第一章~③

 真理亜の質問に、彼は意味深な笑みを浮かべ答えた。

「これでもあなたよりは二十年以上長く生きているし、それなりの修羅場をくぐってきた。人を見る目には自信があってね。だからこれまでは大事な資産を他人に預ける気になどならなかった。だけどあなたの目とちょっとした表情や話しぶりを拝見して、信用できると思ったから打ち明けたんだ」

「あ、有難うございます」

 評価されたのなら嬉しいが、そのまま鵜呑みにはできない。判断するには余りに短時間過ぎたからだ。よって真理亜達は用心した。

 けれどその後の調査や、弥之助との度重なる面談による要望の聞き取りなどを重ねる内、問題ないと会社は結論付けた。その為彼は真理亜の正式な顧客となったのだ。

 といっても当初は彼が運用に余り積極的でなかった為、ばらばらだった資産の把握と管理が主な仕事だった。

 それでも整理が進むにつれ、遊ばせておくのは余りに勿体ない資金が幾つかあると分かったので、試しに運用してはと何度か勧めたところ、渋々ながら承諾を得られた。するとそれが思った以上の運用益を出し、資産の増加に貢献できたのだ。そうすることで成功報酬を得られた会社や真理亜は喜んだが、肝心の彼はその結果に余り興味を持たなかった。

 一人身で財産を残す相手がおらず、高齢の為か気ままだけど質素な生活を送っていたからだろう。使いきれない額の資産が今更多少増えたってしょうがない、と笑っていた程だった。

 かつては手広く商売をし、多くの会社を立ち上げ儲けては潰しと、なかなか波乱万丈はらんばんじょうなビジネスライフを送ってきたらしい。一代で財を築いたやり手だったと、後に目を通した調査会社が作成した報告書で知った。

 これまでにも何十人と見てきた好色爺では、と疑っていた己の目を真理亜は恥じた。けれど他の顧客に無い、得体の知れなさは絶えず感じていた。だからずっと警戒心は持ち続けていたのだ。

 そうした状況が一変したのは、担当して一年が経とうとした時である。彼は末期がんに罹っていると分かり、容態を打ち明けられた上で、死後の財産整理を依頼されたのだ。

 それまでも定期的に病院通いをしていたことは、調査により知っていた。だがさすがに詳細な病状までは探れない。要するに彼がPA社の顧客となったのは、最初から遺産整理が目的だったのだ。

 長らく判然としなかった謎の正体はこれだったのかと気づき、その意図を理解した真理亜は彼の指示を受け、弁護士や不動産鑑定士、税理士や調査会社等、会社で提携する専門家達を従え、彼のマンションに通い詰め、遺言書や財産目録の作成等を行ったのだ。

 そうして病院で亡くなった弥之助の葬儀などを経て今に至る。だが最後の仕事に取り掛かった途端、難題にぶつかったのだ。

 再び通帳とカードと印鑑やバッグと指輪、そして段ボール箱を見つめ、深く溜息を吐いた。そういえば今朝出かける前の情報番組で何気に見た真理亜の今日の運勢は最悪、と言っていた気がする。

 占い自体はほとんど信じないし、お金を払いみて貰った経験もない。それでもつい習慣で目にしてしまうものだ。良い内容だと気分が上がり、悪い時は無視をしていた。けれど一日を振り返り、結果当たっていたなどと思った記憶など無かった。だが今日だけは違ったらしい。 

 そこで今度は鼻から深く息を吸い、口から大きく吐いてから思考を切り替え、冷静になって頭の中を整理した。通帳やバッグに関しては想定外だったが、遺産整理の一環として処理すれば済む。手間はかかるが何とかなるだろう。

 しかし一番厄介なのはあの箱の中身の処理だ。

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