第24話


「ふわあぁ……」


「「「「「っ……⁉」」」」」


 ただならぬ緊張感がこの場を支配する中、空席に座った生徒がそれを煽るかのように欠伸をする。


「フッ……。寝坊したせいで随分と遅れてしまったよ……。今日はGクラスから新人たちが来る日だというのに、やれやれだ。まったく、俺としたことが……」


「……」


 ま、まさか、本当にこの人物がボスだっていうのか……?


 僕たち新人が面食らうのも当然で、空席に座ったのがどんな厳つい生徒かと思いきや、いかにも真面目そうな黒縁眼鏡の男子だったのだ。


 僕みたいに着痩せするタイプなのか、彼は普通より筋肉質な感じではあるけど、それでも地味なんてもんじゃない。


 Fクラスのボスっていうから、一体どんな悪党なのかと戦々恐々としてただけに、イメージとはかけ離れた姿には驚きしかなかった。何より、不良にはまったく見えないので悪い冗談かと思ってしまう。


「「ププッ……」」


 タクヤとマサルなんて、ボスのほうを見て噴出してるくらいだ。けど、どうやらクラスの中で彼のことをボスと認めてないのは新人の僕らだけだったらしい。


 彼がやってきたことで、ほかの同級生は小鳥ちゃんも含めて一様に頭を抱えたり俯いたりして、これでもかと絶望的な空気を作り出していた。


「も、もうダメなのです……何もかも終わりなのです……」


 あの明るい桜井先生でさえも、魂が抜け落ちたかのような顔で体育座りする始末。あの、薄桃色のパンツが見えちゃってるんですけど。


「さて、と……。クラスの代表として、新人たちに挨拶せねばなるまい……」


 ボスの男はそれを嘲笑うかのように立ち上がり、ズレた眼鏡を持ち上げて涼しい笑みを浮かべてみせた。


「フッ……。授業が始まったばかりで悪いが、新人たちに自己紹介させてもらうとしよう……。俺の名は田中琥珀たなかこはく。見ての通り、このFクラスのボスだ。さあ、二度手間で悪いが、新人には立ち上がって自己紹介してもらおうか」


「「あぁっ……?」」


 これにはタクヤとマサルもお怒りの様子で、額に青筋を浮かべて立ち上がった。


「てんめぇ……言ってくれんじゃねえかぁ。いかにもガリ勉みてぇな陰キャがFクラスの番を張ってるってなぁ……。おい、笑わせんなよぉ⁉」


「んだんだ。タクヤの言う通りだっての。舐めんじぇねーぞオイコラッ! その眼鏡と頭をかち割られてえのかっ⁉」


「フッ……。なんとも野蛮な新人たちだね。そんな安っぽい脅し文句で、この俺が怯むとでも思ったのかい? 言いたくないのであれば、無理矢理にでも吐かせてやろう」


「「は……?」」


「まずはこいつからだ。長髪ピアスの男。お前は絶対にこれから俺に自己紹介を行う……」


「アホかよぉ、こいつ。誰が自己紹介なんてするかよぉ……ぎぎっ⁉」


 な、なんだ? 田中琥珀の指示にタクヤが歯向かった直後、目を剥いたかと思うとその場で卒倒してしまった。


「フッ。どうだ、今のザマを見たかね。私が決めたルールを破ったからこうなるのだよ。さぁ、とっとと起きろ!」


「……うっ……?」


 周りが静まり返る中、田中琥珀がタクヤの髪を引っ張るとともに激しくビンタして起こした。


「もう一度だけ言う。自己紹介したまえ。さもなくば、またあの耐え難い痛みが襲うぞ……」


「……い、言ううぅ。お、俺はぁ、赤間卓也ってんだぁ……」


「フン。それでいい。さぁ、これでわかっただろう。そこのクソ金髪頭、早く自己紹介したまえ、この粗大ごみめが」


「な、なんだとてめえ! ぶっ殺してやっ――ぎぎいっ……⁉」


 マサルが田中に殴りかかろうとしたものの、直前で派手にぶっ倒れてしまった。


 これは……間違いない。やつが決めたルールに背くと、気絶するほどの激しい痛みが発生する仕様のようだ。これはスキルによる可能性が高い。


「おい、さっさと起きるがいい、このゴミめがっ! さあ、早く自己紹介するのだ!」


「……あ、あ、あ……お、俺はっ、紫藤将ってんだ……」


「フン、出来損ないめが、よく言えたな。褒めてやろう!」


「がっ……⁉」


 殴られてまたしても気を失うマサル。


「こ……この野郎ぉぉっ――!」


「――フッ……俺に逆らうことは絶対にできない……」


「ぬぁっ……⁉」


 タクヤが背後から奇襲を仕掛けるも、新たなルールを破ってしまったせいか泡を吹いて倒れた。


「『絶対領域』……」


 そこでぼそっと呟いたのは汐音だった。どうやら一足先に『鑑定眼』スキルでやつのステータスを確認したらしい。僕もやってるけど今のところ成功してない。


「ほう……新人のレディーに俺のスキルを覗かれたか。まあ減るものでもないし別に構わんが、度胸はありそうだな。さあ、誰なのか名乗ってもらおうか?」


「私は……」


「……いや、ちょっと待って。彼女の代わりに僕が言うよ。彼女の名前は黒崎汐音だ」


「何……? お前には聞いていないはずだが、何故代わりに言ったのかね……?」


「ん-……なんか脅されて自己紹介してるみたいだし、これ以上君の言いなりになるのは癪だからね。それに、本人の口から名乗らなきゃいけないっていうのは、ルールでは決められてないよね? ちなみに、僕の名前は白石優也っていうんだ」


「……ほう、なるほど。ルールの裏を突かれたというわけか。フッ、まあいい。白石優也。お前の名前、よく覚えておいてやろう。この通り、俺がこのFクラスのボスだということは身に染みてよくわかったはず」


「うん、そうだね」


「あっさり認めるとは、不良の仲間の割りに随分と素直なものだな?」


「そりゃ、今までここのボスとして君臨してきたんだろうから、そこを無理に否定する必要もないかなって……」


「……フン、まあいい。この俺に逆らうことは、誰であろうと決して容赦しない。それだけだ。さて、新人たちの顔を拝んだことだし、気分転換に少し風に当たってくるとしよう」


 田中琥珀は満足したのか、再び眼鏡を持ち上げつつ薄く笑うと、おもむろに席を立って教室から去っていく。


「……あ、あの……わしも一応新人なんじゃが……」


 ありゃ。青野さんだけ見逃された格好だ。彼も自己紹介するために立ち上がってるのに。まあ、見た目的に新人には見えないから仕方ない。


 それにしても、嵐が過ぎ去ったかのような気分だ。なんていうか、彼は何にも縛られずに自由自在に行動できる感じなんだね。あんな恐ろしい能力を持ってるんじゃそれも当然か。


 ……お、彼が視界から消える寸前に『鑑定眼』がようやく成功したらしく、視界に情報が流れてきた。


 ステータス


 名前:『田中琥珀』

 年齢:『17』

 性別:『男』

 称号:『陰湿眼鏡』『サボり魔』『Fクラス』『絶対者』『ボス』『恐怖の大王』


 レベル:『25』

 腕力:『26』

 俊敏:『25』

 体力:『23』

 技術:『25』

 知力:『17』

 魔力:『21』

 運勢:『29』


 MP:『18』

 DP:『7』


 スキル:『絶対領域』『鑑定眼レベル5』

 従魔:『無し』

 武器:『ソーンナックル』

 防具:『加護の鎧』

 道具:『魔眼のお守り』

 素材:『無し』


 まず称号から見ていこう。陰湿眼鏡っていうのは、まあ無理もない。あだ名の発端となった人はもうとっくに消されてそうだけど。


 サボり魔っていうのは、授業を受けなくても咎められる心配もないと思ってサボった結果だろうね。


 レベルに関しては申し分ない。それと比較して知力が若干低めのだけが意外だけど、サボり魔だからしょうがないのか。


 さあ、次はスキルだ。これが一番見たかったんだ。


 名称:『絶対領域』

 種別:『技能』

 レア度:『S』

 効果:『対象を即座に死亡させる等、または、スキルや武器を無効化する等、実現が難しいものでなければ、絶対的なルールを決めることができる。このルールを破った者には、想像を絶するような激しい痛みが襲う。ルールはいつでも変更可能だが、適用されるルールは一つのみ。精神力を中程度消耗する』


「……」


 うわ。レアリティがSなのも頷ける。効果を見ればわかるけど、想像以上にヤバいスキルだ、これ……。


 武具のソーンナックルと加護の鎧に関しては、そこそこ強いもののそこまで目立った特徴はなかった。道具の魔眼のお守りは運勢が+10の効果があるんだとか。


 それにしても、彼は『鑑定眼』のスキルレベルも高いし、調べられたときのためにステータスを隠しておいて正解だった。その分、要注意人物としてマークされるかもしれないけど、対策できないのは相当に痛いはず。


 それでも、彼のスキルを見てハートが滾ってきたのも事実。


 田中琥珀……。いずれは神山不比等さんを超えて最強の探索者を目指す上でも、Fクラスでの恐怖政治を終わらせるためにも、絶対に越えたいと思える存在だ。


「優也兄貴の目が燃えてるぜぇ。弟分の俺たちがやられたからだぁ……」


「んだな。さすが優也さん。舎弟の俺らの無念を背負ってくれてるぜ……」


「……」


 あれ、タクヤとマサルのやつ、いつの間に意識が戻ったんだろ? 何故か目を潤ませて感動してるっぽいけど、倒れたときに頭でも打ったのかな……。

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