第23話


「さー、みなさぁーん、準備はいいですかー? これから新人さんと一緒にぃ、楽しい楽しいお勉強会の始まりですよぉー!」


 女児……じゃなくて、Fクラスの担任、桜井桜子先生の弾んだ声で授業が始まる。


 本当に、先生とは思えないくらいの幼さなので、何かの間違いじゃないかと思って『鑑定眼』スキルで彼女の年齢をチェックしたところ、なんと20歳だった。うわっ。まさか、僕よりずっと年上だったとは……。


 というか、見た目だけじゃなくて仕草も声質もあどけないんだよなあ。衝撃のあまり僕は軽い眩暈を覚えつつ、Fクラスの空気に慣れようと努める。


「「「「「……」」」」」


 授業が始まったからなのか、やたらと静かだ。


 今まで所属していたGクラスなら、こんなときでもお構いなしにお喋りが絶えなかったんだけど、ここはそうじゃなかった。桜井先生が授業を行う間、隣同士の席でべらべらと喋るタクヤとマサル以外、誰一人言葉を発しなかったんだ。


 Fクラスといっても、全体だと下のほうのクラスだから柄の悪い生徒も結構いるんじゃないかって踏んでたけど、意外と真面目な生徒が多いんだね。こうなると、Gクラスが異常だっただけかもしれない。


「例の格闘漫画だけどよぉ、あの気障野郎のバイクを破壊したあと、全然話が進まなくてよぉ」


「あれなー。マジで勿体ぶってんよな。どうでもいい会話ばっかで終わりやがって」


「……」


 でもその分、僕の連れが悪目立ちしててちょっと気まずいのも確かだ。桜井先生も不満気な様子で頬を膨らませると、タクヤとマサルのほうをビシッと指さした。


「こらこらぁ、そこの二人ぃ、お静かに! 授業中に私語はダメですよぉー」


「あぁ……? んだコラァ。るせぇんだよぉ!」


「んだんだ。おいこら、やんのかっ⁉」


「あっかんべーだ! そんな脅しには乗りませんよぉっ!」


「「……」」


 これには、恫喝した二人が逆に申し訳なさそうな顔をするくらいだった。そりゃ桜井先生が相手だと、子供に対して突っ張ってる感じだしなあ。やりづらそうだ。


 そういや、青野さんの孫の小鳥ちゃんはどうしてるのかと思って確認したら、さっきまでは項垂れてたものの、今は真面目に教科書を読んで勉強中の様子。まあそりゃそうか。知力を上げたほうが戦闘中のひらめきにも繋がるんだし。


 一方、祖父のほうの青野さんは授業にまったく身が入ってない様子で、小鳥ちゃんをぼんやりと見ていた。


 ははっ……これじゃあまるで片思い中の男子生徒みたいじゃないか。ちょっと……どころかかなり老けてるけど。


「この数式はですねぇー、ここをこうして……」


「……」


 まだまだ始まったばかりとはいえ、授業内容はFクラスとそんなに変わらないっぽい。巨大モニターの隅に表示されている時間割を見てみると、数学、国語、音楽、体育、そうしたありふれた科目が並んでる。


 何より、桜井先生の言うことをみんなが黙って聞いてるのが印象的だった。ついさっきまで喋ってた不良のタクヤとマサルさえも、そんな空気に引っ張られたのか言葉を発しなくなったほどだ。


 もし桜井先生がGクラスの担任だったら初日で辞めてるかもしれないね。教室が騒がしくて猪川先生の声が聞こえないことも多かったし。それでもほとんど注意することなんてなかった。


 そう考えると、あそこでいつも淡々と授業してた猪川先生ってメンタルが強かったんだな。頭皮はストレスに耐えられなかったみたいだけど……。


「――はっ……」


 僕は気づけばウトウトしてしまっていた。あまりにも普通すぎる空気なので、僕は若干の物足りなさも感じてしまう。その点、G級は刺激的だったからね。それはタクヤとマサルも同じらしく、机に突っ伏して居眠りしちゃってる始末。


 ただ、その一方でを感じるのも確かだ。


 時折、生徒たちがある方向を一瞥してるんだ。彼らがたどたどしい視線を送ってる場所は、現在教室で一か所だけ見られる空席のようだった。


 ……なんでだろう?


 Gクラスならいじめられっ子じゃないかと疑うけど、ここは明らかに違う。決まって、どこか怯えたような、そんな怖気づいた眼差しを向けてるんだ。


 そんなこんなで、一限目の授業が終わって休み時間に突入した。


 ……ふう。久しぶりに普通に授業を受けたって感じだ。なんかいつもとは全然違って堅苦しい空気だったせいか、ちょっと面食らってしまった。


「こ、小鳥よ……会いたかったぞおおおぉぉぉっ!」


 涙を浮かべた青野さんが小鳥ちゃんの席に突進していったかと思うと、寸前で躱されて机ごと派手に転倒し、周囲からどよめきや失笑が上がる。最早お約束だ……。


「……ぐ、ぐぐっ……こ、小鳥よ、なんでわしを避けるんじゃ。わしに会いたいんじゃなかったのか……?」


「あ、あのね……おじいちゃん、ここはね、実家じゃないんだよ。探索者のための学校なんだよ……?」


「……そ、そうじゃったな。すまん、小鳥! つい、可愛い孫の姿を見て興奮してしまったわい……」


 小鳥ちゃんが項垂れてた本当の理由がわかった気がする。なんていうか、青野さんの前だと物凄く気を使ってそうだ。


 ん、そんな小鳥ちゃんが急に顔色を変えてこっちに歩いてきた。そうかと思うと、僕の机を両手でドンと叩いて、眼帯をつけてないほうの目で睨みつけてきた。え、あれ? 僕、何かやっちゃいました……?


「おい貴様、白石優也とかいう名前だったな」


「あ、うん。えっと、君は確か、廊下で転んで……」


「そ、そのことは頼むから言うなっ! い、いいか、私から忠告させてもらう。ここであまり調子に乗らないほうが身のためだぞ……」


「僕の身のため?」


「そうだ……ん?」


 その瞬間だった。喧嘩の匂いを嗅ぎつけたのか、タクヤとマサルが勢いよく席を立って小鳥ちゃんに詰め寄ったんだ。


「おう、やんのかぁ? 優也兄貴に喧嘩売るたぁ、いい度胸してんぜぇ」


「んだんだ。おいてめー、優也さんに勝てるとでも思ってんのか⁉」


「ちょ、ちょいと待つんじゃ。わしの孫は、そんな不良のようなことは絶対にせん!」


「「はぁ……?」」


「おじいちゃん、ちょっと黙っててくれる?」


「……は、はひっ」


 タクヤとマサルだけでなく、小鳥ちゃんからも怖い顔で圧をかけられて即座に引っ込む青野さん。なんか哀れだ……。


「別に、私は喧嘩を売りにきたわけじゃない。白石優也。貴様がGクラスの不良一味のボス的存在だと踏んで忠告しにきただけだ」


「そ、それって……小鳥ちゃんがこのクラスのボスってこと?」


「い、いや、そういうことじゃなくてだな……」


「お、おおぉっ、やっぱり小鳥はボスじゃないんじゃな。とーぜんじゃ! わしの孫が不良なわけがなかろうて!」


「おじいちゃん、そういうのはいいから黙ってて!」


「は、はひいっ……!」


 青野さん、今のでかなり後退しちゃったな。廊下に飛び出す勢いだった。彼にとっては、小鳥ちゃんに怒られるのが一番ダメージありそうだね。


「私はボスじゃないし、喧嘩を売りにきたわけでもない。いいか……白石優也だけでなく、一味の貴様らにも忠告しておく。Fクラスのボスはほかにいる。だから、あまり調子に乗らないことだ。を怒らせたくなかったら、な……」


「……」


 へえ。Fクラスには相当に手強いボスが存在するらしい。一体誰なんだろう?


「おうおう、じゃぁよぉ、そいつは今どこにいるってんだよぉ?」


「んだんだ、優也さんにビビッて逃げたんじゃねえのか⁉」


「……今はいない。最近は授業をサボることも多いからな。とにかく、ボスが来たらわかることだから、大人しくしておいたほうが身のためだぞ……」


 小鳥はそう言い残して自分の席へと戻っていった。


 そうか。欠席してるってことは、生徒たちが恐れを帯びた視線で見てたことからも、あの空席の生徒がボスだったのか。


 それにしても、Fクラスにずっといたであろう小鳥ちゃんがあそこまで言うってことは相当なんだな。


「……優也君、災難だったね」


「あ。汐音、いたんだ」


「ずっといたよ。それより、があって……」


「聞いたこと?」


「うん。もしかしたら、そのボスの人って、茜と仲が良かった子かもしれないって……」


「え……本当に?」


「例の空席のネームプレートを見たら、見覚えがあったの……」


「……そっか。じゃあその人が昇格してボスになったんだ。なるほどね」


 町村茜に呪いをかけられ、僕のように同級生からいじめられていた生徒が、昇格してFクラスのボスになってるなんて想像もしてなかったことだ。これが負の連鎖ってやつなのか。


 でも、そこでの苦難が彼をこんな風に変えてしまったのかもしれない。このクラスで恐怖のボスとして君臨することで自分自身を守りたかったのかどうか、そこまでは知る由もないけど……。


「「「「「ザワッ……!」」」」」


 休み時間が終わり、Fクラスの同級生たちがそれぞれの席に着こうとしたときだった。G級では当たり前だった異様な騒がしさが戻ってきたんだ。


 一体何が起きたのかと思ったら、どうやらが教室に入ってきたことが原因らしい。


 しかも、その人物が向かっているのは例の空席だ。ま、まさか、あの生徒がFクラスのボスだっていうのか……? 僕はそのあまりにも姿に愕然としていた……。

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