46_涙
さっきまでタクがいた場所には、タクが着ていた服と、それに
服の中から人形を拾い上げる。タクの屍がそこに放置されているようで、いたたまれなかったからだ。
「ごめんね、ビックリしただろ。家に来たばかりのタクは、こんなだったんだよ。俺が背中の……このボタンをね……」
それ以上は言葉にならなかった。涙をボロボロこぼしながら、背中の指紋認証リーダーに触れた。2度も3度も。だが、最初に聞かせてくれた、あの『ピピッ』という電子音は2度と鳴らなかった。
「タク……」
ついさっきまでタクだった人形に、涙がボタボタと落ちた。
誰も何も言わないまま、時間だけが過ぎてゆく。言わないんじゃない、誰も何も言えないのだ。
「こんな事に巻き込んでごめんね。本当にごめんなさい……タクという存在を増やしたせいで、こんな事になるとは思わなかった……それを隠そうと嘘を重ね続けたせいで、こんな事になったんだ。吉田さんや山内さん、花帆にも辛い思いさせて、どう謝ったらいいのか……」
素直な気持ちだった。どうするのが正解だったのか、今の俺には分からない。ただただ、申し訳ないという気持ちしか無かった。
「そんなこと言わないで……一番辛いのはタクさんが居なくなった斉藤さんなんだから……もういいよ、謝ることなんてない」
吉田さんは赤く腫らした目で、優しく声を掛けてくれた。
ずっと黙っていた花帆も口を開いた。
「謝らなきゃいけないのは……謝らなきゃいけないのは私の方じゃない……タクさんを信じてあげれば、こんな事にならなかったのに。どうして吉田さんは信じられたの!? 私は無理だった……あんな話、信じられなかった……」
吉田さんが何か言いかけたが、遮って俺は言った。
「さっき、タクは言わなかったけどね。急にカラオケのバイトを辞めた事あったでしょ? あれはタクが勝手に決めたんだ。そして、バイト最終日の翌日。タクはこの家を出ていった。その時も、俺に言わず勝手に。俺たちはついさっき、再会したばかりだったんだよ。100日ぶりくらいに」
花帆は赤くなった目でじっと俺を見ている。小刻みに震えながら。
「バイトを辞めたのも、家を出たのも、タク自身の存在が邪魔になるって思ったんだろうね、俺と花帆が上手くいくためには。タクってそんな奴なんだ。俺とタクと花帆の3人で会うって決めた時点で、消えてしまってもいい、そう思っていたんだと思う。……花帆が今、タクの言った事を信じてくれたのなら、タクは満足してると思うよ、きっと」
「ど、どうして……? そこまで拓也の事を思ってるなら、消えなくてもいいじゃない!? 違う所で働くとか、別の場所に住むとか、他に方法はなかったの!?」
「——タクはね、どのみち3年しか生きられないんだよ」
花帆は両手で口を押さえ、目を見開いた。
「もう一つ大事な事。タクも好きだったんだ、花帆の事が。タクは、『花帆と大事な話をしたのは全部拓也だった』って言ったよね? でも、タク自身だった事が一つある。タクのバイト最終日、花帆を追いかけて引き留めたよね? その後、握手をしたよね? あの日はずっとタクだったんだ。タクは、自分の意思で花帆を追いかけて握手をした。……タクにとっては、花帆に会える最後の日だったんだよ、その日が」
花帆はうずくまり、声を上げて泣いた。
「だから、最後に『花帆さん』って呼んだんだね……」
吉田さんはそう言うと、頬を伝う涙を拭うことも無く、優しく花帆の肩に手を置いた。
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