山姥と死者
6
——翌日。
雲ひとつないウォーターブルーの空の下、真矢とカイリは大学構内の舗道を歩いていた。青空には葉の落ちた木々の枝が墨絵のように伸びている。空が広い。東京都内でもこんな場所があるんだな、と、真矢は思った。まるで公園みたいだ。と、犬を連れて歩いていく人がいた。芝生広場には小さな子供を連れた母親の姿もある。
「大学って誰でも入れるんだね」隣を歩くカイリを見上げて真矢が言う。カイリは「建物内はダメですけどね」と前を向いたまま答えた。なんというか、カイリは無表情だ。できるだけ周りを見ないようにして歩いてる気がする。それとも、オーラを消して目立たないようにしているつもりなのだろうか……。
だとしたら、お気の毒だ。大学構内に入ってからというもの、ずっと熱っぽい視線がこっちに向かって飛んできている。「僕が通ってるのは仏教系の大学です」と聞いた真矢は、てっきり「お坊さんになる人が通う大学」なんだと思い込んでいたが、どうやらそれは間違いで、普通に女性も沢山いた。というわけで、隣を歩く国宝級美男子は、ずーっと、女性陣の視線を浴びている。
「曲がります」機械的な声でカイリが言い、ほぼ直角に右に曲がる。「おわわっ」と真矢も右に曲がった。なんだか機嫌も悪そうだ。
それはもしかして、私のせい?
昨日、呪対班の事務所で、棚橋とカイリに「女子高生の霊と話しをして自殺の真相を聞き出してほしい」と頼まれた真矢は、結局なんにも役に立たなかった。自殺した女子高生の写真を見たり、名前を呼んでみたり、「出てきてください」と両手を合わせてお願いしてみたり、いろいろ試してみたが、うんともすんとも、死者は出て来てくれなかった。
棚橋は「気にしないでください」と優しく真矢に言ったけど、カイリは「使えない能力は能力とは言いません」と真矢を煽りに煽った。「死者と話せるって熱弁してたのにガッカリです」までは真矢もまだ許せた。でも、「ほんっと、使えない真矢ちゃんを東京に呼んで損しました」の発言で真矢はプチッとキレた。
「絶対なんとかしてみせるからっ!」
「やれるもんならやってみてくださいよっ!」
売り言葉に買い言葉。もう後には引くに引けない状態の真矢は、あれやこれやと考えた。いままで私が死者に会うといえば葬儀場だったよな。であれば……
そこで思いついた方法が、自殺現場に出向き、そこにまだいるかもしれない死者を探すということだった。「試してみる価値はありますね」と棚橋が言い、事件担当者であるヤスさんに連絡してくれた。だから今日は、ヤスさんと合流して、一緒に現場に向かう手筈になっていた。
——ところが。
大都会東京の刑事はとても多忙なようで、ヤスさんは別の事件に向かうため、急遽合流できなくなった。「だったらせっかくなので」と、ヤスさんから代わりに提案されたのが、「
山場先生は、呪対班のオブザーバー的な存在で、呪物や呪具の蒐集家としても有名だという。ちなみに、カイリが通っている大学の考古学教室の教授だ。カイリは明らかに嫌な顔をしたが、棚橋に「それがいいですね」と決定されてしまった。
木々に囲まれた小道は奥へ奥へと続いてる。無言で進むカイリに「ねぇねぇ、カイリ君はさ、山場先生のことが好きじゃないの?」と真矢はなんとなく訊いてみた。カイリは足を止め、くるりと振り返る。真矢の目の前までツカツカ歩み寄ると、真矢を見下ろし「最悪です」と綺麗な瞳を見開いた。
「最低最悪の
「蔵?」
「恐ろしい呪物やなんかをしまっておく土蔵です。僕は、あの土蔵に閉じ込められ、そして、本物の呪具や呪物を選別する作業を強いられて……」
カイリの両手がワナワナ震えている。よっぽど嫌な目にあったのだろうと、真矢は思った。いや、しかし——。
「私は死者が見えるようになる方法を探しに来たわけだしね?」
カイリがそんなに恐れ慄くのであれば、山場先生に会うことは期待できると真矢は思った。だって、死者が見える方法を見つけなくてはいけないのだから。
「行こう、ほら」真矢はカイリの腕を掴む。グイッと進行方向に引っ張ると、手を離し「遅刻は厳禁って棚橋さんにまた叱られるよ」とカイリの背中をグイグイ押した。
「やだな……、やだよぉ……、行きたくないよ……」カイリは泣きそうな声で言う。「子供かっ!」真矢はカイリの背中をグイグイ押していく。
そうして無事、約束の時間までにたどり着いた場所は、大学構内の奥の奥。薄暗い森の中に建っている、えらく古ぼけた、廃校みたいな場所だった。
「まじか……」真矢は思わず呟く。なんだか、ここだけ次元が違う。なんなら気温もかなり下がった気がする。一階建ての廃校は木造で、嫌な瘴気を放っている。腕に立った鳥肌を、真矢が摩ってなだめていると、びゅう〜っと突風が吹いて、辺りの木々をざわざわ揺らし、どこからか、カァーと乾いた鳴き声が聞こえた……。
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