33_イタリアン
鏡の前でもう一度、髪型と服装のチェックをする。うん、悪くない。今日は8月24日の土曜日、白石さん27歳の誕生日だ。
昨日は退社後に浅井の店に寄って、タクと同じヘアスタイルにして貰った。
「やっべーな、これ双子に見えるんじゃないの? 俺が憶えてる限りではうり二つだわ。タクくんの写真とか無いの?」
「あー……撮ってないな。引っ越す前に一枚くらい撮っておくべきだったな」
そういやタクの写真は一枚も無かった。こんな早くに居なくなるとは、思ってもいなかったからだ。
「デート、上手くいったら結果教えてくれよ。斉藤が先に結婚とかしたら、吉川悔しがるだろうなあ」
そう言って浅井は笑った。
玄関の鏡で身なりを再度チェックし、家を出た。まだまだ暑いさなかだが、湿気はいつもより低そうだ。澄んだ空も俺を応援してくれている気がする。
ハイツを出ると、隣の吉田さんに会った。そう言えば、吉田さんと会うのは久しぶりだ。
「タ、タクさん? 斉藤さんじゃないよね?」
「い、いや、斉藤です。タクと同じ髪型にしてみたんだけど、どうだろう」
「斉藤さんなの!? いや、そりゃ似合ってるけど。ホント痩せたね、ダイエット始めてどれくらいだっけ?」
「ちょうど100日くらいかな? 後半の追い上げが結構キツかったけど」
俺が笑って言うと、吉田さんは少し困った顔で言った。
「その髪型の時は、ミキちゃんには会わない方がいいと思うよ。一時はタクさん居なくなって、えらく落ち込んでたから」
確かに……この髪型で山内さんには会わない方がいいだろう。吉田さんに「ありがとう、気をつけるよ」と言って、駅へと向かった。
自宅の最寄り駅から、イタリアンレストランまでは1駅だ。今後は、白石さんに偶然出会ってしまうことを恐れなくてもいい。なんなら、退社後に気軽に会うことだって出来るだろう。今日から変わるであろう未来に、俺は胸を踊らせていた。
木製のドアを開けると、カランという鈴の音と共に店員の声が掛かった。
「いらっしゃいませ」
「予約していた斉藤ですが、もう大丈夫でしょうか?」
「もちろんです。お待ちしておりました。どうぞ、こちらの席になります」
15分も早く着いてしまったが、気持ちよく席まで案内してくれた。ゆったりとスペースが取られた、2人掛けの席だ。
「お連れ様がいらっしゃいましたら、こちらへご案内致しますので」
その直後、カランという鈴の音がまた鳴った。店の入り口には、左右を見回している白石さんが居た。
「こんにちは、お久しぶりです。って、毎日メッセージのやりとりはしてますけどね。それより、絶対私の方が早く着いたと思ってたのに」
白石さんは小さく笑った。真っ白なワンピースは白石さんによく似合っている。
「こんにちは。ホント、会うのはご無沙汰だね。ちょうど40日ぶりかな」
「そんなに経つんですね、長かったですもん。……このお店来てみたかったんですよ。お店の前を通る事が多かったので、いつも気になっていたんです」
そう言って白石さんは店内を見渡した。白石さんと目が合わないのをいいことに、しばし見とれてしまった。
「本日はコース料理を承っております。お電話でも一応お伺いは致しましたが、アレルギー食材などはございませんでしょうか?」
2人とも大丈夫ですと答え、ドリンクに関しては、タクに勧められたスパークリングワインを注文した。
「なんか、すごく良い感じですね、このお店。……斉藤さんはスパークリングワインとか良く飲まれるんですか?」
「い、いや、全然……グルメサイトでオススメって書いてたから……」
「それは楽しみですね! 私もワインって白しか飲んだ事無いんですよ。……いや? 赤も一度あったかな?」
白石さんはにこやかに言ってくれた。不慣れな俺を気遣ってくれているのかもしれない。それより、タクとの違いは無いと思って良いのだろうか。今の所、白石さんにその素振りは見えない。早くドリンクが来て欲しい。少しでも緊張を和らげたいのだ。
「こちら、モンテベッロ・スプマンテになります。お料理の方は続いてお持ちしますね」
スパークリングワインが運ばれてきた。いくつかあった中でも一番高い奴だ。どんな味がするのだろう、全く想像が付かない。
「それじゃ、白石さん。27歳の誕生日おめでとう。今日、一緒に祝うことが出来て、とても嬉しいです」
「斉藤さん! 27歳は別に言わなくてもいいです……」
白石さんは小声で恥ずかしそうに言った。
「でも、ありがとうございます。会う日に誕生日を選んで貰って。……本当に嬉しかったです」
俺たちはグラスを『カチン』と小さく当てて乾杯をした。
「改めておめでとう、白石さん」
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