第一章~⑧
真理亜の仕事の性質上、お金に関するトラブルは付き物と身に染みている。その中で最もよく起きるのが相続問題だ。現に以前顧客が殺された事件でも、遺産相続から新たな犯罪を招いてしまった。
あの時、真理亜自身まで容疑者の一人に名を挙げられ、刑事達からしつこく尋問を受け酷い目に遭った。けれどその出来事があったおかげで、優秀な県警刑事とのパイプが出来たのは確かだ。しかもその後、国際問題へと発展しかねない為に公にされなかったある大事件に巻き込まれ、その解決にも携わった経験もある。
普通の人なら滅多にしない体験ができるのも、この仕事の醍醐味と言えるかもしれない。
そう考えれば、直子や久弥との話し合いなど揉め事とまで呼べない
けれどこうして新たな問題が起こり、限られた部屋への侵入者を考慮すると、彼らが全く無関係とは考え難い。その為に当時のやり取りの際、二人がどういう行動を取っていたかを思い出す。
確か甥の久弥は帰るまで、一度も席を外さなかったはずだ。対して姪の直子は、真理亜が追加の説明資料を出そうと目を離した隙に席を立っていた。彼女が戻って来た時に本人にも確認した際、トイレを借りただけだと答えていた記憶がある。
けれど彼女が部屋に入った際の手荷物は、小さなハンドバッグだけだった。指輪だけならいざ知らず、大きなブランドバッグを隠すのはまず無理なサイズだ。しかし隠されていた場所や二つの持ち物の関係を考えると、バッグだけ別の人物が置いたとも思えない。
そういえば中身は見えなかったけれど、久弥はバッグや犬の遺体が入る位の大きな紙袋を持っていた気がする。けれど彼はソファから動いていないし、遺体が入っていれば多少匂いがするなど違和感を持ったはずだ。
二人のどちらかに合鍵を作らせる真似など、弥之助がする訳もない。それならあの時以外に部屋へ侵入することは不可能だろう。といって絶対合鍵は作らず、誰にも渡していなかったかは定かでない。また第三者が勝手に作成した可能性も考えられる。
用心深かった弥之助の目を盗み、予備キーを入手するのは困難だろうし簡単に製造できないとはいえ、3Ⅾプリンターを使うなど世の中には様々な裏の手が存在するからだ。
一応メーカーに再作製した形跡があるか、問い合わせておくのが無難かもしれない。同時に改めて弥之助の人間関係を洗う必要性を感じた。
委任契約を正式に結ぶ前、顧客のリサーチはある程度かけている。だがその調査書を見直すと共に、葬儀の際に作成した
その中に該当しないのは、部屋の物品の見積もりや片付けを依頼した業者くらいだ。彼らが犯人だとすれば動機は不明だが、それでも念の為確認をしなければならない。
真理亜は優先順位を考えた。他人名義の通帳や指輪と高級バックはおいおい調べていけばなんとかなる。急ぐのは犬の遺体だ。このまま何もせず長く放置すれば、腐敗を進ませ匂いなどが発生してしまう恐れがあった。さらに動物愛護及び管理に関する法律に反する状態で居続けるのはリスクが高い。
本来なら警察に届け出たいところだが、まずは正当な形で処分、または管理保存しておくのが無難だろう。いや遺体の処分は、第三者の存在が明らかになるまで待った方が良いかもしれない。
そこでまたスマホで検索をかけて調べた。するとどうやら民間のペット霊園に依頼すれば、長期保存して貰う事が可能のようだと判明した。しかも各種手続きの中で弥之助が指定していた業者の中に、そうした名前があったと気付いたのだ。
さらに確認した所、市に依頼した場合だと遺骨の返却はできないと分かる。となれば個別の火葬、遺骨の返却を希望する場合は民間に依頼するしかない。
また民間業者のホームページを見ると、諸事情があり火葬まで少し時間が欲しい場合の対応も可能だとの記載があった。それならば正直に事情を説明し、遺体の本来の飼い主や部屋に持ち込んだ人物が解明できるまで待ってもらえばいい。
真理亜はその手続きを取ろうと決め、早速電話をかけて依頼を行った。詳細な説明は電話だと難しい為、出張料金を支払うので遺体の引き取りも併せ、こちらに来て欲しい旨を告げると快諾された。
これで取り敢えず懸案事項が一つ片付いたと考えていいだろう。そうなると残った問題は、誰がどのように、どんな理由でこの部屋に持ち込んだかだ。
動物の遺体、バッグと指輪と通帳等が入っていた二つの段ボール箱は、それぞれ業者が使用していたものとはそれぞれ異なっていた。特に通帳等が入っていた箱は、外に描かれた図柄やくたびれ具合等から、それなりに年数が経ったものと推測できる。
恐らく弥之助がこの部屋に引っ越してきた際か、あるいは生活する中で使用していた箱ではないかと思われた。
それに比べもう一つの箱は比較的新しい。そこから動物の遺体と、バッグなどを持ち込んだ人物は別々の可能性が高いと睨んだ。
もし同一人物であれば、一緒に入れても十分入る大きさだから別々に入れる必要も無い。つまり動物の遺体は箱と一緒にここへ置かれたと考えれば、合い鍵を持っていない限り直子や久弥である可能性は低い。
そうなると合い鍵を持った第三者か、遺品整理業者の中にいた人物の確率が高くなる。
真理亜の立ち合いの元、部屋に入り段ボール詰めしていた人数は三人だ。とはいえずっと監視していた訳ではない。彼らの作業中の多くの時間は、部屋の隅で持ち込んだパソコンを取り出して別の仕事に費やしていた。
またあの時は明らかにゴミとして出す物もあり何度も出入りしていたので、誰かが外から別の段ボール箱を隠して運び、動物の遺体を持ち込んでいたとしても気付かなかっただろう。
けれど作業員の名前はしっかり調べている。よってもう少し調査をして証拠を集め、三人と面談し問い詰めれば解決するはずだ。
そこで真理亜は再びスマホを取り出し、馴染みの調査員に連絡を入れていくつかの指示を出した。
この手のやり取りに慣れている彼は理解が早い。二つ返事で応じてくれた。
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