女の霊は振り回してるだけでは当たらないと悟ったみたいで、次は突進してくる。一気に距離が詰まって、包丁がお腹に刺さる直前で、ユミが繰り出した拳が霊の顔面を捕らえた。女の身体が二メートルくらい吹き飛んで、地面に転がっていく。霊なのに、随分と実体っぽい転がり方だ。

 ユミはそのまま女の身体に飛び乗り、マウントポジションを取って顔面にさらに拳を叩き込んでいく。ボクは自分の拳が心配になった。

 霊が完全に動かなくなって、ユミはようやく立ち上がった。

「死んだな。私の勝ちだ。じゃ、帰るぞ。肩痛えから身体返すわ」

 身体の感覚を急に戻されて、ボクはその場に倒れ込みそうになってしまった。体中が痛い。特に肩。シャツが裂けていて血が滲んでいた。そんなに深くはなさそうなんだけど、痛いもんは痛い。

「身勝手な悪霊だな」

「私の強さを思い知っても、まだそんな生意気な口を利けるのか。大した度胸だな」

 倒れて動かない女の霊に目を遣る。

「あれ、どうなるの?」

「ずっとあのままだよ」

「え?なんか消えて成仏したりしないってこと?」

「悪霊になった霊が成仏できるわけないだろ。霊になってもう一回死んだら終わり。あのままずっとあそこに倒れてる」

「いやいや。あんなとこで倒れてたら事件だよ」

「どうせほとんどの人間には見えないから関係ないだろ」

 それはそうだけど、霊の世界の常識はボクの想像を超えている。驚き疲れてしまう。

「そういえば、なんでボクも霊が見えるようになったんだろ?さっきの奴はっきり見えた。ていうか、今も倒れてる姿がはっきり見えてる」

「知らん。でも、多分私の影響なんじゃないかな。おめでとう。冴は霊能者に進化した」

「そんな進化いらないけど」

 内心、ボクはちょっとワクワクしていた。これまで見えなかったものが見えるようになる。新しい世界が拓けるんだ。

「じゃ、ここには用はないから帰るぞ。次の場所探すぞ」

 いつの間にか夕方近くになっていたけど、トンネルを出るとまだまだ暑い。そして、体中が痛い。

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