37_嘘の欠片

「——髪型も服装も変わったなあ。なんだよ、就職デビューっていうのか、それは」

 

 吉川が、忌々いまいましいものを見るような目で俺に言う。


「なんだよ、その顔。ダイエット頑張ったんだから褒めてくれよ」


「ハハハ、冗談だよ。それにしても凄い頑張ったんだろうな。後でダイエット方法教えてくれよ」


「以前の斉藤はさー、髪型一つにしても、『年相応にして』とか『普通にして』とかばっかりで、オシャレしようって気が全く無かったからなあ。今だから言うけど、その頃は斉藤のカット、やりがい無かったわ」


 浅井の発言に皆が笑う。


 乾杯をして、皆の近況を話し合う。俺以外に大きな変化があった者はおらず、どうしても俺が話題の中心になった。


「この間の飲み会からの半年で、ダイエット成功して、就職して、彼女も出来たんだよな? 御利益ある玉とか、仏像でも買ったのか?」


 柳原が皆を笑わせた。


「うーん、きっかけは何だろう。浅井に弱音を吐けた事かもしれないね。『人生詰んだかも』なんて。そこから就職探して貰って、今に至ってるのかもしれない」


 俺を変えたのは間違い無くタクだが、浅井の気遣いや優しさにも随分救われた。このメンバーに声をかけて、飲み会を開いてくれるのも、いつも浅井だ。


「浅井は本当に良い奴だもんなあ。会社の女子から『良い人はみんな結婚しちゃってるんですよ〜』なんて聞くと、いつも浅井の顔が浮かぶもん。それより俺、体重110kgが見えてきたんだよ〜、導いてくれよ浅井〜」


 吉川はそう言って、浅井の肩にすがりついた。浅井はゴミを払うかのように「シッシッ」と、吉川の手を払った。



「斉藤、それで山口さんの件だけどさ、最初は一緒に会ってくれよ」


「何の話? そんなのいつの間に進んでたの? 浅井は知ってた?」


 吉川の質問に「俺も知らない」と返す浅井。俺がかみ砕いて説明した。


「以前メッセージグループに、同僚の山口さんの写真を送った事あっただろ。柳原が『可愛いじゃん』ってレスくれたやつ。で、先々週だったかな? 山口さんに柳原の事を話してみたわけ」


「そうそう。それでね、すぐに連絡先の交換ってのも抵抗あったから、まずは斉藤に山口さんがどんな人なのか聞いたり、俺の事も伝えて貰ってね。あー、これは合うかもって思って、直接メッセージのやりとりをしだしたのが、つい先日かな?」


 柳原は俺への感謝のつもりか、肩をポンポンと叩きながらそう言った。


「柳原の会社なら、若くて可愛い子いっぱいいるだろ。写真の山口さんも悪くないけど、ボーイッシュな子がタイプだったって、ちょっと意外だったわ」


「とりあえず吉川、おまえはそのルックス至上主義をやめろ。これがお導きの第一弾だ。……って言うか、憶えてないのか? 柳原が高校生の時に好きだった子、ソフトボール部の部長の……平井って子だっけ。——あ、これって内緒だったんだっけ?」


 浅井が言った。確かに俺もその話は憶えている。


「……いや、俺知らないけど? 平井って、ガッチリした男子みたいな子だよな?」


「ほらな。そんな風に言うだろうと思って、言わなかったんだよ、お前には」


 吉川は「マジかよ〜」と、うなだれた。


「お前だけ知らなかったのはショックだった?」


「いや、柳原は平井を好きだったのかよ……」


「そっちかよ!」


 俺たちは笑った。



「社内も社外も含めて、山口さんほどの『営業愛』を感じた人って初めてなんだよね。俺も仕事や会社に愛着ある方だと思ってたけど、山口さんはちょっと違うんだよな。突き抜けてるって言うか」


 柳原は言った。俺の企画したゴミ袋ポーチも、そういう営業さんたちの努力で発注を貰っているのだろう。ゴミ袋ポーチの受注を一番取ってくれたのも山口さんだ。


「山口さんは山口さんで、広告代理店の仕事に興味あるみたいだし。転職は考えていないだろうけど、面白そうと思っているみたい。そういうのを柳原から聞きたいってのもあるんじゃない?」


「まあ、最悪利用されてもいいや、山口さんなら。……そうそう、だから会うときは4人で会おうよ、カラオケの彼女も入れて」


「なんか俺だけ、超取り残されてるんですけど……浅井、マジで俺を導いてくれよ〜」


 吉川はまた浅井の肩にすがりついた。


 柳原たちから見たら、花帆はタクの元同僚だ。一緒に飲むことがあったら、タクの話は出ると思った方が自然だろう。


 散らばっている幾つもの嘘の欠片かけらが、いつか塊となって俺の前に立ちはだかるのかもしれない。

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