第8話 紫と歌

関所と言うには立派すぎる石壁の上で女は朗々と声を張り上げている。


「さかりのいろを〜みるからに〜」


『ぎゃー!助けっ助けて!!』


悲痛な叫びが聞こえる。


「霧のわきける〜身こそしるられ〜」


バシバシバシバシ!!


スキルで張った魔法陣に雨のように何千何万の矢があたる


「めづらしき〜光さしそふ〜さかづきは〜」


『嫌だ、嫌だ!食べないでくれ!!』


運悪く関所の外に居た民が1人ずつ前に出され、弄ぶかのように狼たちが襲っている。


「もちながらこそ〜千代もめぐらめ〜」


分かっている、あの鬼どもはこちらを挑発してるのだ。亀のように守り固め、関所から出ていけない私達を


「水鳥を〜水の上とや~よそに見む~」


歌をみだしてどれぐらい経っただろう。2日ほどのはずだが永遠にんでいる気分になる。


「われも…浮きたる~世を…過ぐしつつ~」


宮廷を去り、病にかかり歌も詠めなくなって絶望した私はこの世界に来て、思うように声が出せる素晴らしさに歓喜した。

さらに歌人である私がもののふのように人々を守れる、スキルという妙技みょうぎまで手に入れて。


関所を守る大役を受け、守衛兵に歌を教えたり、とても平和で充実した日々を過ごす。

北から敵が現れたと聞いたのはつい先日だった。

私が居た時代も争いはあったため、もしこの南関に敵が現れた場合、私のスキルではじき返してやる。と張り切っていた。


馬鹿だった。こんなに…こんなに怖いなんて…


あの日、守備兵が叫ぶ敵の襲来を知らせる大声で起きた私は、防壁の上から見た眼前を埋め尽くす敵兵と、狼の化け物に震えた。


さらに奴らは関所の近くで暮らしていたジパングの民を最前列に並べ、

こちらが攻撃できないようにして矢を射かけてきた。


「紫様!歌を!歌をお詠みください!」


何千何万の矢が届く直前に守備兵の一人が叫ぶ


ハッとした私は急いで歌を詠み関所を覆うように盾のような魔法陣を張る。


硬い魔法陣に弾かれた矢を忌々し気に敵兵は見ながらも次々と矢を打ち込んでくる


それから終わることなく私は歌を詠み続けているのだ。


「こと…わりの…時雨れの…空は…」


昼夜問わず射掛けられる矢、弄ばれる民、

とっくに限界を超えていたが振り絞るようにうたう。

声もかすれて、喉の奥で血の味がする。


眼前の鬼どもは楽しそうその時を待っている。


声の張に呼応するように私の魔法陣にひびが入る。


「くも………」


声が出ない!絞り出そうとするがもう一声も出ない!


だめだ、だめだだめだ!!



パリーーーーン


歌の途切れとともに済んだ高い音をたてわたしの盾が割れる。


ああ…終わりだ…皆ごめんなさい…


鬼どもが待っていたとばかりに矢をつがえる。


ニヤニヤしながら弓を引き絞り放つ。


何千何万の矢は遮るものがない私たちの頭上に向かって降り注ぐ。


(誰か・・誰か助けて!!)


紫の発声されない懇願する声は宙に消えていった。





「荒れ吹け」


どこからか聞こえてきた声に、呼応するかのようにごうごうと強風が吹き荒れ、目前に迫った矢をすべて壁外へ叩き落とした


「待たせたのう。よく頑張った。」


包まれるような声とともに少年が目の前に立っている。


ああ、これは死の間際に見る夢かも知れない。

あどけなさの残る少年が私を見て微笑んでいる。



限界を超えたスキルの酷使と疲労で紫式部は意識を失った。



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