特殊部隊「その日はお仕事ですよ!」クリスマス編

梓馬みやこ

【前編】クリスマス(非)遅番 争奪戦

 そのクリスマスの夜は。

 ……夜勤の勤務希望の取り合いになった。

 天使の襲来から3年近く。「天使由来のイベント」ということで一度は姿を消したクリスマスだが日本人は理由をこじつけて見事に復活し、世間的にも平和になった今日この頃。


「俺は彼女と過ごしたいんだ。付き合って二年目のクリスマス。この日にこの先の人生設計がかかっている」

「オレは3か月です! 今後の継続に支障が出ないようにお願いします!」

「このご時世に彼女持ちがなんだというんだ。ぼっちじゃないメリクリのためにせめて日勤!」


 正しくは「遅番勤務したくない希望」である。

 彼らは久々の平穏なクリスマスを、それぞれ楽しみたいらしい。

 彼ら。主に武装警察特殊部隊の第一世代である通称「ゼロ世代」の面々は。


「まぁ、ずっと忙しくやってきたからこれくらいは楽しみたいっていうのはわかるけど……」

「誰かしらがやらなくてはならないことだ。七五三(しめ)ちゃん、よろしく」

「なんで!? 御岳さんこそいつも采配する側なんですからどうぞ!?」


 思惑は人それぞれ。

 特に予定がないやつも、彼女がどうのと主張されて面白くないのかいつものようにスムーズに調整が進まない。

 クリスマスは夜こそ忙しい。

 イベントとしても夜祭が一番盛り上がり、一番酒も入り、二人きりの時間を静かに過ごす人もいる一方、グループや観光客は一番騒ぎたい時間である。

 事件がなければ特に忙しくもない「遅番」だがこういうイベントの日は巡回強化されたり、酔っ払いが猛威を振るったり、何かと何かが起こりがちな日でもある。

 お楽しみの夜を過ごせる日に、何が悲しくて人間の暗黒面と向き合わなければならないのか。

 考えれば考えるほど回避したい事態ではある。

 そろって考えるから全員で沼にはまってしまったわけでもあるが。


「司、らちが明かないぞ。最悪、俺は出てもいいけどこれじゃ深夜勤も決まらない」

「最悪ということは橘も予定を入れたいんだろう。俺はお前のような奴にこそ休んでもらいたい」


 同期の喧騒を遠巻きにしたい気分で司は京悟と並んでいる。

 戦うおまわりさんの勤務体制は日勤、遅番、深夜勤の三交代制だ。

 司は調整係なのでこういう事態が起こると頭を抱えたくなるが、頭を抱えたところで何も解決しないのでもういっそくじ引きで決めてやろうかと暴挙が脳裏をよぎりもする。

 暴挙といえば、クリスマス出勤をかけたサドンデスでもいいかもしれない。

 でも本気でやりあいかねないので、そこはぐっと口にすることも抑える司。大人である。

 しかし確かにらちが明かないのは、過去の経験からしても明白だ。

 こんな時にいてくれると頼もしい人間もいるのだが……


「こんにちは、書類届けに来ました」


 このデータでやり取りの時代に、暇を見てはわざわざ担当外の書類を届けてくれる人間はいる。幸いなのは、それがこの事態を収拾する頼もしい人間と一致していたことだ。


「忍、あれをなんとかできるか」

「司くん、そもそも何が起こっているのか説明を」


 同期たちは「誰が一番クリスマス休暇を撮るのにふさわしいか」主張合戦を始めている。この場合は誰も休暇をやるとは言ってなかったはずだが。


「クリスマスの夜の遅番を押し付けあっている」

「そっか」


 忍への説明はほんの20文字で済んだ。それだけで国語の要約テストも真っ青な伝わりっぷりである。


「このご時世だから、大事な人とのつながりを大事にしようというのはよくわかることだけどね」


 そうなのだ。

 天使が襲来してたくさんの人が死んだ。

 それこそ恋人を亡くした人もいるし、友人、家族、大切な人を失わずに済んだ人間のほうが希少だろう。

 だから本当にくだらない争いに見えるこのやりとりも、本当はとても真っ当な心根ではある。


「よし。戸越さんが来たから第三者に誰の人間関係を一番重んじるべきか、客観的に判断してもらおうじゃないか」


 本当にくだらない争いにしか見えないから困る。


「人間関係の大事さなんてそれぞれでしょう。そもそも他人に判断できることじゃないのでは」


 特殊部隊の面々が割と好きな忍もここはずばりと言い切った。説教する気はないようでただの素直な感想だろう。

 それがずばりと聞こえるということはおそらく、図星をついている。


「みんな大事な人を亡くしたから、誰かを大事にしたいのはわかるけど……でもそういうのここにいる皆が一番よくわかっているんじゃないですか。だって大事な人を守りたくてこの仕事に就いたんですよね?」

「……!!」


 それはこの部隊の特殊性にある。

 対天使部隊として当時近々に立ち上げられた組織には、当初、そんな志を持つものが何百と集まった。

 けれど結局、厳しすぎる訓練に残ったのはたったの18名。そこにたどりつくまでにどれほどの意志の強さが要されたのか、司もよく知っている。


 なのになんだろう、この緩みっぷりは。

 しばしば忘れかけられる初心を、見事に忍は思い出させてくれたようだ。全員がはっとしたように静まり返った。


「しかし大事な人を守りたいのに、いざ緊急事態になると、大事な人をほっぽって市民を守らなければならないという公僕の矛盾」

「……!!!!」


 常に中庸な忍は、常にいろいろな角度からものを見るため、大体いろんな可能性を示唆してくれる。

 誤解されがちだが基本、素直である。事象に素直すぎて、表裏一体の真実に到達してしまうケースも稀ではない。


「忍、この場合、それは要らない」

「司くんには森ちゃんをしっかり守ってほしいと思う一方、全然家族でクリスマスも過ごせないことに私は疑問を生じている」


 そうだな。まぁ森はクリスマスにはあまり興味を示さないタイプだけどな。

 公僕はつらい。


「せめてクリスマスくらいは……!」

「今年のクリスマスは彼女と過ごす一年目……!」

「くじ作るから引いてください」


 客観的な第三者によって作られたくじは、誰の反感を買うこともなく公正公平に受け入れられた。

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