05_タクの才能
FXの調子は相変わらず良くない。そもそもFXをタクに任せて、俺がバイトをした方が効率が良かったのかもしれない。
「ネットで、FXについて調べてみてくれる?」
タクにそう言い残して家を出た。向かうのは近所の公園だ。以前は平日の明るい時間に出かけるのは躊躇したが、最近は気にもしなくなった。それが良いのか悪いのかは分からないが。
所々、塗装が剥げた木製のベンチに腰を掛ける。目の前にはいくつかの遊具があるが、誰も遊んでいない。静かなものだ。
FXを始める前は、小さな文具メーカーの企画部に勤めていた。辞めてから、もう2年になる。
入社当初は自分が企画した文具を世に出すんだ、という熱い意気込みを持って仕事に取り組んでいた。しかし、現実は既存商品の焼き直しであったり、輸入文具用の日本語シールを作るだけだったりで、なんとも夢のないものだった。その上、企画に関係の無い仕事に駆り出される事も多く、いつしか仕事への情熱も無くしていった。
そんなタイミングで、なんとなくで買った宝くじが当たった。当選したのは一千万円程。早期リタイヤするには程遠い額だが、その会社を辞めるには十分のきっかけとなった。ちなみに俺が買った売り場では「この売り場から出ました!」と書かれた貼り紙が今もある。
その一千万円がFXの元手となった。世の中には資産を十倍どころか、百倍、千倍にまでしたトレーダーの話も聞く。ネットで検索して、その手のページを見ては、俺も若くして億万長者になれるのではないかと夢想した。
もちろん、世の中そんなに甘くは無かった。
入門書を漁ったり、カリスマトレーダーのメルマガを購読したりしたものの、資産は一向に増えない。一千万円あった元手もジリジリと減り続け、先月とうとう400万円を切ってしまった。このままでは資金が枯渇する日は近いだろう。
「斉藤さん?」
小さなお子さんを連れた、お隣の吉田さんに声をかけられた。
「あ、こんにちは、お久しぶりです」
「こちらこそ、お久しぶりです。今って誰かと一緒に住んでます? ——ぜ、全然変な意味は無いんだけど、ずっと一人暮らしだと思ってたから」
「——あ、ああ、実はそうなんです。今、
「あー、従兄弟さんなんだ! なるほど、どこか似てるなーって思った! 声もそっくりでビックリしましたもん」
やはり、似ているのか。そりゃ元々同一人物だしな。俺の声も記憶にあったなんて、そっちの方がビックリしたけど。
「似てますか? アイツ見てると、俺も痩せなきゃなーなんて思いますけど」
「いやいや、斉藤さんも太ってるって程では……ハハハ。1階の山内さんに斉藤さん家にイケメンいるよ、って言ったら「会ってみたい」なんて言ってましたよ」
確か吉田さんも山内さんも、30歳前後だったはず。俺たちとほぼ同世代だ。
「そうですか、会ったら挨拶しとけよって伝えておきますね」
「ありがとう、きっと山内さん喜ぶわ。——はいはい、わかりました、行きましょ、行きましょ」
子供に服の裾を引かれた吉田さんは「それではまた」と、お子さんと一緒に遊具の方へ歩いて行った。
「ただいまー、FXどうだった?」
帰宅するなり、パソコンに向かっていたタクに聞いた。
「拓也の今までの売買記録見たけど、利確・損切りどちらもタイミングが悪いね。大きくは負けないけど、大きくも勝てないからジリジリと目減りさせていくパターンになると思う」
「そんな所まで見てくれたの? まさに今その状態だよ。そこまで解析出来てたら勝てそうじゃん」
「んー、どうだろう……やっぱり拓也の性格だと難しいかもなあ。俺の性格も拓也がベースだから、やっても勝てる気はしない」
「なんか地味に堪える発言だなあ、それ」
思わず苦笑してしまう。
「ははは、ごめんごめん。なので二人で地道に働くか、残りの金を元手に起業でもした方がいいかもしれないね。一応、FXに関してのアドバイス的なものは、ここにまとめておいたから」
そう言ってタクは、デスクトップに保存していたテキストデータを開いた。
「おおお、これは凄いな。半分くらいは自覚してるつもりだけど、実際にやるとなかなか難しいんだよね。とりあえずこのルールを徹底して、もう少し頑張ってみる」
「——ダメだと思ったら、適当な所で見切り付けてね」
うん、確かに。俺もどこかで見切りは付けた方がいいと、薄々気付いてる。
FXの事はともかく、こんな短時間で俺の売買記録まで調べ上げていたのには、正直驚きを隠せなかった。
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