45_白い人形
「白石さんのバイト初日、俺の中身は拓也だった。出会ったその日に、拓也は白石さんに一目惚れしたんだ。その日の事はよく憶えてる。白石さんの事を話す拓也は、今まで見たこと無いくらいの笑顔だったから。それなのに、翌日には自分から白石さんを諦めた。俺みたいな仕事もしてない、体も
「そう。あの頃の俺は、後ろ向きな発言ばかりして、タクをよく困らせてた……でも、なんとか始めたんだよね、ダイエット。ちょっとでも前向きになれたらって」
タクに全て任そうと思っていたのに、つい口を出してしまった。
「確かそうだったね。で、その翌週くらいかな? 吉田さんと山内さんと拓也の4人でカラオケに行ったのは」
「そっか……斉藤さんってその時にはもうダイエット始めてたのか。あの時は全然気付かなかったけど」
そんな昔の話でも無いのに、吉田さんは懐かしむように言った。
「白石さんに知っておいて欲しいんだけど、白石さんと会話らしい会話をしていたのは、いつも拓也なんだよ。白石さんのバイト初日も、俺と白石さんの歓迎会の時も、「カフェ・ドラぺ」ってカフェに行った時もそう。中身はいつも拓也だった」
「じゃ、ちょっと乗っかってみますけど、その物語の中では、私は誰とメッセージのやりとりをしていたんですか?」
花帆が初めて口を開いた。
「最初から今の今まで、ずっと拓也だよ」
「おかしいじゃない! 連絡先を交換したのは、今話してるアナタでしょ!?」
「途中から俺も持ちはじめたけど、当時は拓也のスマホを2人で使ってたんだ。ほら俺たち、どっちの指でも指紋認証解除しちゃうでしょ?」
タクは俺からスマホを取り上げ、触りだした。
「そんなの、2人の指紋を登録すれば出来る事だと思います」
「確かにそうだね、話を戻すね。『カフェ・ドラぺ』ってカフェで、拓也は俺を介さず、白石さんに会うことを決めたんだ。その頃の拓也は、まだまだダイエットが必要だった。でもそこからよく頑張ったよ、拓也は。ジョギングも筋トレも食事制限も。そもそも、白石さんの存在がなかったら、就職だって決まっていなかったかもしれない。……全ては、斉藤拓也として白石さんに会いたい。その一心だったんだよ」
「じゃ、じゃあ、私がこっちの拓也……さんと初めてあったのはいつなんですか?」
「イタリアンレストランからだね。会うまでに時間が掛かったのもそういう事情があったからなんだ」
タクは俺と花帆が、イタリアンレストランに行ったことも見ていた。タクはその日が、花帆の誕生日だった事も知っていたのだろうか。
「これで話は終わりですか? こんな馬鹿馬鹿しい話を聞かせた理由だけ、最後に教えてください」
「うん、あと少しで終わる。もうちょっとだけ付き合って。何故、一生懸命こんな話をしているか。理由は二つ。一つは、拓也は本当に白石さんの事を好きだという事。こんな所で終わらせたく無いんだ、俺は。……もう一つは、これは全て真実だから。そこにいる吉田さんも普通ならこんな話に付き合ってくれないはず。紛れもない真実なんだよ」
タクがずっと花帆に向けていた視線を俺に向ける。少し微笑むと、また花帆に視線を戻した。
「コピーロボットの喜びってね、マスターの為に生まれてきて、マスターの為に生を全うする事なんだよ。俺の場合、マスターは拓也だよね。俺にも全く、欲望が無い訳じゃ無い。沖縄に行ってみたいだとか、好きな人の手に触れてみたいとか、それくらいはある。でも、なによりの喜びはマスターに尽くすことなんだ。さっき言った、伝えたかった二つの理由、一つ目は拓也が証明してくれると思う。……残りの一つは、今から証明するね。今話してる事は、全て真実だってこと」
「おい、タク! 変な事考えてるんじゃないだろうな!」
立ち上がり掛けた俺を、タクは手で制して言った。
「大丈夫、さっきみたいに乱暴なことはしないから。最後に一度だけ、俺にも呼ばせてください。花帆さん……拓也をよろしく」
次の瞬間、タクの瞳は色をなくし、頭髪はスルスルと体に吸い込まれ、鼻や耳は立体感をなくしていった。カクンと顎が前に落ちたかと思うと、体はうつ伏せに倒れ込み、みるみるうちに小さくなっていった。
白い人形に戻ったタクは、二度と動く事は無かった。
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