終末機構ですが永遠の愛を誓いますか?

水利はる

第1話 終末機構はデレはしない

 ラグナロク。

 この言葉を知らない者はいないだろう。

 北欧神話の終わりを告げた、世界の終幕。

 俺たちの世界で、その言葉を名乗った一人の少女がいた。

 そう、一人の少女がだ。

 無論、名乗ったからにはただの少女ではない。――元々は普通の人間だったらしいが。

 彼女は、この世界を滅ばすためにどっかの神様が送った終末機構なのだ。

 どうやらこの世界には神様がいるらしい。

 少女はその神様と……まぁ何かあって強大な力を手に入れた。その力はいかなる巨大兵器も太刀打ちできないほどに、圧倒的な強さをほこっていた。

 まさに最強。

 彼女の力があれば、世界を滅ぼすなど容易たやすいだろう。

 だが少女が現れて一年、幸いにも死んでいった人間はそれほど多くはない。

 なぜなら、——恥ずかしながら俺が守り通してきたからだ。

 本当に、大変だったな。

 最初に会ったときは殺されそうになったし、それでも何とか彼女に近づこうと力をつけ、彼女の持つ火剣スルトに対をなす氷剣シンモラを手に入れ、やっと少女にしがみ付くところまできた。この一年間、俺は少女からこの世界を守ってきた。 

 なぜ少女と戦っているかって?

 別に世界を守りたいからじゃない。

 俺は彼女のことが――。おっと。

 噂をすればご登場だ。

 わずか遠方に見える、禍々しいオーラ。だが、その中心に見える姿は金髪の長いストレートヘアに戦姫を思わせる洋式の長いドレスを纏い、周りに漂う呪いのような空気とは似つかない凛々しさを持ち合わせた、美しき少女だった。

 その少女がこちらに向けて歩いてくる。

 少女は戦う相手である俺に鋭い目つきを突き付ける。彼女は戦うとき、目つきが鋭くなる特徴がある。そのたたずまいは、戦場に立つものとして一切の抜け目がない。

 少女の名は”ラグナロク”。

 だがそれは、神が世界の破壊者として名付けた名だ。

 俺は彼女の本当の名前を知っている。

 少女の名は、ソリア。

 一年間、世界を滅ぼすために人類と敵対した、独りぼっちの少女だ。

 俺は座っていた岩から立ち上がり、ソリアと対峙する。

 そしてソリアに向けて歩き出す。

 互いに歩み寄る。

 ある程度近づくとソリアは腰にぶら下がった鞘から剣を抜く。

 俺もそれに応じて背中から剣を取り出す。

 改めて、彼女を見る。

 ソリアに纏わりつく禍々しいオーラは、彼女の本来の美しさを覆い隠すように放出し続けている。 

 相変わらず、忌々しいオーラだ。

 あのオーラはあいつには似合わない。

 あいつの本当の姿は、誰よりも尊くて、可憐なものなのに。

 俺は走った。

 片手には影を切り伏せる氷剣。

 俺はあいつの影を打ち滅ぼす。

 あいつが抱える負の感情に。

 ただ一直線に。

 相見あいまみえるように……!


「……ソリア……!」

 

 そして、叫んだ。


「俺と結婚してくれえええええええええええええええええええ!!」


 叫びと共に俺達の剣が重なり合う。

 ギシギシと鉄の軋み合う感触が音と両手で感じ取る。

 相手も本気だ。

 本気で切り伏せようとしている。

 だって切り伏せなければ、俺の愛の告白を否定できないからだ。

 その証拠に。


「……もう」

 

 ソリアの顔は真っ赤っかだ。


「もう何なのよおおおおおおおおお!!」


 目つきはもう鋭いものでは無かった。目はすっかり丸くなり、もはや戦う者ではない普通の少女の目つきだった。

 そして俺達は、お互いの気持ちをぶつけるように剣撃を続けた。


「何よあんたはいつもいつも! 私に意味の分からないことを言って、楽しいわけ!?」


「別に楽しんでいる訳じゃない! 俺はただ正直なことを言っただけだ!」


「正直!? 結婚しろっていうのが!? 私とあんたが結婚できるわけないでしょ!?


「分かんねえだろ? 俺とお前は男と女! そして俺はお前のことが好き! 後はお前の気持ちだけだ!」


「そういう問題じゃないでしょ!? まったく……! この一年間あんたに振り回されたばっかりで私の人類滅亡計画がめちゃくちゃよ!」


「いいことじゃないか」


「良くないわよ! あんた人類を守りたいならもっとマシな手を考えなさいよ!」


「いや、俺は人類なんかどうでもいい。俺はお前が好きだから——」


「あああああああうるさい!! 好き好き言い過ぎるせいでまともに戦えないわよ! 一年前、私と戦う力もないくせに突然告白してきて……。あの時驚きすぎて殺すことが出来なかったし……。そしたら急に変な剣を手に入れて私に立ち向かってきて……。剣を手に入れても私より弱いくせに何度も立ち上がって……。あんた何者よ!」


「将来お前の旦那さんになる男だ」


「ぐはぶぁびごっ——————」


 その時、ソリアは剣撃をやめ、糸の切れた操り人形のようにゆらゆらと体を揺らした。

 まずい。

 ソリアが完全に切れた。

 さっきまでラブコメの定番のツンデレイチャイチャ展開をしていたのに……。


「……あんた……」


 ゴゴゴと。

 ソリアの禍々しいオーラが剣に集中し、暴発ぼうはつする。

 ソリアが本気の一撃を出す時の状態だ。



「……あんたなんかだいっっっっっ嫌いなんだからああああああああああああああああ!!」



 火剣スルトの炎が一気に噴出される。

 あまりの衝撃に俺は吹き飛ばされた。

 ちくしょう……。

 また負けた……。

 だが勝利をつかんでいないのは、相手も同じだ。


「……チッ」


 ソリアの周りに漂うオーラが徐々に消えてゆく。

 それは、今日のソリアはもう戦えないことを表していた。

 この一年の戦い、戦って、俺が負けて、だけどソリアも無力化されての繰り返しだった。

 ソリアが力をどう使ったかによっては、一週間か、一か月の間が空くこともあった。

 だが、今日の戦果は、早くても明日再戦する程度のものだろう。

 俺にとっては嬉しいことだが……。


「……次は容赦しないから……!」


 ソリアは戦いの時に見せる鋭い眼光を俺にみせ、姿を消した。

 俺は背中から倒れ込む。

 まったく。

 いつまで経っても、ソリアの心を掴みきれない。








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