デジタルジーン

床崎比些志

第1話

 かすかにカーテンの隙間から差し込むやわらかな斜光、にわかに動きはじめた町の気配、小鳥のさえずり、そうかと思えばそれらがまるでに示し合わせたようにふいにおとずれる静寂、そして甘い香りと息づかいとやわらかな唇の口づけ……すべてが理想的な目覚めの朝だ。


 僕は、夢心地の眠りの世界に未練を残しつつ、新しい朝の幕開けに期待感をふくらませながら、ゆっくり目を開く。目の前には少しけだるそうに窓をみつめている彼女の横顔。いつ見ても美しい。そして僕にふりかえって、やさしく微笑み、すこしハスキーな声で

「おはよう」と一言。

 僕もおはようと返す。

「よく眠れた?」

 僕は、まだ少し体に残る疲労をおぼえつつ、端正な顔立ちに似合わずいつもながらに激しく乱れ、そして執拗に求めてきた夕べのベッドの上の彼女を思い返した。そしてそれは君のせいだよといわんばかりに含み笑いを浮かべながら小さくうなずいた。

 彼女は少しばつが悪そうには艶っぽく微笑みながら、僕にもう一度口づけをした。僕は少し体を起こして裸の彼女の白くやわらかい背中と臀部をやさしくなでた。


 その時である。プロペラの旋回音が少しずつ近づいてきたなって思った刹那、鼓膜を切り裂くほどの爆音とともに、激しい振動が起き、僕の体はベッドから転がり落ちた。僕は床にひれ伏したまま顔だけを上げ、窓を見た。カーテンが燃え、窓ガラスもこなごなに割れている。窓の反対側の壁には大きな穴が開いていた。

 僕はガラスの破片を踏まないようにほふく前進をしながら窓べににじりより、そしておそるおそる窓から外を見た。上空には無人のドローンがホバリングし、地上には迷彩服に身をつつむ機動隊が路上を埋めていた。機動隊員の傍らには小型ながら戦車も配備されている。砲口からかすかに煙がたちのぼっているところを見るとさっきの一撃はこの戦車から発射されたものに違いにない。


 僕は、振り返って彼女を見た。さっきまで全裸だったはずの彼女はもう服を着ている。

「逃げましょう」

 そういいながら長い髪をかき上げ、ゴムで束ねる彼女のその冷たい顔はまるで知らない他人の顔だった。僕はなにがなんだかわからないままパンツとズボンをはき、同時にいすにかけてあったよれよれのワイシャツをはおった。そして彼女につづいてはだしのままドアから廊下に出た。


 そこではじめて知ったのだが、そこはホテルだった。僕らはホテルの絨毯の廊下をまっすぐ走り、エレベータホールにむかった。

「あっ、あれはなに?」

「くわしいことはあとで説明する」

 そういって彼女はエレベータの昇降ボタンをもどかしそうに連続して押した。反対の手にはいつのまに拳銃がにぎられている。

「さっきのは誰、何者?」

 彼女はじっと僕の目を見て、一呼吸おいたあと、

「――日本国」

 とだけいった。

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