悪霊に乗っ取られてる間に女の子になってました
ヨシモトミキ
第1話「男でも女でもある」
ボクは普通の男子高校生だった。普通に高校に通ってて、友達もそれなりにいて、彼女だっていた。でも、何かちょっとだけ違うような気もしていた。その違和感の正体に気付いた時、これまでのボクの人生は否定されてしまったんだ。
ボクには性別がなかった。男でも女でもない。そういう体質らしい。だから、ボクは男の子として生きてきたけど、あまり男らしい体つきにはならなかったし、声変わりもしなかった。第二次成長期が来なかったんだ。でも、あまり気にしてなかった。中性的であることは現代ではモテる要素にもなる。
ボクの身体は男でも女でもあった。でもどちらもまだ機能していない。治療を受けることによって、ようやく機能しはじめるらしい。便利な身体だ。結局、どちらかしか選べないんだから、何のメリットもないんだけど。
ボクは普通に男の子として生きることを選ぶはずだった。それなのに、とんでもないことになってしまったんだ。
「だから君って男の子なのにかわいいんだね」
彼女のリカにだけ、ボクの身体のことを話した。黙っていても良かったんだけど、話しておいた方がいいと思ったから。
「男にかわいいは褒め言葉じゃないからね」
「でも、ちょっとうれしいくせに」
確かに、悪い気はしない。昔から格好いいって言われることはほとんどなくて、かわいいという評価だったから。言われ慣れていたのかもしれない。
「これから治療受けたら男らしくなるし」
「ちょっともったいない気もするなあ。でも、君が女の子になるのも嫌だし」
「女の子になんかならないよ!」
「じゃ、今のうちにかわいい冴を楽しんでおこうかな」
彼女はそう言いながら、ボクの唇にキスをした。ボクは慌てて周囲を見渡したけど、誰もいるわけがない。ボクと彼女がデートに使ってるのは心霊スポットとしても知られてる廃神社だ。もう暗い時間だし、誰も来るわけがない。
「そういえば、ここって心霊スポットとか言われてるけど、何か曰くでもあんの?」
ボクはオカルトをまったく信じない。だから、心霊スポットなんか全然平気だった。
「明治時代、この辺りに結構なお金持ちのお屋敷があったんだって。そこのお手伝いさんの女の人がものすごい美人だったらしいの。で、女好きだったそこのご主人は手を出しちゃうの。そして、それがバレたせいで奥さんとその取り巻きから壮絶なイジメをうけることになったんだって。最後には髪の毛に火を付けられて顔や頭に大やけどを負わされたんだ。家を飛び出したその女の人は、この神社の井戸に身を投げたの」
彼女はオカルトオタクだった。だから、ボクとは違った理由で、心霊スポットが平気だった。それどころか、好んでいた。
「どっかで聞いたことあるような話だね。怪談の定番的な」
「でも、その女の人が亡くなってから、そのお金持ちの一家は謎の病気になって苦しみながら死んじゃったんだって。この神社の神主さんも同じように死んじゃったらしい。きっと、その女の呪いだね。その井戸、今も残ってるんだ。行ってみる?」
言いながら彼女はもう歩き始めている。止めたって無駄だから、仕方なくついて行くことにした。廃墟となった建物の横を通って裏側に回ると、すぐのところに井戸があった。もう六月なのに、そこだけ少し肌寒い感じがした。きっと、気のせいだけど。
「これがその井戸。覗き込んだ呪われるんだって。冴、覗いてみてよ」
さすがに、ちょっと嫌な感じがしたけど、怖がってると思われたくなかったから、仕方なく井戸に近づく。淵まで来ると、さすがに嫌な感じがしてやっぱりやめようかな、と思った瞬間、頭の中に声が聞こえた。
「来て」
咄嗟に下がろうとしたのに、身体が言うことを聞いてくれない。ボクはそのまま井戸を覗き込んでしまった。
「ありがとう」
さっきより鮮明に声が聞こえる。女の声だ。慌てて振り向いたけど、リカの口は動いてない。さらに声は続ける。
「やっと入れる人が来てくれた。あ、でもあなたの意識もあるのね。ちょっと邪魔だけど我慢してあげる」
ボクの身体は勝手に動いて行く。鳥居の方に向かって歩いていた。
「ちょっと、どうしたの?」
彼女が追ってきたけど、ボクは何も言うことができない。確かにボクの意識はあるのに、身体が乗っ取られている感じだ。いや、完全に乗っ取られていた。
「あなたの意識も大体読み取れた。これから、私があなたとして生きてあげるから安心してね」
やめろ!
強く抵抗する。すると、急に身体の感覚が戻って、へたり込んでしまった。
「あら?案外、あなた強いみたいね。私から身体を取り戻すなんて。まあ、いいわ。面倒だから必要な時だけ使わせてもらうわ」
頭の中の声は勝手なことを言っている。信じられないことだけど、ボクの中にもう一つの意識が入り込んできた。そして、身体を乗っ取られてしまう。
「急にどうしたの?何かあった?」
彼女が手を差し伸べてくれた。素直にその手を取って立ち上がる。
「嫌、なんでもないよ。なんか寒かった」
こんな話、彼女にしてしまったら大騒ぎしはじめるから、言わなかった。そもそも、どう説明すればいいのかもわからないし。
「そっか。もうこんな時間だし、そろそろ帰ろうか」
「そうだね。送っていくよ」
その日はそれ以上、頭の中の女は何もしゃべらなかった。気のせいだったらいいのに、って思ったけど、翌朝になってボクは現実なんだって思い知らされることになる。
翌朝、ボクは女の声で目を覚ました。
「冴、起きな」
飛び起きて周りを見渡したけど、誰もいない。そして、昨晩のことを思い出した。
「なんでボクの名前、知ってんの?」
会話を試みる。周りからは独り言にしか見えないんだろうけど。
「入った人間の情報はいくらでも読み取れるものよ。だから、冴が置かれてる状況はだいたい理解した。ちゃんとあなたとして生活できそうね。慣れは必要かもしれないけど」
「いや、勝手に入ってきて何?出て行ってくれないの?」
「出て行くわけないでしょ。入れる人間を見つけたのは三十年ぶりなのよ。でも、普通は入った瞬間にその人間の意識はなくなるはず。でも、あなたの意識が残った理由がわかったわ。冴って、男でも女でもあるのね。だから二つの魂が共存できてしまった」
「言ってる意味がわからないんだけど」
「あ、声出さなくても言葉を意識したら会話はできるよ」
「早く言ってよ」
耳を澄ましてみたけど、家族はまだ起きてないみたいだ。
「でも、心配しないで。あなたの意識は消えるから。治療を受けることになるんでしょ?せっかくだから女の子にしちゃおう。その方が慣れてるし。どうせ、あなたの意識は消えるんだからいいでしょ?」
「勝手なこと言うなよ」
「どうせ逆らえないよ」
次の瞬間、身体の感覚がなくなって、勝手に動き出した。
「意識があるまま、自分の身体が変わっていく、そして自分が消えていくのを感じるってのも残酷なものね」
ゾッとした。こいつ、話が通じる奴じゃない。心霊スポットなんか、行くもんじゃない。今さら後悔したけど、全部手遅れだったんだ。
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