04_初めてのアルバイト
タクと暮らし始めて2週間が経った。
俺が前に勤めていた会社を辞めたのは2年前。そして今は、FXトレーダーとして生活を送っている。だが、成績は芳しくなく、日に日に資金を減らしていく毎日だった。
そんな俺の収入を補うため、タクをバイトに行かせる事を決めた。すぐに面接日も決まり、面接の翌日には採用との連絡があった。そして今日が初出勤となる。
「いいじゃん。なかなかイケてる。格好いいよタク」
「ありがとう。って言っても、職場に着いたらすぐ制服に着替えるけどね」
先日買ったばかりの服を着て、鏡を前に襟や裾を整えるタク。AIの学習速度は驚異的で、最近はタクともごくごく普通に会話が出来る。俺がFXをやっている間にタク一人でテレビを見ている事もあり、ニュースなんかに関しては俺が教えられる事の方が多かった。
「じゃ、悪いけどここから先は俺がやるから。ちょっと休んでて」
「気にしないで。じゃまたバイト後に」
タクが言い終わるのを確認して、ゴーグルをオンにした。タクが来て2週間経った今も、タクを外出させる時には俺が操作している。面接はもちろん、今日の初出勤も中身は俺だ。いつまでも子離れできない親のようだが、このバイトに慣れるまでは俺が操作するつもりでいる。
バイト先は家から徒歩3分の、小さなカラオケボックス。タクを初日に連れ出したコンビニの2階にある。自宅から近い場所を選んだのは、何かあった時にフォローしやすいと考えたからだ。
カラオケ店の自動ドアをくぐると、受付カウンターにいた、いかにも軽そうな男性店員が声をかけてきた。
「いらっしゃいませ!」
「初めまして、今日からバイトに入る斉藤です」
「ああ、斉藤さんですね! 店長から聞いてます。どうぞどうぞ、更衣室こちらっす」
見た目通り、話し方も軽いその男性は、笑顔で更衣室まで先導してくれた。
着替えを済ませ、改めて先ほどの男性と挨拶を交わす。名は山岡、24歳フリーターだそうだ。この時間帯はヒマな事が多いようで、一通りの説明を聞く事が出来た。俺がタクを操作している間もAIは稼働しているので、俺よりタクの方が仕事内容はしっかり把握出来ているのでは無いかと思う。
「斉藤さん、32歳なんすよね。めっちゃ若く見られません? 髪型も服装もイケてるし」
先日、タクを服屋に連れて行った甲斐があった。店員に全部お任せで選んで貰ったのが正解だったようだ。——って言うか、何で俺の歳を知ってるんだ。
「いやいや、全然。そんなの言われた事無いですよ」
俺自身はそんな風に言われた事が無いので、正直に答えておいた。
「またまたぁ。……って言うか全然タメ口で大丈夫っすよ。8つも先輩なんすから。——それより近々コンパあるんですけど、斉藤さん、そういうのは興味ないっすか?」
唐突なコンパの誘いに少々驚いた。彼なりに気を使って、俺との距離を縮めようとしてくれているのだろうか……とりあえず直近の誘いは適当に断ったが、いつかは飲みに行きましょうよ、という流れになった。
「——実は俺、夜は酒も食事も取っちゃダメなんですよ。気を使わせちゃうんじゃないかと思って、泣く泣く断る事多いんですよね」
「やっぱり! 体締まってるし、何かやってると思ってたんすよ。格闘技とかですか?」
「いやいや、そういうのじゃ無いんですけど。——契約上、ホントは言っちゃダメなんですけど、治験って分かります? とある医薬品を毎日飲んでるんですけど、それを飲むと15時以降は水かお茶以外は摂取しちゃダメ、っていう決まりがあって」
予め考えておいた言い訳だ。まさかバイト初日から使う羽目になるとは思わなかったが。
「なんすかそれ……それ守ったらお金貰えるんすか?」
「そうそう。製薬会社から。一応、守秘義務があるのでこれ以上は言えないんですけどね」
「へー、そんな仕事あるんですねぇ。でも俺は無理だ、夜に飯も酒もダメだなんて一生無理だ……斉藤さん、凄いっすね!」
そう言って山岡はハハハと笑った。
結局その日は数組の客が来ただけで、後は殆ど山岡と話をするだけの一日となった。人と話すのはそんなに得意じゃ無かったが、山岡が話し上手なのか、タクを介して話しているからなのか、驚くほどに会話が弾んだ。
「ただいま」
「おかえり、お疲れ様」
「お疲れって言っても、俺はコンビニで買い物しかしてないけどね」
タクはそう言って笑った。コンビニに入る段階で、AIの自動運転に切り替えてみたのだ。自宅以外で自動運転にするのは初めての事だ。
「モニターで見てたけど、行動がまんま俺だね。コンビニ行くくらいならタク一人で十分だわ」
タクを自動運転している際は、ゴーグルがモニター代わりになる。タクの行動もこれで確認できるから安心だ。
「今日のバイトの感じじゃ、俺一人で十分かな? とも思ったけど。山岡くん、良い感じの人で良かったね」
ああ、確かに。と同意はしたが、タクの台詞に言いようのない違和感を覚えた。
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