32_プレゼント

 白石さんと会う日まで、とうとう一週間を切った。今日はお盆休みを利用して買い物に来ている。これと言って服屋も知らない俺は、以前タクの服を買いそろえた店を訪れた。


「いらっしゃいませ。あ、ご無沙汰しています!」


 前回服を選んでくれた男性店員さんだ。覚えてくれていたのは意外だった。


「こちらこそ、お久しぶりです。今日も色々と見て貰えればと思って……」


「もちろんです、ありがとうございます! 何からお探しいたしましょう。今穿いて頂いてる、そのパンツどうですか? 穿き心地いいでしょう?」


 タクが来た時に買ったパンツの事だ。確かに穿き心地が良い。


「ええ、他のが穿きづらくなるくらいです。これって、同じようなのってあるんですか?」


「もちろんありますよ! こちらどうぞ!」


 今回も全てお任せで選んで貰う事にした。シャツ一着で、それまでの俺の上下が買えてしまうくらいの値段だが、やはり見た目が違う。何より、良いものを着ていると気分が上がる。


「いかがですか?」


 新しいパンツを穿き、試着室を出て鏡の前に立つ。


 初めてここに来店したのは、タクが家に来てまだ10日も過ぎた頃だった。ゴーグルは距離が離れても操作出来るのだろうか? と、ドキドキしながら、初めて電車に乗った事を思い出す。


 鏡に映った自分を見て、「俺もこんな風に痩せていたら」そう思った記憶が自然と甦った。


「……だ、大丈夫ですか?」


 気付くと目には涙が溢れていた。


「す、すみません、アレルギー持ちなので、何かに反応しちゃったのかもしれません。このパンツで大丈夫です」


 そう言って、急いで試着室に戻った。


「拓也も痩せたら一緒の服着られるじゃん。ダイエットでも始めてみる?」


 この店から帰ってきたタクが、そんな風に言った事を思い出していた。



***



 帰宅すると不在票が入っていた。白石さんへのプレゼントを買った、アクセサリーショップのものだ。


 本当は店で購入しようか迷っていたのだが、店に行く勇気が出ず、インターネットで注文してしまった。ブランド物では無く、一つ一つ手作りだというハンドメイドのネックレスにした。


 実は歓迎会以来、営業の山口さんとはよく話すようになり、白石さんのプレゼントに関しても相談させて貰った事がある。


「山口さんなら、何貰ったら嬉しいです? 27歳の誕生日に何を貰ったとか覚えてます?」


「27歳の時かー……喧嘩別れしてフリーになっちゃう直前ですね、確か。何貰ったっけなあ、スニーカーだったと思います、多分」


「……スニーカーですか?」


「付き合いが長かったから、確か一緒にお店行って試し履きして『じゃこれで!』って感じだったかなぁ……あ、全然お役に立ちませんね、これじゃ、ハハハ」 


「いえいえ、そんな。例えば、ネックレスとかどう思います?」


「うーん、好きな人だったらいいけど、そうじゃなかったら重いかな?」


「ですよねぇ……」


「でも、誕生日に会ってくれるんでしょ? それなら安心していいんじゃないですか? 私だったら好きじゃ無い人と、2人で誕生日過ごしたりしませんもん」


 山口さんのこの一言で、俺はネックレス購入に踏み切った。そして、告白する勇気も少し後押しして貰った気がした。



 もちろん、当日のお店も予約してある。白石さんの家から遠くない、カジュアル目のイタリアンレストランだ。タクがリストアップしてくれていた中からこの店を選んだのだ。


 オススメのコースとスパークリングワインから始まって、白ワイン、赤ワインの銘柄まで書いてくれている。この歳になって、ワインの「ワ」の字も知らない俺は、タクが書いてくれたとおりに注文する事になるだろう。


 「今後の為に」と書かれた、他のラインナップもあった。


 普段使いに始まり、誕生日、クリスマス、グループ会など……真っ先に誕生日の店を見てみたが、フレンチレストランのフルコースだった。カジュアルなイタリアンのコース料理さえ初めてなのに、フレンチのフルコースは俺にはハードルが高すぎた。まさかタクも、次に会うのが白石さんの誕生日になるとは思ってもいなかっただろう。


 それにしても、これだけの量をリストアップするのは大変だったはずだ。タクが出て行く前日に、夜中までカタカタとキーを叩いていたのは、これを作ってくれていたからだろう。


 俺がタクの世話になるのはここまでだ。


 これからは俺自身で切り開いていかなければ。

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